第101話 友達になるための一歩

〈綾乃視点〉


 まさかの親友の裏切りにあったオレは零斗と一緒にみんなの所へと戻ってきていた。

 あんなことをしてしまったせい、というか。さっきはちゃんと勇気を出して近づけたんだけど……そのせいで今はちょっと零斗に近付くのが恥ずかしくてちょっと距離を取ってます、はい。あ~、オレの意気地無し~。一歩進んで二歩下がるとはまさにこのことよ。

 零斗はと言えば、ちょっと離れたところで久瀬君と何か話してる。何を話してるかまでは聞こえてこない。


「はぁ~」


 オレが隠れて小さくため息を吐いてると、申し訳なさそうな顔をした更紗が近付いてきた。


「綾乃~。さっきはマジでごめんね」

「もういいってば。というか、あんまり言わないで。思い出すと恥ずかしくなるから」

「せっかく綾乃が積極的になったのに。あたしが邪魔しちゃうなんて……この藤原更紗、一生の不覚っ」

「本気で悔しがられても。いや、悔しいのは同じなんだけど……」


 少なくとも、あれ以上のステップアップは今回は無理だ。あの時は空気感とかあったしなぁ。あれをもう一度再現できるとは思えない。というかまたもう一回とか恥ずかしくて死ねる。あの時だって心臓爆発するんじゃないかって思ってたのに。


「あはは、災難だったね綾乃ちゃん」

「もしかして更紗から話聞いたの?」

「えっと……うん。なんか更紗ちゃんが落ち込んでたし、綾乃ちゃんと白峰君の様子もおかしかったから」

「うぅ……」


 あの痴態がどんどん広まっていく……。いやでも、ここまできたらいっそ開き直ってアドバイスを求めるべきか?

 やっぱりこういうのって経験者の更紗の方が詳しいだろうし。いずみは……彼氏がいたとかそういう話は聞いたことないけど、知識は豊富そうだ。女子ならではの視点を教えてくれるかもしれないし。

 

「ね、ねぇ二人とも――」

「綾乃さーーんっ!! お昼買ってきましたー!!」


 でも、そんなオレの言葉を遮るようにして月凍さんが上丈君と一緒に戻ってきた。あの二人は海の家までみんなの分のお昼ご飯を買いに行ってくれてたから。ちなみに買ってきてもらったのはイカ焼きとかフランクフルトとか焼きそばとか、定番のものばかりだ。まぁ、こいうところで食べるのって多少お腹を満たせれば良い程度でお腹いっぱいになるまで食べるもんじゃないだろうし。

 

「どうぞ綾乃さん! 好きなの選んでください!」

「ありがとう月凍さん。でも、私は残ったもので大丈夫だから。二人が買いに行ってくれたんだし、二人から選んで」

「そうそう。この暑い中行ってくれたんだしさ」

「でも」

「月凍。綾乃さんがこう言ってるんだ。その厚意を無駄にするつもりか」

「そんなわけないでしょ!」


 厚意って、そんな大げさなものじゃないんだけど。

 この二人は高原さんと一緒で、なんかオレのことを妙に特別視してるから。普段はいいんだけど、こういう場では止めてほしいというか。でも純粋な好意だから無下にするのもなぁ。オレがもっと楽に接してくれていいよ! って言ってもあんまり効果ないだろうし。というか実際無かったし。

 別に嫌なわけじゃない。ただちょっと同級生として健全な形ではないと思うし、ちょっと寂しさみたいなのもある。月凍さんと上丈君はよく喧嘩してるけど、でもその遠慮の無い関係みたいなのは心を許してるからこそできるんだろうし。

 二人がオレに対して壁を作ってるわけじゃない。むしろ壁を作ってるのはオレの方だ。オレが勝手に距離を感じてるだけだ。そうわかってても……。


「んー……ねぇ二人ともさ。ちょっといい?」

「? なに」

「どうかしたのか」

「いやー、ずっと思ってたんだけどさ。二人とも綾乃こと尊敬し過ぎじゃない?」


 二人の言い争うのを見てたら、更紗が突然そんなことを言い出した。急に何を言うのかと思って口を挟もうとしたら、いずみに止められた。

 

「更紗ちゃんに任せてみよ」

「……うん」


 戸惑うオレを余所に更紗は話を続ける。


「いやわかるよ。綾乃ってすごい子だしさ。生徒会長やってるし、テストはずっと一位だし。運動だってできる。しかもすごく綺麗と来た。マジもうなんかやってらんないよね。神様に不平等だーって訴えたくなるくらい。綾乃のことを何も知らない人が見たら、きっと完璧超人に見えるんだろうね」


 完璧超人。オレは自分自身がそんな人間だとは思ってない。だけど、『桜小路綾乃』として愛ヶ咲学園に行くことが決まった時に、そうあろうとしたのは事実だ。

 元男だったオレに普通の女の子なんてわからないし。だからこそ自分の思う理想の女性を演じようとした節はあったし。

 その結果は見ての通り。気付けば生徒会長なんて立場にまでなっていた。不相応だとは思うけど、今までちゃんと生徒会長として活動できたと思う。

 『桜小路綾乃』として過ごす中で、月凍さんとも上丈君とも出会った。高原さんや愛乃さんや真乃さんともそうだ。

 だからオレはみんなの前ではつい生徒会長であろうとしてしまう。零斗といる時とも、更紗やいずみといる時とも少し違う。


「でも、あたしはそうじゃないのを知ってる。綾乃があたし達と何も変わらない普通の女の子だってことを知ってる。あんた達だってそうでしょ」

「それは……」

「…………」

「確かにあんた達は綾乃のことを心から尊敬してるのかもしれない。でもさ、ずっとそういう態度でいられるのってしんどいと思うよ。綾乃はあんた達のことを従えたいわけじゃない。あくまで生徒会の仲間として、友達として、横に並んで頑張りたいって思ってるんだから。でしょ、綾乃」

「……うん。なんか更紗に全部言われちゃったけど」

「綾乃がいつまで経ってもうじうじして言わないのが悪い。言っとくけど、綾乃だって悪いんだからね。勝手に諦めてたでしょ」

「う……」

「仲良くなりたいっていって、動かなきゃ無理に決まってるでしょ」


 更紗の言葉がチクチク刺さる。いや言ってることは間違いないから反論もできないんだけどさ。

 更紗の言う通り、オレはどこか仕方無いって諦めて、行動はしなかったから。怒られても仕方無い。


「ほら、せっかく海まで来たんだからもっと心まで解放して話し合ってみたら」

「頑張って、綾乃ちゃん」


 いずみに背中を押されて二人の前に出る。

 更紗達の時と同じ。必要なのは勇気。今の自分をさらけ出す勇気。

 二人とちゃんと友達になるために。


「月凍さん、上丈君……えっと……とりあえず一つお願いがあるんだけど、いいかな?」

「お願い?」

「二人のこと名前で呼んでもいい?」


 オレの言葉に二人は顔を見合わせる。

 この時のオレは零斗の時とは違う意味でドキドキしてた。


「「もちろん」」


 だから、二人が笑顔でそう言ってくれた時は本当に嬉しかった。


「じゃあとりあえず冷める前に食べよっか、かげりちゃん、彰人君」


 まだ全部を言えたわけじゃない。オレが『性転換病』だってことも言えてないし。

 でも、この日オレはかげりちゃんと彰人君と友達になるための一歩を踏み出すことができた。

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