第111話 初邂逅

〈零斗視点〉


 昼過ぎからずっとゲームをし続けてた俺達はさすがに疲れてゲームを中断することにした。最初はどうなることかと思ったけど、綾乃や由香ちゃんのおかげで幸太君とも仲良くなることができたしな。


「いやー、さすがに遊び過ぎたな。幸太君、かなりゲームが上手いんだな」

「負け越してるのにそう言われても嫌みにしか感じないんスけど。零斗さんこそ、『貝乱闘大戦』かなりやり込んでるんじゃないスか」

「やり込んでるっていうか、まぁそれなりだな。暇な時は綾乃とよくやってるし、そのおかげで上達したのかもな」

「姉さん負けず嫌いだから負けたら面倒くさくないスか?」

「あー、確かにな。自分が勝つまでもう一回って言ってくるんだよな。そのうえ手を抜くと怒るんだ」

「ははっ! 零斗さんに対してもそうなんスね。姉さんらしいっていうか」


 最初はぎこちなかった幸太君との会話もだいぶ緊張が解けてきたというか。もし嫌われたらどうしようと思ってたけど、まぁ順調な滑り出しだろうな。

 これなら綾乃に良い報告ができそうだ。


「って、そういえば綾乃まだ帰って来てないのか?」

「そう言われれば。コンビニに行くって言ってたッスよね。すぐ帰るって言ってたのに」

「綾乃さんコンビニに何を買いに行ったんですか?」

「肝心なこと聞いてなかったな。でも、コンビニだったらすぐに帰ってくるはずだよな」


 気にしすぎって言われたらそれまでかもしれない。綾乃は小さな子供ってわけじゃない。それはわかってるんだ。でもここは綾乃の地元だ。

 綾乃はこの家に来るまでの間もずっと同級生に会わないかってことを気にしてた。この家に着くまでは会わなかったみたいだけど、今は夏休みだ。もし同級生と会ったんだとしたら……。


「俺、ちょっとコンビニに行ってくるよ。ここからそんなに遠くないんだろ?」

「えぇ。そうッスけど。それならおれも一緒にいきます」

「幸太……それじゃあわたしも一緒に行く」


 ここからコンビにまではそんなに遠くなかった。時間にして十分少々。

 俺は自分の心配が杞憂であることを願いながらもコンビニへと急ぐ。だけど最悪なことに俺の嫌な予感は的中してしまった。

 俺が目にしたのはコンビニの前で倒れる綾乃の姿と、そんな綾乃傍にいる二人の男の姿。片方の男は知らない。でももう一人の男には見覚えがあった。もちろん悪い方で。


「綾乃っ!」

「姉さん!」


 俺は綾乃の傍にいる二人を押しのけて綾乃の体を抱き上げる。綾乃は意識が無いのか、俺の呼びかけにも応えることは無かった。

 クソクソクソッ! バカか俺は! こうなるかもしれないってのはわかってたはずだろ! それなのに呑気にゲームして。何やってんだ!

 後悔する俺の隣で猛然と立ち上がったのは幸太君だ。怒りに満ちたその目は綾乃が倒れた時に居た二人の男、いやその片方にだけ向けられていた。


「あんた姉さんに何したんだ!」

「っ!」

「まさかまたあの時みたいなことを――」

「落ち着いて幸太!」


 掴みかかろうとした幸太君のことを由香ちゃんが止める。

 でもその気持ちは俺もわかる。こうして綾乃のことを抱きかかえてなかったら俺が同じことをしてただろう。

 黒井春輝。綾乃の幼なじみ。そして綾乃を傷つけた張本人。写真よりも少し大人びてるけど、間違いない。


「ち、違うって! 俺ら別に何もしてねぇよ! その子がコンビニから出てきて急に倒れただけで。つーかお前ら誰なんだよ!」


 間に割って入ってきたのは知らない奴だ。たぶんあいつの友達なんだろう。様子を見るに事情は知らないのかもしれない。


「うるさい! あんたには関係ないだろ! おれは、おれは絶対にあんたのことを許さないからな!」

「幸太、俺は――」

「幸太君! 今はそれどころじゃない。綾乃のことをなんとかしないと」

「そうだよ幸太。愛園先生に早く連絡しないと!」

「~~~~っ、わかった。家に来てもらうように連絡する。由香と零斗さんは姉さんのことを頼む」


 幸太君はそう言うとさっさと電話を取りだしてどこかへと電話をする。その間に俺は抱きかかえていた綾乃を由香ちゃんにも手伝ってもらって背中に負ぶる。

 俺は走り出す前に振り返って黒井の方に目を向ける。

 目が合った。何か言いたげな表情だけど何も言ってくることはない。


「急いでるから手短に終わらせるけど、俺は白峰零斗だ。俺のことは知らないだろうけど、俺はあんたのことを綾乃から聞いてる」

「白峰零斗……」

「正直言いたいことはいくらでもあるけど、今は俺の名前だけ覚えとけ」

「零斗さん早く! 先生が車ですぐに家まで来てくれるって!」

「わかった! すぐ行く!」


 俺はそれ以上何も言わずに綾乃を負ぶったまま走り出す。

 ホントに迂闊だった。綾乃のことを考えたらこうなるかもしれないことくらいわかってたはずなのに。考えの足りない自分に腹が立つ。

 でもそれも全部後回しだ。今は少しでも早く綾乃を家に連れて帰らないと。

 急ぎに急いで家まで戻ってきた俺達は驚くおばさんへの説明を幸太君と由香ちゃんに任せて綾乃を部屋へと連れて行く。


「綾乃……」


 ベッドの上で眠る綾乃は息が荒く、額には大粒の汗が流れていた。

 綾乃の主治医の先生がすぐに来てくれるってことらしいけど……ホントに情けない。肝心な時に何もできずにいるなんてな。


「うぅ……れい……と……」

「っ、綾乃!」


 名前を呼ばれて一瞬目を覚ましたのかと思ったけど、そうじゃなかったみたいだ。でも綾乃は譫言のように何度も俺の名前を呼ぶ。俺はそんな綾乃の手をそっと握ることしかできなかった。


「綾乃、俺はここにいるぞ。傍にいるからな」


 気のせいかもしれない。だけど、綾乃の呼吸が少しだけ穏やかになった気がした。

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