第98話 いざみんなで海へ

 八月、夏の暑さも本格化しうだるような暑さが続く日々の中で、人々は一時の清涼と出会いを求めてとある場所へと集まる。

 それこそが海である。

 家族連れ、恋人同士、友達同士からお一人様まで、全ての人を受け入れる包容力が海にはあるのだ。


「……まぁ、インドア派の私には海なんて特別な場所でもなんでもないんだけど。更紗達に誘われなかったら間違いなく来ない場所だし」


 ギラギラと輝く太陽。そしてそんな太陽に反射して輝く海がインドア派である綾乃の心を抉る。海は綺麗だ。それは綾乃も認める。しかしその輝きにしんどさを覚える人も一定数はいるのだ。

 綾乃はスタンダートな黒のビキニスタイル。大きめの麦わら帽子を被り、腰にはパレオを巻いていた。黒のビキニが綾乃に白い肌に映え、その美しさをより引き立たせる。そこに立って居るだけで衆目を集めてしまうほどの存在感を放っていた。


「なんかすごく見られてる気がする。このタイプの水着着るの初めてだったけど、変だったかな?」

「おーい綾乃ー! お待たせ~っ!」

「あ、やっと来た」


 これでようやく居心地の悪さから解放されると綾乃はほっと一息吐く。

 向こうから走ってやってくるのは更紗、いずみ、そしてかげりの三人だった。

 更紗は真っ赤なバンドゥビキニスタイル。綾乃のようにパレオで下半身を隠すこともなく、惜しげも無くその肢体を晒している。かなり扇情的な水着姿だ。

 いずみはパーカーを着ているためパッと見ではわからないが、その下にはワンピースタイプの水着を着ていた。

 最後の一人、かげりはフレアビキニを着ていてホットパンツを履いていた。かげりらしい動きやすい格好と言った装いだった。


「ごめんね待った? って、白峰君達はまだ来てないの?」

「ううん、もう来たよ。あっちの方で先にパラソルとかの組み立てしてる」


 綾乃が指差す先にはパラソルの組み立てに悪戦苦闘する三人の男子――零斗、透、彰人の姿があった。着替えるのにそれほど時間がかからない男子達は先に来て準備を始めていた のだ。

 ちなみに綾乃が他の三人よりも先に出てきた理由は単純に更衣室の居心地が悪かったからだ。右を見ても左を見ても若い女性ばかり。しかも陽キャばかり。そんな空気に綾乃は耐えきれなかったのだ。

 結局外に出ても今度は他の人の目に晒されて落ち着くことは無かったのだが。


「おー、頑張ってるね」

「綾乃さん! 綾乃さんの水着姿すっごく綺麗です! あー、もうさいっこうです!」

「あ、ありがとう月凍さん。でもちょっと、落ち着いて」

「ごめんなさい! 初めて見る綾乃さんの水着姿にすっごくテンション上がっちゃって」

「そんなに特別なものでもないと思うんだけど」

「そんなことないです! 綾乃さんに比べたら私なんて十把一絡げ。いてもいなくても一緒ですから」

「そこまで持ち上げられるとさすがに面映ゆいというか。月凍さんもすごく綺麗ですよ。月凍さんらしい格好ですごく良いと思います。あと、今日来る時にも言いましたけど今日は生徒会の集まりじゃなく、同級生、友人同士の集まりですから。もっと気安くしてもらっていいですよ?」

「もちろんわかってます!」

「ならいいんだけど……」

「そうだ、私向こう手伝って来ますね! 綾乃さんは後からゆっくり来てください!」

「あっ、私も手伝いを……はぁ」


 呼び止める間もなく走り去っていくかげりはあっという間に零斗達のところにたどり着き、彰人と何やら言い合いしながら準備を始めた。


「あははっ、聞いてはいたけどすごいね。生徒会の人達の綾乃への尊敬具合。あの上丈君もそうだったけど」

「綾乃ちゃんのことすごく慕ってるんだね」

「それは嬉しいんだけどね。私としてはもっと気安くてもいいというか。そうして欲しいんだけど」


 生徒会の場でならばともかく、それ以外の場所までかしこまってほしくない。だがかげりと彰人の綾乃への尊敬は常にストップ高状態だ。そんな二人の前にいるとつい綾乃もみっともない姿を見せまいと生徒会モードになってしまうのだ。


「せめて今日でちょっとでも仲良くなれるといいんだけど」

「綾乃も大変だねぇ。さっきちょっと話した感じ、めっちゃ話しやすい感じだったけど」

「他人事だと思って……」

「ま、頑張りなって。せっかく海の来たんだから。夏の解放感と一緒に心も解放して距離縮めちゃいな!」

「綾乃ちゃんならきっとできるよ」

「ありがとういずみ」


 いずみの慈母の如き微笑みが綾乃の心を癒やす。そんないずみに感謝しながら綾乃は二人と一緒に零斗達のもとへと向かった。




 綾乃達が到着する頃には零斗達の準備も終わっていた。

 ビーチパラソルにシート、飲み物の入ったクーラーボックスなど様々なものを用意していた。

 これらを用意してくれたのは更紗の父親だ。海へも更紗の父親が車で全員のことを送ってくれたのだ。


「みんなお疲れ様。大変だったでしょ」

「まぁさすがにビーチパラソルの組み立てなんてしたこと無かったからな」

「俺は更紗と海に来る度にやってるからある程度慣れてたが」

「綾乃さんのためならこれくらいは苦労にもなりません」

「ちょっと彰人。私達はどうでもいいっていうの?」

「いや、正確に言うならお前以外だ」

「なんですってぇ?!」

「二人とも。海に来てまで喧嘩しないで。今日は仲良くしよう」

「綾乃さんがそう言うなら……」

「わかりました……」

「なるほど。これが喧嘩するほど仲が良いという「「違うから!」」


 透の言葉をかげりと彰人は食い気味に否定する。綾乃から見ればまさしく息ぴったりで仲良しなのだが、二人はそれを認めようとはしない。

 せめて今日で少しでも仲良くなってくれればいいのにと綾乃が思っていると、更紗が空気を切り替えるようにパンッと手を叩く。


「さーて! それじゃあ全員揃ったことだし、今日はみんな思いっきり海で遊ぼう!!」


 そんな更紗のかけ声と共に、綾乃達の海での一日が幕を開けた。

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