第97話 いざ机に向かうとやる気がなくなる不思議
〈綾乃視点〉
「へぇ、それじゃあ白峰君は綾乃が『性転換病』だってこと知ってたんだ」
「うん。そもそも零斗とは出会ったきっかけがきっかけだったから」
オレが『性転換病』だってことを暴露したその後のこと。まぁおおかたの予想通りというか二人から質問攻めされていた。
二人にはこれまで黙ってた負い目もあるし、答えれる質問には答えた。
でもやっぱり気になるのは零斗のことみたいだ。そりゃ気になるだろうさ。オレだって立場が逆なら絶対に聞くし。
「そっかぁ。でもそういうことなら綾乃ちゃんと白峰君の態度に納得がいったかも」
「あー、そうだね。あたしも」
「? 私と零斗、なにかおかしかった?」
「あ、最近の話じゃなくてね。付き合いだす前のこと。だって二人とも完全にお互いのこと意識してるのに全然付き合おうとしないから。なんでって思ったんだけど。そういう事情だったんだって今更納得したってわけ」
「えっと……あの時の私達ってそんなにわかりやすかったの?」
「もうめちゃくちゃわかりやすかった。もう相思相愛感半端なかったよね」
「わたしはあの頃の甘酸っぱい雰囲気も嫌いじゃないけど。なんか見てるこっちがドキドキしちゃったもんね」
な、なんか改めて言葉にされるとめちゃくちゃ恥ずかしいぞ。というかそんなにわかりやすかったのかオレ。まぁ昔から感情を隠すのが下手とは言われてたけど。
「それにしても、『性転換病』だってことを知ったらもっと驚かれるかと思ったんだけど」
「いやいや驚いたって! あたしもいずみもね。だけどまぁ、ちょっとだけ予想はしてたというか」
「もしかしたら、程度だけど。でもね、そう知ったら確かに納得できることも多いのは確かかな。綾乃ちゃんってたまに無頓着なところとかあったから」
「そうそう。例えばメイクとかそうだよね。ケアはちゃんとしてるみたいだけど、綾乃って全然メイクしないでしょ? しても最低限というか」
「う……それはその……まだまだニュービーなもので」
メイクはたまに姉さんから教えてもらってるけど、まだどうしても慣れない。自分の部屋に化粧品があることの違和感がすごいというか。まぁ最近は男でもメイクしたりするらしいから、男だ女だって話じゃなくなってるのかもしれないけどさ。
「それじゃあさ、化粧品とかってどうしてるの? さすがに持ってないわけじゃないでしょ」
「それは一応姉さんが買ってくれたものを使ってる。自分だとどういうのがいいとかわからないから」
「ふーん、じゃああれだ。今度一緒に化粧品見に行こっか。あたしが色々と教えてあげる♪」
「いいの?」
「もちろん! それに綾乃にギャルメイクとかしてみたいし。どんな風になるかな」
「えっと、それは……考えとくね」
更紗は普段からバッチリメイクしてる。女は化粧で別人になるとか言ってたけど、更紗なんかはメイクでかなり印象変わるしなぁ。しててもしてなくても美人なんだけど。でもメイクしてないとちょっと幼さが出る感じはする。
更紗にメイクを教えてもらえるなら、オレの拙い技術も成長するかもしれない。
「ありがとう綾乃ちゃん。わたし達にちゃんと教えてくれて」
「ううん、むしろごめんなさい。本当なら二人にはもっと早く伝えなきゃいけなかったのに」
「そのことはもういいってば。言えないってのもわかるしね。どうして綾乃はこっちに越して来たんだろうとか思ってたけど、そういう事情なら仕方無いだろうし。でも、今度からは隠し事無しね」
「何か困ったことがあったらわたし達のことも頼って欲しいな。きっと白峰君だけじゃカバーできないこともあるだろうし」
「わかった。ありがとう二人とも。私、二人に会えてほんとに良かった」
ホントにオレは恵まれてる。家族に、友達にも。この二人に会えなかったらきっとオレの学園生活はまるで違うものになってただろうな。
「なに綾乃。急にそんなこと言われると恥ずかしいじゃん」
「ごめん。でも言いたかったの。私の本心だから」
「それはこっちの台詞だけどね。綾乃がいなかったらテストとかかなり危なかったし」
「そうだ綾乃ちゃん。わたし達、このこと言いふらしたりはしないから安心して」
「二人に限ってそんな心配はしてないけど。いつか、他の人にもちゃんと話さないとね」
「それこそそんなに焦らなくてもいいんじゃない? 無理矢理聞き出したあたしらが言っても説得力無いけど」
「綾乃ちゃんの心の整理がついたらでいいんじゃないかな」
「そう……だね」
でも、今回の一件である意味確信した。たぶんこういうのはいつまでも隠し通せるものじゃないんだ。全員に言う必要は確かに無いかもしれない。だけどせめて生徒会のメンバーくらいには話す必要があると思う。
「さてと! そんじゃこの話はここまでにして、やることやろっか!」
「あ、そうだった。忘れかけてたけど、もともとは宿題やるって話だったもんね。ちなみに二人はどこまで終わってるの?」
「わたしは記録しなきゃいけないやつ以外だと、数学だけかな。ちょっとわからないところがあって」
「数学ならもう終わってるから教えられると思う。更紗は?」
「あたしは……ほとんど全部残ってる」
「えぇ!? 海を全力で楽しむために宿題全部終わらせるって、夏休み前に言ってたでしょ」
「それはそうなんだけど。やっぱりいざ机に向かうと……めんどくさくて」
「更紗……」
「更紗ちゃん……」
いや、気持ちはわかる。宿題でも勉強でもそうだけど、机に行くまではやる気あるし。でもいざ椅子に座って教科書広げたりすると途端に面倒くささが膨れ上がるというか。でもなぁ、だからって全くやってないのはダメだ。
そんなオレ達の呆れた表情に気付いたのか、更紗が慌てて弁明するように言う。
「やる! 今日はちゃんとやるから! 海を楽しむためだし、全力で頑張るよ! 頑張るけど……ちなみに、写させてくれたりは?」
「「ダメ」」
「だよねー」
がっくりと項垂れる更紗。更紗は親友だけど、そこを甘やかすのは違う。宿題はちゃんと自分の力でやらないとね。
「頑張ろう更紗。海のためにもね」
嫌そうな顔をする更紗を励ましながら夏休みの宿題を進める。途中で息抜きにゲームなんかもしたりしたけど。
そんなこんなありつつ、宿題は進み――数日後。
みんなで海に行く日がやって来た。
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