第115話 追憶 別れと始まり
〈綾乃視点〉
学校に再び通い始めてから一週間が経った。
ハルの手助けもあって、なんとか無事に学校生活を送ることができていた。
まぁほとんどハルがオレにちょっかいを出そうとする連中を追い払ってくれてたおかげなんだけど。
オレにとって幸いだったのは中学三年生の三学期だったってこともあって体育なんかの授業が緩めだったことだ。まぁそれでも大変だったけど。もちろん男子達と一緒に着替えるわけにはいかないし女子連中も嫌がったから着替えは一人だったけど。
そこは問題じゃない。この時期の体育は成績にもそこまで加味されないからけっこう自由だった。体育館で遊んでもいいし、校庭で遊んでもいい。男女一緒に遊んでオッケーの自由状態だったからハルと一緒に行動できたのもオレにとってはプラスだった。
この数日間でオレに下心を持って近付いて来る奴はなんとなくわかるようになった。そういう奴はハルが全部追い払ってくれるし、女子達とは下手に近付かなければ問題無い。
これまで仲の良かった奴とも距離感が計りづらくなったから今オレが頼れるのはハルだけになった。
まぁ中学生活も残り少ないし、オレとハルの行こうとしてる高校は受験する奴も少ないからそんなに気にすることないだろうけど。
ハルが居てくれたらこの先もきっと大丈夫だって、
この時のオレはそう思ってた。だけど、あの事件が起きたのはそんな日の帰り道のことだった。
まだ家に帰ることを許されてないオレは、ハルに病院に送ってもらうのが当り前になってた。
「はぁ、今日も疲れたなー」
「……そうだな。それより綾乃、最近お前他の奴のこと避けてないか?」
「そうか? 別に避けてるわけじゃないけどな。だってなんか嫌な感じするし。女子は女子でオレのこと避けてるし。嫌われてるってわかってるのにわざわざ近付こうとするわけないだろ」
「それはそうかもしれないけどな。でもいつまでもそのままじゃダメだろ。中学は良くても高校に入ったら――」
「別に変わんないだろ。中学だって遊ぶのはほとんどハルと一緒だったし、オレってほら友達いっぱい作るタイプじゃないしさ。狭く深くでいいっていうか。とりあえずしばらくは友達はハルが居ればそれでいいかなって」
「お前……」
それはオレの偽らざる気持ちだった。
もともと友達の多い方じゃ無いし。だからハルがいればそれでいい。
そもそも親友が一人いるってだけでもオレは恵まれてる方だろう。
一生に一人でも親友と呼べる人がいればいい。昔姉さんに言われたことだ。オレにとってハルはまさしくそれだ。かけがえのない親友。きっとこれからもそれは変わらない。
そう思ってたのに。
「俺はお前のことを今まで通りの友達だとは思えない」
「……え?」
今まで聞いたことが無いくらい冷たい声音だった。
びっくりしてハルの方を見たオレは今度こそ全身を凍り付かせた。
「なんでそんな目でオレのこと見るんだよ……」
ハルのオレのことを見る目は怒っているような、悲しんでいるような、そして軽蔑しているような目をしていた。
なんでハルがそんな目でオレのことを見るのかわからなくて、視界がグラグラと揺らいで自分が立ってるのかどうなのかもわからなくなってしまった。
でも何か言わないと本当にハルとの繋がりが切れてしまいそうな気がしてオレは叫ばずにはいられなかった。
「オレ達親友だろ!」
「そうだな。親友だ」
「じゃあ――」
「でもそれは今のお前じゃない。今のお前はリョウであってリョウじゃない」
「なんでだよ……なんでそんなこと言うんだよ……ハルが居てくれたからオレは……なのに……」
抑えてた感情が溢れ出す。
なんで、どうしてって思いが止まらない。オレだって好きでこんな姿になったわけじゃない。それはハルならわかってくれてると思ってたのに。
ハルなら今まで通り接してくれると思ったのに!!
頭が痛い。視界が定まらない。涙が溢れて、心臓がバクバクして。負の感情が止めどなく溢れてオレの心のグチャグチャにする。
いや違う。もとからグチャグチャだったんだ。こんなことになって、色んな人から色んなことを言われて避けられて。これまでの生活が一変して。望んだわけでもないのに。オレは何も悪くないのに!
「なぁリョウ、俺は――」
「うるさいっ!! うるさいうるさいうるさいうるさいっっ!! 何も聞きたくなんかない! 信じてたのに。ハルなら裏切らないって、そう信じてたのに……」
嗚咽混じりにハルのことを睨み付ける。
もういい。みんなどうだっていい。誰もオレのことをわかってくれない。
「っ!」
「あ、おいリョウ!」
呼び止めるハルを振り切ってオレは病室まで戻った。
それが最後だった。この日を最後にオレとハルの関係は終わった。
ベッドに飛び込んだオレは泣いて泣いて、泣き続けて。異変に気付いた愛園先生が来るまでずっと一人で泣き続けた。
愛園先生はすぐに家族に連絡してくれて。最初に来てくれたのは姉さんだった。
泣きわめくオレの事を姉さんは優しく抱きしめてくれて、オレに何があったのかを聞いてくれた。辛抱強く、時間をかけて。もし姉さんがいなかったらオレはきっと完全に壊れてただろう。
だけど、それは壊れかけのガラスをギリギリのところで押しとどめただけ。後少しでも衝撃を与えれば壊れることは目に見えていた。
愛園先生にはもう中学校には行かない方がいいと言われた。当然拒否できるわけもなく……ううん、拒否する理由もなかった。もう誰にも会いたくなかったから。
それからしばらくオレは抜け殻のようになって過ごしてた。愛園先生や家族以外の誰にも会わずにただ無為に過ごす日々。そうしてる内に気付けば中学校を卒業してた。
そんなある日のことだった。
「……高校?」
「そう。今あたしが住んでる所の近くにある愛ヶ咲学園。愛園先生の母校らしくてね。そこなら多少口利きできるからって。もちろん試験は受けないといけないけど。どうかな?」
「でも……」
「もちろん無理になんて言わない。でもこのままずっとここに居てもあなたのためにならないって、そう思ったから。あたし達はあなたの意見を尊重する。でももしあなたが少しでも進みたいって思うなら、あたしはその力になりたいの」
「女として……行くことになるんだよね」
「えぇ。あなたの中学校からこの学園に通う人はいないし、『性転換病』のことも隠して通えるって」
「…………」
それはつまり、男だった自分を捨てて女として新しく生きていくということに他ならない。
「決めるのは綾馬だよ」
ずっと考えた。考えて考えて。オレは一つの結論を出した。
それは女として生きていくということ。性転換の手術を受けるって選択肢もあったけど、それをしたって何が元に戻るわけでもない。
だからオレは今のオレを生きることにした。
それから必死に勉強して。愛園先生や姉さんから女性としての所作なんかも学んで。
そしてオレには新しい名前が与えられた。
「綾乃?」
「そう。綾乃。家族みんなで考えたんだけど。全く名前の原型が無いのも嫌だったから。どう?」
「綾乃……綾乃。オレの……ううん、『私』の新しい名前……」
その名前は自分でびっくりするくらいしっくりきて。
愛ヶ咲学園への入学が決まると同時にオレは家を出た。
こうしてオレは『桜小路綾馬』から『桜小路綾乃』になった。
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