第106話 変わった自分と変わらない部屋

〈綾乃視点〉


 久しぶりに実家に帰ってきたオレは、急いで自分の部屋に戻ってきた。ゆっくりしたいところだけど、零斗と母さん達を一緒にしておくのも心配だし。何言われるかわかったもんじゃない。


「それにしても……」


 ここがオレの部屋か……。なんか、なんだろう。懐かしさもあるんだけど、でもどこか違和感があるっていうか。自分の部屋なのに自分の部屋じゃないって感じ。なんか他人の部屋にいるみたいでちょっと落ち着かない感じもある。

 それだけ今の自分の部屋が馴染んだってことなのかもしれないけどさ。ともかく、これから数日の間はオレと零斗はこの部屋で寝泊まりすることになる。客室なんかがあればいいんだけど、部屋は全部埋まってるし。幸太の部屋っていうのも考えたけど、さすがに初対面の二人が同じ部屋っていうのも酷だろうし。

 まぁオレも零斗と同じ部屋で寝泊まりするのは初めてだから今からめちゃくちゃ緊張してるんだけどさ。


「でもお母さんちゃんと片付けてくれてたんだ。もっと散らかってるかと思ってたんだけど」


 部屋の中はまるで変わってない。オレが中学三年生だった頃のまま。時が止まってるみたいに。オレが帰ってくるのがわかってたのに部屋のレイアウトを変えなかったのは……もしかしたら変えたくなかったからなのかもしれない。オレが男だったことを、『桜小路綾馬さくらこうじりょうま』だったことを。

 なんて……さすがに邪推し過ぎか。たぶん、下手に動かせ無かったんだろう。だってこの部屋に残ってるのは全部思い出だから。


「綾馬……か。なんだろう、そう呼ばれてたのもずいぶん昔のことみたいに思えるっていうか。綾乃になってからの時間の方がずっと短いはずなのにね」


 今ではもう綾乃って名前の方がしっくり来るようになってしまった。不思議なもんだ。

 ふと壁に掛かけたコルクボードが目に入る。そこにつけてるのは写真だ。オレの写真。でもそれだけじゃない。家族で撮った写真に友達と撮った写真……それから、友達と撮った写真。一番多いのはハルと撮った写真だ。ここにある分だけじゃない。アルバムの写真も含めたらもっとたくさんある。


「昔はこんな風に笑い合えてたのに」


 写真の中のオレとハルは肩を組んで楽しそうに笑ってる。あの頃はまさかこんなことになるとは思ってなかったけど。

 って、いつまでも感傷に浸ってる暇は無かった。早くリビングに戻らないと。


「あ、写真……」


 どうしよ。写真は隠しといた方がいいかな。男だった時の自分を見られるのってなんかこう、若干の抵抗が。零斗が見たいって言うなら見せても……いや見せるのかこれ。なんか幻滅されたりしないかな。

 零斗がそんな奴じゃないのはわかってるけど、もし万が一、億が一、兆が一そんなことが起きたりしたら……。


「ショックで死ねる。と、とりあえず全部机の引き出しに隠しとこう」


 コルクボードについてた写真を全部剥がして机の引き出しに隠す。

 とりあえずこれは零斗が昔のオレを見たいって言ったら出すとしよう。そんなことが無いと信じて。

 一通りの荷物を片付けたオレは急いでリビングに戻る。

 

「お待たせ零斗――ってうわぁあああああああっっ!」


 急いでリビングに戻ってきたオレが目にしたのは幼少の頃のアルバムを広げて零斗に見せる父さんと母さんの姿。


「これなんて可愛いでしょ。幼稚園の入園式の写真で」

「へぇ、結構今の面影があるんですね」

「そうだろうそうだろう。この頃から綾乃は可愛かったんだ。まぁ可愛い可愛いと言ってたらまさか女の子になっちゃうとは思わなかったけどな」

「何見せてるのお父さん、お母さん!!」


 机の上に置かれたアルバムを全部ひったくる。せっかく自分の部屋の写真を全部片付けたのにまさかこんな形で見せられるとは。この鬼! 悪魔!


「きゃ、何するのよ綾乃。せっかく零斗君に昔の綾乃の写真を見せてたのに」

「そうだぞ綾乃。こういうのは実家に来た時の醍醐味だろう」

「そうかもしれないけど! 違うでしょ、私の場合は色々と! その辺考えて欲しいんだけど!」

「綾乃ったら恥ずかしがってるのね」

「そうだけど、そうじゃないから! 零斗こっち来て、部屋に案内するから」

「え、でも――」

「この部屋に居たらお父さんとお母さんに何吹き込まれるかわかったもんじゃないし。それじゃあ私達部屋にいるから。幸太が帰って来たら教えて」

「残念。もっと零斗君と話したかったのに。学校での綾乃の話も聞きたかったし」

「そうだぞ綾乃。零斗君を独り占めにするつもりか。そんなの父さん許さないぞ」

「独り占めって、そもそも零斗は私のだから!」

「あら綾乃ちゃんったら焼きもち?」

「違うから」

「ふふっ、まぁいいわ。話す時間ならまだまだあるものね。綾乃、部屋に戻るなら飲み物はちゃんと持っていってね」

「わかった。後で取りに来るから」


 そのまま零斗の手を引いて部屋へと案内する。というか、勢いで零斗のこと連れ出しちゃった。まぁいいか。あのまま二人と一緒に居たら何言われるかわかったもんじゃないし。


「いいのか綾乃。せっかくの帰省なのにお父さん達と一緒にいなくて」

「いいの。話はまた後でもできるし。それより零斗も荷物部屋に置いときたいでしょ」

「まぁそれはそうなんだけどな。でも残念だな」

「なにが?」

「綾乃の子供の頃の写真。もうちょっと見たかったんだけどな」

「……零斗、わかってて言ってるでしょ」

「ははっ、悪い悪い。でも嘘じゃ無いぞ。せっかくの機会だからな」

「……わかった。考えとく」

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