第99話 砂山崩しは真剣勝負

 海で定番の遊びと言えば何かと問われれば、人それぞれ様々な答えがあるだろう。

 スイカ割り、砂遊び、ビーチボールを使った遊びなどなど。海に入らなくても遊べる要素はたくさんある。もちろん海で自由に泳ぐのもありだ。

 選択肢が多くあるなかで、綾乃達のグループは二つに分かれた。砂浜で遊ぶ組と海で思い切り泳ぐ組だ。

 綾乃、零斗、いずみの三人が砂浜で遊ぶ組。更紗、透、かげり、彰人の四人が思い切り海で泳ぐ組だ。

 

「すごい勢いで泳いでるね。あの四人」

「久瀬はともかく、上丈もけっこう泳げるんだな。月凍や藤原さんが運動得意なのも知ってたけど……あれでも泳げるんだな」

「む……零斗?」

「いででででっ! な、なんだよ急に!」

「そういうのよくないんじゃないかなぁ。思わず見ちゃうのはわかるけど」


 零斗の視線が泳ぐ更紗とかげりの胸に一瞬向いたのを綾乃は見逃さなかった。

 綾乃も零斗の気持ちがわからないわけではない。このビーチでもトップクラスの美少女達。しかし、気持ちがわかろうとも嫉妬の気持ちが湧かないわけではない。

 だがその気持ちを綾乃は素直に言葉にできない。だからつい言葉よりも先に頬を抓る手が出てしまったのだ。


「いや、別に見てたわけじゃ……ないこともないけど。ごめん、悪かった」


 下手な言い訳はより怒りを増幅させるだけだと思った零斗は素直に謝る。

 だが零斗が泳ぐ更紗達の方へと目を向けていたのも理由がある。単純に気恥ずかしかったのだ。

 いずみはまだいい。パーカーを着て体を隠しているからだ。だが綾乃は違う。黒いビキニを纏ったその肢体を惜しげ無く晒している。零斗にとっては非常に目に毒だった。

 もちろん綾乃は零斗に見せるためだけに水着を買ったのだから、それは綾乃の狙い通りと言えるのだが、効き目が想像以上だったのだ。


「わかればいいんだけど。それより零斗の番だよ」

「っと、もう順番回って来たのか。って、秋本さんけっこう削ったな」

「えへへ、砂山崩しはけっこう得意なんだよね。昔公園よくやってたから」


 綾乃達三人がやっていたのは砂山崩し。砂山を作り、中央に棒を立て、周囲を削りながら棒を崩したら負けの遊び。

 たかが砂山崩し、されど砂山崩し。軽いノリで始めた遊びだったが、三人とも真剣だった。

 すでに砂山崩しは終盤に入っており、いつ棒が倒れてもおかしくない状況になっていた。


(秋本さん、かなり削ったな。穏やかに見えてかなりチャレンジャーというか。勝負師だな。でもまだ削れる部分は残ってる。俺の次は綾乃だ。つまりここをしのげば俺の番が回ってくる可能性はかなり低い。ここが俺の勝負所!)


 ここで勝負を仕掛けなければ勝てない。そう判断した零斗は思い切ってごっそり山を削ることにした。ルール上、一度手をつけてしまえば離すことは許されない。暑さと緊張で額に汗が流れるなか、零斗はゆっくり砂山を削る。


「っ!」


 グラッと棒が揺れる。力加減を間違えたのかと焦る零斗だが、すでに削り始めてしまったせいで止まることもできない。指先で削る砂の量を調節しながら慎重に動かす。


「ふぅ……っ!」


 呼吸を整えるために深呼吸する零斗。そして最後に一気に山を削りとった。

 棒が倒れていないことを確認した零斗はグッとガッツポーズする。


「よっしゃ成功! これはもう無理だろ!」

「まさかここを成功してくるなんて」

「すごいね白峰君」

「その昔、砂山崩しのキングと呼ばれた男だからな」

「なにその微妙にダサい称号……でもこれは……うん、まだいける」


 綾乃は零斗とは違い、迷い無く砂山に手をつけた。そして一息の間に砂を削り取る。全くよどみない動きだった。棒は僅かに傾きを見せたものの、倒れはしなかった。


「ホントに成功しやがった」

「零斗は勝負をしかけたつもりだったかもしれないけど、恐れが動きに出てた。つまり削れる砂を削ってなかった。私はその砂を削っただけ。ふふ、どうやらこの勝負いずみの――」

「じゃあ次はわたしの番だね。ここかな」

「「へっ?」」


 綾乃と零斗の素っ頓狂な声が重なる。

 限界ギリギリまで削ったと思っていた砂山。しかしいずみはその砂山を当たり前のように削ってきた。棒は大きく傾いたが、倒れてはいない。まだ立っていると判断できる範疇に留まっていた。


「驚いた。さすがにもうダメだと思ったんだけど」

「あはは、なんとなくわかるんだよね。まだ大丈夫だーって。二人が倒さなかったのは驚きだけど。さ、それじゃあ白峰君だよ」


 笑顔で順番を告げてくるいずみ。しかし今の零斗にはその笑顔が敗北を告げる悪魔の笑みにしか見えなかった。

 人は笑顔でこうも人を追い詰められるのかと戦々恐々とする零斗。その恐れは砂山に手をつけた零斗の指先にまで伝わってしまう。


「あ! しまっ――」


 指先の一瞬の震えが棒まで伝わり、それまでギリギリのところで均衡を保っていた棒はポトリと倒れた。あまりにもあっさりとした決着。零斗の敗北が決まった瞬間だった。


「はい、零斗の負け。やったねいずみ」

「うん♪」


 イエーイとハイタッチする綾乃といずみ。負けてしまった零斗はがっくりと肩を落とした。


「クソー。けっこういい線いったと思ったんだけどな。さすがにあれは無理だったか」

「でも意外と楽しかったね砂山崩し。緊張があったというか」

「なんでも真剣にやってみるものだね」


 その後も何度か砂山削りの遊びをしている間に、海で泳ぎ続けていた更紗達が戻ってきた。


「はぁー、めっちゃ泳いだー」

「やっぱり海はいいな。いい鍛錬になった」

「透ってばここに来てもそればっかりなんだから。今日くらい気楽に楽しめばいいのに」

「楽しんでるぞ。更紗と一緒に泳ぐのは楽しいからな」

「なんか聞いてるこっちの方が恥ずかしくなるんだが……で、そっちはなんでまだ喧嘩してるんだ?」

「単純な話だ。俺の方が速かったのにこいつがそれを認めようとしないんだ」

「だーかーら! あの岩に触れたのはあたしの方が先だってば! 何度言ったらわかるわけ!」


 どうやらかげりと彰人は泳ぎの速さで勝負をしていたらしく、どっちの方が速かったかで揉めているようだった。


「いいよだったら今度こそどっちが上かわからせてあげる。見ててください綾乃さん! あたしの方が速いって証明しますから!」

「阿呆が。後で吠え面をかいても知らないからな」


 かげりと彰人はそう言うと、また再び海へと戻ってしまった。


「ほんっと元気だなあいつら」

「あはは、ずっとあの調子だったしね。やっぱりあれはあれで仲良しな気がするけど。今度は綾乃達も行ってきたら? あたし達しばらくこっちの休んでるから」

「わたしは……遠慮しようかな。泳ぐのあんまり得意じゃないし」

「えー、でもせっかく海に来たんだしさ。あ、そうだ! それじゃあ泳がなくてもいいからさ、浮き輪で揺られるのもいいんじゃない?」

「それならまぁ。でも、浮き輪持ってきてないでしょ?」

「海の家に行ったら借りれるでしょ。あたし、更紗と一緒に行ってくるから。透は荷物お願い」

「わかった。二人はどうする? 泳ぎに行くのか?」


 透の言葉に綾乃と零斗は顔を見合わせる。


「それじゃあお言葉に甘えて」

「せっかく海に来たんだしな。行ってくる」


 そうして、綾乃と零斗は海へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る