第114話 追憶 すれ違いの始まり
〈綾乃視点〉
『性転換病』に罹ってからしばらくが経って、一月の終わり頃にオレは学校に行くことを許可された。もちろん色んな条件はついてたけど。
ちょっと緊張してるし、心配ごとも多いけど実はちょっと嬉しかったりもする。
ずっと病室に居たせいで体が鈍ってしょうが無かったし、久しぶりに友達に会えると思うとそれだけで気分が嬉しかった。
まぁ入院してる間に友達は何人かお見舞いに来てくれたんだけど。
「なんだけど、用意されてんの女子制服なんだよなぁ」
女になってしまった以上仕方のないことだとはいえ、この服を着るのは若干抵抗もある。でも男だった時の制服が着れなくなって先生に制服を用意して欲しいって言ったらこれが用意されたんだから仕方ない。時間があれば男子制服を用意してもらえたんだけど、今回は時間が足りなかった。
だからまぁ、今回は女子制服で我慢するとしよう。
久しぶりに病院から出れる。久しぶりに友達に会える。ようやく日常へと帰れると、この時のオレはそう思っていた。
だけど、オレのそんな甘い考えはあっという間に打ち砕かれることになる。
まず最初は学校にたどり着いた途端に向けられた好奇の視線だった。オレが『性転換病』に罹ったことは学校中に知れ渡ってた。それだけじゃなくて、なぜかオレの姿まで。だからこそ学校内に足を踏み入れた時、嫌でも聞こえてきたのはヒソヒソ話。
『性転換病』に関する知識なんて持ってる人がいるはずもなく、元からオレは性同一性障害だったとか、もしかしたらうつるかもしれないから近付かない方がいいとか。
ありもしない噂話がたくさん。それは聞きたくなくても聞こえてきた。
『あいつが噂の子なのかよ』
『へー、あれホントに元男なのかよ。アレだったら俺全然いけるぜ』
『見た目が女の子でも中身は男なんでしょ? 気持ち悪い』
「はぁ……はぁっ、はぁっ!!」
頭がグルグルする。耳を塞いでも聞こえてくる。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ聞きたくない! なんでだよ。なんでオレがこんなこと言われなきゃいけないんだよ!
オレだって別にこんな体になりたくてなったわけじゃない!
元に戻れるなら喜んで戻る!
でもそれができないから、受け入れるしかないから受け入れたのに!
好奇に嫌悪、様々な言葉や声が聞こえてくる。それが全部嫌になってオレは校舎に向かって逃げるように走った。
「はぁ……はぁ……っ」
まだこの体の変化に慣れてないせいか、少し走っただけですぐに息が切れる。でもそんなことは気にしてられない。靴を履き替えて一気に教室まで向かう。だけど、教室に入ってもオレに向けれる視線が変わることはなかった。
女子はどこかオレのことを避けてるし、男子達はオレの姿を見て戸惑いながらもどこか好奇の混じった視線を向けて来る。
「よ、よぉ。久しぶりだな桜小路」
「うん、久しぶり……」
声をかけてきたのはクラスメイトの男子。そこまで仲が良いわけじゃないけど、話しかけられたら普通に話す程度の仲。
「先生とかからも話には聞いてたけど、お前ホントに女になっちまったんだな」
「あぁ、うん。やっぱり変だよね」
「いやそんなことないと思うけどな。むしろこのクラスで一番の美人になったんじゃないか?」
「あ、あはは……ありがとう……で、いいのかな?」
本気で言ってるわけじゃないのはわかってる。でもクラス中がこいつとオレの会話に注目してたせいか、その言葉は女子達にも聞こえてしまって。オレの向けられる視線がキツくなったのを感じた。
でもオレにはそんなことを気にしてる余裕は無くて。オレを取り囲むように並ぶ男子達の姿が怖くて仕方なかった。
こいつらが急にでかくなったわけじゃない。逆だ。オレが小さくなったせいだ。それだけなのにこいつらのことが急に大きくなったように見えて。怖くて仕方なかった。
クラスメイトだ。友達だ。何かされるわけじゃない。そうわかってるのに。
「? おい桜小路、大丈夫か?」
「ひぅっ」
オレを心配したのか伸びてきたそいつの手に反射的に身が竦む。
「あ、悪い。でも別にとって食おうってわけじゃないんだからそんなビビらなくてもいいだろ」
「ごめん……」
「おい桜小路。お前ホントに女になったんだな。胸もでかくなってんじゃねぇか。もしかしてあれか? 休んでる間に自分で弄ったりとかしてみたのか?」
「せっかく女になったんだもんな。女体なんてそうそう見れるもんじゃないし、自前で調達できるなんてラッキーだよな」
「あ、良かったら写真とか送ってくれよ。いいだろ? 減るもんじゃねぇだろうしさ」
「おいお前あんまそういうこと言うなって。悪いな桜小路、冗談だから気にすんなよ」
「う、うん……わかってる。大丈夫だから……」
嘘だ。気持ち悪くてしょうがない。
もちろんこいつらも本気で言ってるわけじゃないんだろう。でも全く嘘でもない。
向けられる視線の中には下卑た視線もあって。それがどうしようもないほどに気持ち悪かった。吐き気がする。視界がグラグラする。自分が立ってるのかどうなのかもわからない。
だけどそんな時だった。
「おいお前ら、リョウに何してんだ」
「ハルッ」
「大丈夫かリョウ。ほらお前ら、さっさと離れろ」
「ちっ、はいはいわかったよ。ほらお前ら、王子様の到着だ。いこうぜ」
ハルの言葉のおかげでクラスメイトのみんなが離れて行く。それだけで威圧感が無くなって、気持ち悪さが少しだけ治まった。
「ごめん、ありがとうハル」
「気にするな。でもお前もあんまり不用意なことはするなよな」
「不用意? なんだそれ」
「はぁ、わからないならいい。とりあえず今日一日は俺の傍から離れるなよ」
「わかった。じゃあ頼むなハル」
「……あぁ」
オレが登校してきたことは朝のこともあって一気に学校中に広まってたらしい。
学年クラス問わず色んな人達がオレのことを見に来た。
『性転換病』に罹った、稀少な人間を見に来た。廊下側の窓にはオレのことを一目見ようとする人で溢れて、まるで動物園のパンダになった気分だった。
でもその度にハルや先生達が追い払ってくれてなんとか事なきを得たんだけど。
そうして無事に迎えた放課後。オレは家じゃなくて病院へと向かっていた。今はまだあくまで一時退院。というか退院ではないのか。学校に行くことは許可されたけど、病院には戻らなきゃいけない。嫌だけど仕方無い。
ハルはそんなオレのことを病院まで送ってくれた。
「ありがとなハル。送ってくれて」
「いやこれくらいはな。それより大丈夫だったか? 今日一日しんどくなかったか?」
「まぁ多少は疲れたけど。でもハルが居てくれたらきっと大丈夫だ。今日だって助けてくれたしな」
「それは……」
「っと、そろそろ診察の時間だった。じゃあハルまた明日からもよろしくな!」
「リョウ、俺は――」
走って病院へと戻るオレはハルが何を言おうとしてたのかに気づけなかった。
そしてこれが、オレとハルのすれ違いの始まりだった。
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