第117話 過去を清算するために

〈綾乃視点〉


 零斗との話し合いを終えたオレはご飯を持って来てくれるという零斗の言葉に甘えることにして部屋に残っていた。

 

「ホント、甘えっぱなしだな私……」


 零斗には感謝してもしきれない。オレの『お願い』に最初は嫌な顔をしてた零斗だったけど、根気強くお願いしたら最後には折れてくれた。

 このお願いは完全にオレの我が儘だ。ハルとの過去を清算して、ちゃんと前に進むための。

 愛園先生は過去を無理に乗り越える必要は無い、時間が解決してくれることもあるって言ってた。確かにそうなのかもしれない。

 時間の流れっていうのは優しくて残酷だ。忘れることはできなくても、見ないようにすることはできる。この一年、オレはその記憶を見ないようにして思い出さないようにして過ごしてきた。

 友達もたくさんできた。慕ってくれる後輩もできた。大好きな人もできた。でもその一方でハルのことを完全に忘れることができたわけでも無かった。

 いつだって何かを決断しようとするたびにハルのことが頭を過った。零斗と付き合おうとした時だって、更紗やいずみにこの体のことを打ち明けようとした時だって。

 もっと時間が経てばそんなこともなくなるのかもしれない。もしかしたらハルのことを忘れられる日が来るのかもしれない。零斗が居てくれたら……だけど違う。それは違うって思ったんだ。

 

「…………」


 さっきまで零斗と見てたアルバムをめくる。そこに詰め込まれているのはオレの過去の思い出。ハルとの思い出。無かったことになんてできるわけがない。忘れるなんてことできるわけがない。その過去も含めて今のオレに繋がってるんだ。


「私はこれからも零斗と一緒にいたい。そのためにも……」


 これは零斗にも言えなかったことだけど、ハルとちゃんと仲直りしようと思ったのは零斗の存在が大きい。

 誰と居ても、零斗と居ても、オレの中にはハルが居た。もちろんハルのことが好きだとかそういうことじゃない。でもさ、普通に考えてあんまり良い気はしないと思う。零斗は優しいから何も言わないけどオレとハルの関係を良く思ってはないだろうし。

 例えばオレが零斗の立場だったら、零斗に女の子の幼馴染みがいてずっとその影に囚われてたら。考えるだけで胸が痛くなる。嫌な感情で胸がいっぱいになる。

 もし零斗に同じ感情を与えてしまってるなら。それは零斗に対してすごく不義理だ。そんなの良くない。絶対に良くない。


「それに、元からハルとのことに決着をつけるために帰ってきたんだし」


 でも、ハルとのことに決着をつけるために零斗に力を借りるっていうのはまたなんとも情けない。ホント、頼りっきりだなぁ。今回の一件が無事に片付いたらちゃんとお礼しないと。


「問題は、状況を作れたとしてその先のことはノープランだってことなんだけど」


 言いたいこと。伝えたいこと。そんなの山のようにある。だけどそれを上手く言葉にできるかどうかがわからない。

 生徒会長として培ってきた技能もこういう時には役に立たないし。まさかハルの前で朗々と演説するわけにはいかないし。


「……悩んでても仕方ないか。そうと決まれば行動あるのみ」


 スマホを取り出す。でもそこでオレの手は止まってしまった。

 オレのスマホの中にはハルの連絡先が残ってる。そこからハルにメッセージを送るだけだ。そんな簡単な作業なのに、今のオレにはそれすら難しい。難儀な話だ。

 

「うじうじしてる奴ってあんまり好きじゃないんだけど。今の私ってまさにそれだよねぇ」


 悩んでる時間はあんまり無い。オレがこっちに残ってる間にハルと話をつけなきゃいけないんだから。でも明日も明後日もハルの予定が空いてるとは限らない。予定の確認は早ければ早いほうが良いんだ。


「う~~~~~、ダメだぁ!」


 思わずベッドに突っ伏する。最後の一歩の勇気が出ない。


「ご飯食べてからにしよう」





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〈零斗視点〉


 部屋の中から綾乃の唸る声が聞こえてくる。

 たぶんあいつに連絡しようとして悩んでるんだろうな。

 正直綾乃があいつのことで気に病んでるのはあまり気持ちの良いものじゃない。自分の恋人が他の男のこと考えてるなんて普通に嫌だしな。いやまぁ、俺の心が狭いだけなのかもしれないけどな。

 いやでもどうなんだ?

 久瀬あたりに聞けばその当たりどうなのか教えてくれるかもしれないけどな。一般的カップル事情を知らないからなんとも言えないな。

 あの男に対して嫉妬する気持ちはある。あいつの存在は綾乃の中に深く根ざしてる。恥も外聞も無くいうならそれが羨ましい。でも綾乃とあいつが仲直りするのを手伝いたいってのは本当だ。嘘じゃない。

 

「言ってやりたいことは山のようにあるんだけどな」


 あの春輝って奴が綾乃のことをどう思ってるのか。俺はそれを知りたい。まぁあいつが綾乃に対してどんな感情を持ってたとしても渡すつもりは一ミリもないけどな。

 俺はあいつの傍にいる。たとえこの先どうなったとしても。それだけは絶対に譲らない。相手が幼馴染みだとしてもだ。


「まぁとりあえず手助けするか」


 そして俺は持ってきた夜ご飯を手に、綾乃の部屋へと入った。

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