第107話 昔の写真
〈零斗視点〉
綾乃のご両親への挨拶もそこそこにオレは綾乃に連れられて綾乃の自室へと連れてこられていた。
「飲み物取ってくるからちょっと待ってて」
「あぁわかった」
「……部屋の中物色しないでね」
「するか!」
「あははっ、冗談だって。見て面白いものもないしね」
そう言って綾乃は部屋を出て行く。
もちろん部屋の中を物色するようなつもりはない。気にならないって言ったら嘘になるけどな。自分から信用を失うような真似はしない。
「それにしても……思ったより普通の部屋の部屋なんだな。って当たり前か。あいつもこっちに住んでる間は男だったわけだし」
部屋の内装は特に目立つようなものはない、普通の部屋って感じだ。ベッドがあって、勉強机があって、本棚があって、テレビが置いてある。俺の部屋とちょっと似てる気もするな。いやまぁ、中高男子の部屋なんてだいたいこんなもんか。
「お待たせ~」
少しして綾乃が部屋に戻ってきた。飲み物とお菓子を持って。
「はぁ、やっと落ち着けた~。もう朝から電車で移動とかお父さんとお母さんせいで疲れたし。まだ午前中だけど」
「いいご両親だと思うけどな。お前が愛されてるのはよくわかったよ」
少なくとも、綾乃が綾乃であることを受け入れてるみたいだったし。さっきのやりとりを見た感じ、愛されてるのも間違い無いだろうと思う。もちろん、俺なんかには計り知れないようなこともたくさんあったんだろうけどな。
でも綾乃があんな風に遠慮無く怒ったり、子供らしい綾乃を見たのは初めてだった気がしたからな。
もし万が一、綾乃が邪険に扱われてたりしたらなんて最悪の想像もしてたけど。いらん心配だったな。
「そうかもしれないけど。って、なに笑ってるの」
「いや、今日は綾乃の珍しい姿がいっぱい見れると思ってな」
「それを言うならなんか今日の零斗は意地悪な気がする」
「意地悪……意地悪か。じゃあ意地悪ついでに見たいものがあるんだが」
「な、なに? もしかしてだけど……」
俺の表情から何かを察したのか、とんでもなく嫌そうな顔をする綾乃。まぁたぶん想像通りだろうな。
「さっきチラッとは見せてもらったんだけど。ちゃんと見れなかったからな。綾乃の昔の写真を見せて欲しい」
「はぁ~~っ、絶対にそれ言うと思った。やだ。絶対やだ」
「なんでだよ。さっきは考えとくって言ってただろ」
「言ったけど。でもそれはいわゆる善処しますとか行けたら行く的なニュアンスだから。実際に期待されても困る」
「なんだよそれ。ホントにダメなのか?」
「だって、見て面白いものじゃないでしょ。ここにある写真ってことはその……私が男だった頃の写真だってことなんだから。私からしたら見られて面白いものじゃないし。単純にめちゃくちゃ恥ずかしい」
そう言って綾乃はそっぽを向いてしまう。
まぁ、綾乃の言わんとすることもわかる。でも俺だって別に茶化すつもりで見たいって言ってるわけじゃない。
綾乃と付き合うことになってから、綾乃には言ってないけど他の『性転換病』の患者の記録なんかを調べたことがある。色んな人がいたけど、なかには綾乃みたいに変わった性で生きていくことを受け入れた人もいた。
でも、恋人を作ったりした時にどうしても過去を思い出すらしい。恋人に過去の自分を見られるのが嫌で、それが原因で不和が生まれたりすることもあるらしい。
だから、このタイミングだと思った。綾乃が不安に思う気持ちもわかる。でも俺がこれからも綾乃と一緒に居るために、必要なことだと思うんだ。
「聞いてくれ綾乃。俺は綾乃のことが好きだ」
「っ!? きゅ、急になに!」
「だから綾乃のことはなんでも知りたいと思ってる。我が儘だって言われてもな。綾乃の気持ちもわかる。でも俺のことを信じてくれないか?」
「……やっぱり今日の零斗は意地悪だ。そんな言い方されたら信じないわけにはいかないもん。ホントにいいの?」
「当たり前だ。俺だって生半可な気持ちで言ってるわけじゃないんだからな」
真剣な目で綾乃のことを見つめる。そんな俺に根負けしたのか、綾乃はため息を吐いてさっきふんだくるようにして回収したアルバムを俺に向かって差し出した。
「見てもいいけど……その代わり! 今度は零斗の写真も見せて。それが条件」
「わかった。そんなことでいいならな。これ、子供の頃なんだろ」
「うん。幼稚園の頃と、小学校低学年くらいの写真」
アルバムの写真は綾乃が幼い頃の写真だった。こうして見ると綾乃の親、全然見た目が変わってないというか。今でも若々しいって言う方が正しいか。
三人で写ってる……これ、朱音さんか。ってことはこっちが綾乃の弟なのか。綾乃はさっきも見せてもらったけど。やっぱり面影はあるな。
「うぅ、なんか写真見られるの恥ずかしい。この恥ずかしさ、なんて言えばいいんだろ」
俺が写真を見てる間、綾乃はずっとソワソワしてた。まぁ無理もないだろうけどな。俺だって自分の昔の写真見られたら同じことを思うだろうし。
少しずつ成長していく綾乃の軌跡を追う。こうして写真で見ると小さい頃の綾乃は結構やんちゃだったのかもな。
「中学の頃の写真はないのか?」
アルバムの写真は幼稚園や小学校の頃が中心で、しかも家族写真ばかりだった。
偶然なのか意図的なのかわからないけど、家族以外との写真が見当たらない。
「え、そっちも見たいの? でも……ううん、信じるって決めたんだから」
そう言って綾乃は勉強机の棚を開く。そこから出してきたのは数枚の写真だった。
「中学生の頃はあんまり写真とか好きじゃ無かったから。あんまり撮ってないけど。これくらいなら」
「っ」
綾乃が差し出した写真を受け取る。そこに写って居たのは中学生の頃の綾乃と知らない男。夏祭りの写真なのか、屋台が並ぶ中で仲良さげに写る二人。正直この写真を見て心がざわつかないわけじゃない。でも今はその気持ちをグッと抑える。
綾乃は……あれだな。小学校の頃の写真でも思ったけど、見た目の大きな変化は無かったみたいだ。『性転換病』になった人の中には前と全然違う姿になった人も居たみたいだけどな。
顔つきはちょっと違ったりするけど、そこまで変わらない。髪の短い綾乃って感じだ。
そんでこっちの男は……。
「なぁ綾乃、こいつは――」
「……ハル。ほら、前に話した親友。私の幼なじみだよ」
「やっぱりそうか。こいつが……」
思わず目に敵意がこもる。こいつが綾乃を傷つけた奴か。
許せない。許せるはずがない。でもこいつの存在が俺と綾乃を引き合わせたと思うとちょっと複雑だ。
「……ねぇ、零斗。その、今の写真なんだけど」
「ん?」
「ハルはただの友達で、幼なじみってだけだから! 勘違いしないで。私がす、好きなのは……零斗、だけだから」
思いも寄らない言葉にびっくりする。まさか綾乃からそんなことを言われるなんて思ってなかった。
「ありがとな、綾乃。ちゃんとわかってるから大丈夫だ」
俺の言葉に綾乃はあからさまにホッとした様子で息を吐く。たぶんさっき俺が抱いた敵意みたいなのに気付いたのかもしれない。俺もまだまだだな。
「じゃあ今度は写真だけじゃなくて、話も聞かせてくれ。綾乃の昔の話を」
「いいけど。そんなに面白い話無いよ? まぁじゃあ、この時のことから。これ、家族で旅行に行った時の写真なんだけど、実はこの時川で弟が――」
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