第102話 男同士の友情

〈零斗視点〉


「はぁ……」


 思わずため息を吐く。目の前の海では色んな人が楽しそうにしてるのに。今この場所でこんなにも心をブルーにしてるのは俺くらいだろうな。


「あれは仕方無い……いや、仕方無いのか?」


 綾乃と二人きり、周囲に人もいない岩陰。あんな状況で無防備に抱きつかれて欲を抑えられるほど俺は達観してなかった。俺だって健全な高校生なんだ。恋人にあんなことされて平静を保てるわけじゃない。むしろ押し倒さなかっただけ理性を効かせた方だ。

 でもまさかあそこで藤原さんが来るなんて思わないだろ。いや、もちろん藤原さんが悪いわけじゃないのはわかってる。

 でも一度膨れ上がった感情っていうのはそうそう抑えきれるものでもない。こんな感情抱えたまま綾乃と一緒にいたら俺が何するかわかったもんじゃない。

 だから今はこうして距離を取ってるわけなんだが。

 チラッと綾乃の方を見る。綾乃は藤原さんや秋本さんと一緒に居て。今は上丈や月凍と楽しそうに話してた。

 元々綾乃は上丈や月凍とも仲良くしたいって言ってたからな。その目的が達成できたみたいで何よりだ。

 

「いつまでもここでボーッとしてるわけにもいかないか」


 みんなで海に来てるのに一人テンション下げてるやつがいたら周りにも申し訳ないしな。もうちょっと気持ちを落ち着けたらみんなと合流しよう。


「一人で何をしてるんだ」

「っ、なんだ久瀬か」


 話しかけてきたのは久瀬だった。両手には食べ物を持ってる。焼きそばとフランクフルト。


「食べるか?」

「じゃあ、フランクフルトを」


 フランクフルトを受け取った俺は久瀬と並んで飯を食い始める。何気にこうして久瀬と一緒に飯を食べるのは初めてだな。


「何かあったのか? ずいぶんと落ち込んでるみたいだが」

「何かあったというか……何もなかったせいというか。いや、俺の意気地が無かったせいだな」

「……なるほどな。なんとなく何があったかわかった。残念だったな」

「ありがとな」


 さすが彼女持ちというか。今のやりとりだけで何が起きたのを大まかに理解してくれたらしい。


「いや、なんていうか情けないなって思ったんだよ。俺の方からはなんのアクションも起こせなかったから。どうすればいいのかいまいちよくわからないんだよな」


 バカみたいな話だが、もしかしたら俺は怖いのかもしれない。自分から何かしようとして、それでもし綾乃に嫌がられたりしたら。そうじゃなくても怖がられたりしたら。そう考えるだけで何もできなくなる。

 自分がビビりで嫌になる。綾乃だってこんな意気地無しな彼氏は嫌だろうな。


「久瀬は藤原さんが初めての彼氏なんだよな」

「あぁそうだな」

「ちなみに、どっちから告白したんだ?」

「俺だな。一応。ほとんど脅しだったが」

「脅し?」

「あたしのことが好きならさっさと告白してこいと。まぁ好きだったのは事実だからな。その場で告白した」

「……なんかすごいな。色々と」

「あいつに常識は通用しないからな。まぁでも踏ん切りをつけるって意味では良かったのかもしれない。じゃないと俺はいつまで経っても言えなかっただろうからな」

「言えないって。意外だな。久瀬はそういうのはっきり言えるタイプだと思ってたんだが」

「よく言われるが。俺も恋愛方面はどうにも苦手でな。どうすればいいかわからなくなる。お前と同じだ。俺からリードできたことなんてほとんど無い。それなりに色んなことを経験してきたが、全部あいつから誘われてだったしな。案外そういうのは女の方が度胸があるのかもしれないな」

「いや、単純に俺達が意気地無しなだけだと思うぞ」

「ははっ、だな。情けないな俺達。でも、それでいいんだと思うぞ」

「なんでだ?」

「恋人同士になった時点で男も女も関係ない。必要なのは互いを想い合う気持ちだけ。その歩みに正解も間違いも無いだろう。他の恋人同士がこうだから、なんて考えるだけ無駄だ。それぞれに合ったペースがあるんだろうからな。俺と更紗の場合はそれが早くて、お前と桜小路の場合はただゆっくりなだけだろう」


 久瀬に言われると妙に説得力があるというか。これが先達の言葉というものか。

 まぁ同い年なんだけどな。


「焦ることなんて何もない。むしろ、下手に焦って距離を詰めればそれこそ失敗するだけだろう。これからもお前たちは一緒にいるんだ。機会はいくらでもあるだろう」

「……そうだな。ありがとう久瀬。参考になった」

「俺程度の意見でそう思ってくれたなら幸いだ」


 確かに久瀬の言う通りだ。俺と綾乃には俺と綾乃に合ったペースがある。

 そんなのわかってたはずなのに。何を焦ってたんだろうな、俺は。

 いつもと違う空気に流され過ぎたのかもしれない。

 それにしてもまさか久瀬とこんな話をすることになるなんて思ってもなかったな。これも海に来た効果ってやつか。

 それから飯を食い終わって、久瀬は一つの提案をしてきた。


「なぁ白峰。お前、泳ぐのは得意か?」

「得意とは言えないが。まぁ普通に泳げるくらいだな」

「こうしてお前と一緒に海に来る機会なんて滅多にないだろうからな。あの岩のところまで競争しよう」

「得意じゃないって言ったばっかなんだが……」


 運動が苦手ってことはないが、運動部の久瀬に俺が勝てるわけがない。


「何事もチャレンジだ。それに俺はさっきまで泳いでて疲れてるからな。ちょうど良いハンデにはなるだろ」

「全然ハンデになってる気がしないが。まぁいいか。思いっきり泳げばすっきりするだろうしな。その勝負受けて立つ!」

「そうこなくちゃな。よし行くか」


 そうして始まった俺と久瀬と遊泳勝負。まぁその結果は言うまでもないんだが……。

 でもおかげで久瀬との距離は縮まった気がする。

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