第104話 綾乃の実家へ

〈綾乃視点〉

 

 みんなで海に行った日からしばらく経ち、八月も半ばを過ぎようとしていた。

 更紗達と遊びに行ったり、生徒会のみんなと活動したり、零斗とデートしたりと去年の夏休みとは比べ物にならない充実してたと言っても良い。

 なんだけど……オレにはまだ乗り越えるべきイベントがあった。そう、零斗と一緒に実家に帰るというイベントが。ある意味でこの夏一番のイベントだ。


「ふぅ……」

「ほら、いい加減覚悟決めなさいってば。そんなにカレンダー見つめたって日付が変わるわけじゃないよ」

「そうなんだけどぉ」


 今日はその当日。零斗と一緒に実家に向かう日だ。姉さんは後から修治さんと一緒に来るって言ってたから、今日オレと零斗は電車で実家まで向かうことになる。

 だから零斗とは駅で待ち合わせしてるんだけど……。


「はいはい。そろそろ出ないと遅れるわよ。この炎天下の中零斗君をずっと外で待たせる気?」

「他人事だからって……」

「一番緊張してるのは綾乃じゃなくて零斗君なんだから。綾乃がそんなでどうするの。ほら、さっさと行きなさい」

「あぅっ」


 姉さんに強制的に荷物を持たされて、家を追い出される。

 ひどい、あんまりだ。妹に対する思いやりがなさ過ぎる。


「はぁ仕方ないか。行こう」


 姉さんに向かって悪態を吐いたところで現実がどうなるわけでもない。それに姉さんの言う通り零斗を待たせるわけにもいかない。

 オレはトランクに入れた大荷物を持って駅へと向かった。

 炎天下の中、駅へと向かう。いやホントに暑すぎて溶けそうなんだけど。

 うぅ、日焼けしたくないー。まぁ日焼け止めは塗ってるけどさ。男だった時は日焼けなんて全然気にもしてなかったけど。この体だとさすがにそういうわけにもいかない。気を遣わないと姉さんや更紗達がうるさいし。

 零斗を待たせるわけにはいかないと思って急いで駅へと向かうと、駅の前に零斗の姿を見つけた。

 さっきまでの憂鬱な気分はどこへやら、零斗の姿を見つけた途端に気分が明るくなる。


「零斗―――っ!!」


 オレが名前を叫びながら駆け足で近付くと零斗がオレに気付いた。


「ごめん、零斗。待たせちゃった」

「遅かったな。って、そんだけ荷物あったら当たり前か。オレはともかくお前は実家に帰るだけなのになんでそんなに大荷物なんだ?」

「いや、その……なんていうかさ。実家にあるのは私が男の時の物ばっかりだから。着替えとか何もなくて」


 今持ってる服は全部こっちに来てから買った服だ。実家の方には今のオレの服なんて一つもない。だからある程度は持って行く必要があるわけだ。そのせいでこんなに大荷物になったわけだけど。


「持つの手伝う。俺の方が荷物少ないからな」

「あ、ごめん零斗。ありがとう」


 オレが苦労して持ってきたトランクを軽く持ってしまう零斗。結構な重さがあったはずなんだけど。


「……ねぇ零斗。当日になってこんなこと言うのは変なんだけど、ホントにうちに来るの嫌じゃない?」

「その話は何度もしただろ。別に嫌じゃないって。緊張はするけどな。というか綾乃は実家に帰りたくないのか?」

「帰りたくないとか、そういうわけでもないんだけど。零斗を会わせるのはちょっと不安というか。何言われるかわかったもんじゃないし」


 幸太はいい。良い子だからきっと零斗とも話が合うだろうし。でもお母さんとお父さんは……どんな反応するかまるで予想できないし。

 歓迎してくれるのか、それとも何か言われるか。正直全然予想ができない。

 まぁいきなり追い出すみたいなことはないだろうけどさ。


「とにかく、変な期待はしないでね。すっごく普通の家だから。もうホント、なんの変哲もない家だから」

「なんの予防線だよそれは」

「だってぇ。なんかしょぼい家だとか思われるのも嫌だし」

「そこまで言われると逆に気になるんだが。ほら、電車の時間遅れるぞ」

「あ、待ってよ」


 オレは駅構内へと入っていく零斗の後を慌てて追いかけた。




 夏休み、しかも今はお盆シーズンだからどこへ行くにも人が多い。だから座れるか心配だったんだけど、オレ達は運良く座ることができた。実家までは電車で二時間弱。けっこうな時間電車に揺られることになる。それをずっと立ちっぱなしはしんどいし。


「ふぅ。零斗、荷物ありがとね」

「どういたしまして。それより、これからしばらくは乗り換えも無しでこのままなんだよな」

「うん。大丈夫だよ。あと一時間以上はこのまま乗ってることになるかな」

「けっこう遠いんだな」

「田舎だからね。特に目立つものは何もない町だよ。あ、でもこのお盆シーズンにはちょっとだけ大きなお祭りがあるからそれは楽しいかな。中学生の頃はよく行ってたし」

「祭りか。夏の定番だよな。行くと楽しいのはわかってるだけどな。どうにも行くまでが億劫で」

「あははっ、その気持ちはわかるかも。私も誘われなきゃ行かなかっただろうし」


 祭り……祭りか。確か、姉さんに聞いた話だとオレ達の滞在期間中にあったはず。

 せっかくだしここは……。


「ねぇ零斗、もしよかったらなんだけど一緒にいかない?」

「やってるのか?」

「たぶんだけど。嫌なら無理にとは言わないけど」

「いや行くよ。せっかくのお誘いだからな」


 実家にいる間、せっかくだから零斗には楽しんでほしい。わざわざ家まで来てもらうわけだし。少し印象良くしときたい。


「ところで、この時期になっちゃったけど零斗はお盆におじいちゃんの家に行ったりしないの?」

「特にそういう予定は無いな。まぁ一応夏休みの間に一回くらいは行くつもりだけど。それこそ別にいつでもいいからな」

「そうなんだ。そういえば零斗のご両親って……」

「最近はほとんど家に帰ってこないな。どんな仕事してるんだか知らないけど」

「菫さん一人で大丈夫なの?」

「あー、なんでも高原と夢子が泊まりに来るらしい」

「夢子さんって……杏子さんの。菫さんと仲良かったの?」

「オレも知らなかったけどそうらしいな。一応こっち来る前に挨拶だけしといた。高原のやつは俺がいなくて清々するとか言ってたな」

「あはは、言いそう。でもそっか。それなら安心だね」

「さすがに家に一人ってのはどうかと思ってたからな。ま、あいつも俺がいない方が嬉しいだろうさ」

「それは違うと思うけど……」


 菫さんの零斗好き具合ってかなり重度だし。いやもちろんオレだって負けてないけど。というかオレが一番だけど!

 

「あー、というか綾乃。色々気にしてくれてるのはわかるけどな、そもそもお前のため帰省でもあるんだからお前もちゃんとリラックスしとけよ。俺は大丈夫だから。綾乃が気張ってたら俺も落ち着けないしな」

「……そうだね。なんか落ち着けてなかったかも。ありがとう零斗」


 今の家に来てから初めての実家への帰省。どうしても色々と考えてしまうけど、少しでも楽しい思い出が増えると良いな。

 


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