第103話 帰りの車の中で

〈綾乃視点〉


 かげりちゃんと彰人君が買って来てくれた昼食を食べた後は、みんなで雑談しながらのんびりした後は今度はみんなで遊ぶことになった。

 持ってきていたスイカでスイカ割りに浅瀬でのビーチバレーとか。まぁなんていうか思いつく限り、できる限りの遊びをした感じだ。

 なんていうか、海でここまで思いっきり遊ぶのは初めてだったから柄にもなくテンションを上げてしまった。まぁさすがに更紗や久瀬君より先にバテちゃったけど。

 でもそうやって思いっきり遊んでるうちに気付いたら夕方になってた。

 こういう時に限って時間が過ぎるのはあっという間だった。まさか帰る時になって名残惜しくなるとは思ってなかったけど。

 帰りは行きの時と同じで更紗のお父さんが迎えに来てくれた。さすがに帰る頃には全員クタクタで、オレと零斗以外は全員寝てた。零斗はほとんど寝かけって感じだけど。まぁ仕方無いとは思う。オレも全力で遊んでたけど、かげりちゃん達はもう体力の続く限り全力でって感じだったから。

 というかぶっちゃけオレも結構眠かったりする。でもさすがに全員寝るのはよくないだろうってことで気合いで耐えてた。


「すみません。帰りまで迎えに来てもらって。今更ですけど、ご迷惑じゃなかったですか?」

「いやいや。気にしないでくれ可愛い一人娘に頼まれちゃ断れるわけないし。それにみんな更紗の大事な友達だって言うじゃないか。そりゃ父親としては送迎くらいなんてことないさ」

「どうせその送迎にかこつけて自分も遊びに行ってたくせに」

「うっ、更紗お前起きてたのか」

「ふぁ、今起きたの。綾乃も父さんにお礼なんて言わなくていいから。どうせこの人、あたし達が遊んでる間この辺で遊んでたんだから。またナンパとかしてないよね」

「し、してるわけないだろ! まったくバカなこと言うなよ」

「……帰ったらスマホ出してね。お母さんに見せるから」

「それだけは勘弁してくれぇ!」


 更紗からお父さんがどんな人なのかは聞いてたけど、うーん、相当破天荒な人らしい。良い人なんだろうけど。


「綾乃も寝てていいよ。ついたら起こすから。ずっと起きてても退屈でしょ。あたしももう一眠りするから」


 娘とはなんと無情なものか。こういうときみんな寝ちゃうのってなんか申し訳なくなるんだよね。まぁできることなんてないんだけどさ。


「なんて娘だ……まぁでも、更紗の言う通り寝てていいよ。そっちの彼氏君はもうかなり眠そうだし」

「っ、な、なんで彼氏って……」

「あ、やっぱり当たりだった? いやなんとなくわかるんだよ、まぁ人生経験ってやつかな。こう、付き合ってる人同士の雰囲気ってのがね」


 そういうものなのか。さすが更紗のお父さんというか。その当たりの人を見る目はあるのかもしれない。

 でもなんか見抜かれるのはそれはそれで恥ずかしいな。


「ま、とにかくまだしばらくはかかるし。ゆっくり寝てていいよ」

「ありがとうございます」


 オレの座ってる位置は一番後ろ。助手席には更紗。その後ろに久瀬君、彰人君、かげりちゃん。一番後ろがオレと零斗といずみの三人だ。

 オレといずみに挟まれてる零斗はうつらうつらと船を漕いでいた。たぶん零斗なりにオレ達にもたれかからないように気をつけてるんだろうけど。

 

「零斗、眠たいなら私の方にもたれかかってもいいよ」

「んぁ……あー、大丈夫だ。別に眠いわけじゃ」

「いやいや、もう完全に寝る直前ですって顔だけど」

「そんなことはない……」


 否定するその顔がもう眠そうなんだけど。ふふ、なんか眠そうな人って面白いな。というかこんな零斗を見るのが初めてだから尚更かもしれない。


「いいから。ほら、こっち」


 軽く零斗の体を引く。それだけで脱力してる零斗はオレの方へと倒れ込んできた。

 もし間違っていずみの方に倒れられても困るしね。決して嫌だからとかそんな理由じゃない。

 オレにもたれかかってきた零斗はほどなくしてすぅすぅと寝息を立てて寝始めた。やっぱり相当堪えてたみたいだ。


「…………」


 ヤバい。自分でやったことだけどなんかめちゃくちゃ恥ずかしい。というかこれ思った以上に近い。寝息がすぐ傍で聞こえる。

 さっきまで感じてた眠気もどっかに吹っ飛んでった。

 そろーっとスマホを取り出してインカメを起動する。そして手早くパシャリ。

 おー、意外と上手いこと撮れた。なんか盗撮みたいな感じになっちゃったけど、まぁそれくらいは許してもらうとしよう。

 ふふっ、こういう写真見てるとまるで恋人同士だ。いや、恋人同士なんだけど。でもたまにSNSで見かけるカップル同士の写真とかでもこういうあった気がするし。ま、さすがにオレは写真をあげたりするつもりはない。でもそうしたくなる気持ちもなんとなくわかったかも。この写真は誰にも見せないけどね。普通に恥ずかしいし。


「みんな……寝てるよね」


 こんな写真を撮ってしまったせいか、オレの中でちょっと変なスイッチが入る。

 オレ以外で起きてるのは更紗のお父さんだけ。その更紗のお父さんも今は車の運転で前を向いてる。たぶんもうみんな寝たと思ってるんだろう。

 だから、チャンスなのかもしれない。零斗が起きてたらできないけど、眠ってる今なら。


「どうか今だけは起きないで」


 昼間のリベンジ。ちゃんとやり直すのは無理だから、こんな卑怯なやり方になっちゃうけど。バクバクと心臓が脈打つ。もしかしたらオレはとんでもないことをしようとしてるのかもしれない。だけど、少しくらいは。


「許してね、零斗」


 オレはそっと零斗の頬に顔を寄せて――。


「~~~~~~っっ」


 赤くなった頬を誤魔化すように、誰にも見られないようにオレは窓の方へと顔を向ける。

 何をしたかなんて誰にも言わない。言えない。この写真と一緒で、自分だけの秘密にしようと、そう決めた。

 こうして、オレ達の海での一日は終わりを迎えたのだった。

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