第116話 それぞれの想い

〈綾乃視点〉


「ん……あれ、オレ……私……ここは……」


 薄ぼんやりとした意識の中、オレと私の意識が混濁する。えっと、ここはオレの部屋で……部屋? なんでオレ部屋にいるんだ?

 オレ何してたんだっけ。えっと、確か歯ブラシを買いに行くためにコンビニに行って……それで、それで……。



『リョウ……』



「っ!」

 

 フラッシュバックした記憶に思わず飛び起きる。

 そうだ、思い出した。オレ、さっきハルと会って、それで……ダメだ。その後の記憶が無い。オレどうしてここで寝てるんだろ……。


「綾乃、起きたのか!」

「零斗?」


 零斗の姿を見た途端、バクバクと脈打っていた心臓が少しだけ落ち着く。零斗の姿を見てすごく安心してしまった。


「ねぇ零斗、私どうしてここに……」

「覚えてないのか?」

「ぼんやりとしか。コンビニに行って、それでハルと会ったことは覚えてるんだけど。その後のことを全然覚えてなくて」

「そうか……言っていいのかわからないけど、お前そいつと会って倒れたんだよ。そんで俺らが家まで運んできた。さっきまで愛園先生も居たんだけどな。とりあえず大丈夫だからって帰ってった。起きたら一回連絡して欲しいって」

「そっか。わかった……」

「……大丈夫か?」


 零斗が心配そうに顔をのぞき込んでくる。でも正直な話、自分でも驚くほど心が落ち着いていた。なんでかはわからない。もしかしたら零斗が居てくれたからかな。それかハルと再会したことをまだ現実として受け止め切れてないからかもしれない。

 ぼんやりとした頭がようやく覚めてくる。それと同時に少しずつハルと会った時のことも思い出してきた。

 そっか。そうだ。私、ハルと会ったんだ。でも……何も言えなかった。あの時のことを思い出して。体が動かなくなって。それで、気付いたら倒れてた。

 ふとさっき見た夢のことを思い出す。夢の内容なんていつも覚えてないのに、今回の夢の内容はしっかり覚えてた。嫌な夢だ。すごく嫌な夢。オレとハルが仲違いした日の夢。思い出したくもないのに鮮明に思い出してしまった。

 だけど……。


「綾乃?」

「あ、ごめん。なんだっけ」

「だから大丈夫かって。いや、大丈夫なわけないか。悪い、無神経だった」

「ううん、気にしないで。私は大丈夫だよ。全然平気だから……」

「あのなぁ、そんな顔で言われて平気だなんて信じられるわけないだろうがこのバカ」

「あたっ」


 零斗にデコピンされて思わず額を押さえる。批難の意思を込めて零斗のことを睨み付けると、逆に零斗も怒ったような呆れたような顔をしてた。


「お前が倒れて、みんなどれだけ心配したと思ってるんだ。幸太君も由香ちゃんも、おばさん達も。そんでもちろんオレも。めちゃくちゃ心配したんだからな」

「……ごめんなさい」


 本意じゃないとはいえ、みんなに心配をかけたのは紛れもない事実だ。

 というか、まさか自分がここまで弱いとは思わなかった。ハルに会っただけで倒れるなんて。


「一応確認しておくけど、あいつに何かされたわけじゃないんだな?」

「それは違う! 違うよ。ただ偶然会っただけで。私が勝手に倒れただけ。昔のこと思い出しちゃって。零斗には前にも話したことあったよね。私とハルの間にあったこと」

「あぁ、一応な」

「もう大丈夫だって思ってたの。今なら、今の私ならもうハルと会っても大丈夫なんじゃないかって。でもあの時のことを思い出すと体が動かなくなって。こんなことになっちゃった。ダメだね、私」

「それはお前のせいじゃないだろ!」

「ありがとう零斗。でも、違うの。私……」


 ずっと過去を避けてきた。ハルとのことを思い出したくなかったから。だけど改めて昔のことを思い出して、過去を見つめ直して、気付いたこともあった。まだ自分の中で上手く言語化できてるわけじゃないけど。でも、これはきっとオレがハルに伝えなきゃいけないことだ。

 だけど怖い。ハルに会うのが怖い。その気持ちはまだオレの深い所に根付いてしまってる。


「ねぇ零斗」

「どうした?」

「あ……えっと……ううん、なんでもない」


 ダメだ。オレはまた零斗に頼ろうとして。これはオレとハルの問題だ。オレがオレ自身の力で解決しなきゃいけないことだ。それに零斗を巻き込むわけにはいかない。


「……おい、それで誤魔化せると思ってるのか?」

「え?」

「お前、また小難しく考えてるだろ。そういうのよくないとこだぞ。言いたいことがあるならちゃんと話してくれ。どうするかはそれから考える」

「でも」

「でももだってもない。いいから話せ。一人で抱え込まないでくれ」


 零斗のこういうところは本当に敵わないと思う。零斗がオレのことを気遣ってくれてるのも、想ってくれてるのが伝わって心が温かくなる。


「わかった。あのね零斗――」





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〈春輝視点〉


「……また間違えたのか俺は」


 思い出すのはさっきの出来事。あいつと、リョウと出会ったコンビニでのこと。

 俺のことを見たあいつは驚いて、そして倒れた。わかってる。間違い無く俺のせいだ。

 でも俺は何もできなかった。久しぶりの再会に驚いて戸惑って。

 そうしてる内にあいつを助けに来たのは幸太と由香と、知らない奴だった。


「白峰零斗……だったか」


 幸太の友達ってわけじゃなさそうだった。どっちかっていうと綾乃の……いや、よそう。

 思わず想像してしまったことに胸がザワつく。身勝手な話だ。

 あいつを遠ざけたのは俺自身なのに、あいつの隣に俺以外の誰かがいることにどうしようもなく動揺してる自分がいる。

 結局俺はどうしたいんだ? あいつと仲直りしたとして、その後は? 今まで通り? 無理だ。そんなのできるわけがない。リョウが綾馬ではなく綾乃になってしまった以上、俺はあいつと今まで通りに接することはできない。

 

「俺は……」


 悩む。悩む。悩み続ける。

 でも、その答えはいつまで経ってもできることはなかった。

 

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