第96話 カミングアウト

〈綾乃視点〉


 結局更紗まで乱入してきたお風呂の後のこと。

 なんかまぁ色々と……うん、羽目を外しすぎた。とりあえずお風呂での出来事は忘れた方が良さそうだ。オレにはちょっと刺激的過ぎた。あれが女同士の普通なのか? いやいやそんなはずない。いずみと更紗が特殊なだけだと思いたい。

 じゃないとなんかこう、オレの中にある女子の幻想が壊れる気がする。

 そんなことを考えながらとりあえず髪を乾かし終えたオレはいずみの部屋で夏休みの課題をしていた。というか本来はこれが目的だったわけだし。更紗から夏休みの宿題を手伝って欲しいって言われてたから。

 まぁ手伝うって言っても丸写しはさせないけどね。そこはさすがに生徒会長としての一線でもある。友達だからって甘やかしたりはしない。

 なんだけど……。


「二人とも遅いな。髪乾かすのにそんなに時間かかってるのかな?」


 オレが夏休みの課題を始めてからけっこう経つけど、二人がなかなか戻ってこない。まさかお風呂に入り直してるなんてことはないだろうし。どうしたんだろ。

 そんなことを考えていたら、二人が一緒に部屋に戻ってきた。でも二人ともどこか表情が硬いというか真剣で。


「二人とも遅かったね。えっと……」


 さすがのオレも何か雰囲気が違うことくらいわかる。これはなんていうか、そう。言いたいことがあるけど言い出しにくい。そんな感じの雰囲気だ。

 まぁ少なくともあんまり良い話では無さそう……かな。でもここはオレから話を聞くべきだろう。


「夏休みの宿題の話……って感じじゃなさそうだね」

「あはは正解。ごめんね、嘘吐いて。まぁ宿題を手伝って欲しいっていうのも嘘じゃないんだけど」

「更紗ちゃん」

「ごめんごめん。わかってるってば。あのね綾乃、今日お泊まり会しようって声かけたのはこの話をするためなんだよね。いずみと相談して決めたの」

「ごめんね。こういうの良くないとは思ったんだけど。でもこうでもしないと話せないって思ったから」


 二人の表情はすごく真剣で。だからってわけじゃないけど、なんとなくわかってしまった。二人が何を聞きたいのか。


「ねぇ綾乃。あたしと初めて会った時のことって覚えてる?」

「もちろん覚えてる。だって急に声をかけられて驚いたもの」


 更紗との出会いは本当に突然で。入学式の時に突然声をかけられたんだ。


『ねぇマジ驚きなんだけど! 君超可愛いね!』


 あんなナンパみたいな声のかけられかたしたら誰だって覚えてるに決まってる。更紗が男だったらすぐに警戒して距離取ってたところだ。でもそんな更紗だったから仲良くなれたのかもしれない。

 あの頃のオレはまだ男女両方に対して距離を取ってた。どう接していいかわからなかったから。そんな最初の壁を壊してくれたのが更紗だった。あの出会いがあったからこそ今オレはここにいる。


「あのさ。あの時からずっと思ってたことがあるんだよね。綾乃ってあたしに、あたし達に何か隠してるでしょ」

「それは……えっと……」


 いつかこんな日が来るんじゃないかって思ってた。だって二人ともちゃんと人のことを見てる人だから。まさかこのタイミングだとは思わなかったけど。

 言うべきなんだと思う。でも……。

 あぁ認める。認めるよ。オレは怖いんだ。オレの事情を二人に話して軽蔑されるのが。だって二人はオレにとって零斗よりも先にできた友達だから。


「……ねぇ綾乃。綾乃にとってあたし達は友達?」

「そんなの当たり前! 二人は大事な……大事な、友達」

「だよね。あたしも一緒」

「もちろんわたしも一緒だよ。綾乃ちゃんも更紗ちゃんもわたしの一番の友達」

「綾乃の知ってるあたし達は、そんなに薄情なの?」


 違う。二人は薄情なんかじゃない。こんなオレと友達になってくれて。ずっと一緒に居てくれて。大好きな二人だから。これからも一緒に居たい。

 オレに必要なのは勇気だ。二人のことを信じる勇気。でもそのために必要な勇気は二人がくれた。いつだってそうだ。零斗の時だって、二人がいたからオレは前に進めた。

 わかってる。わかってるのにオレの脳裏を過るのはハルのあの目だ。オレを突き放すあの目が、オレの心を縛る。


「私……私は……」


 言葉が上手く出てこない。だけど、そんなオレの手を二人が優しく握ってくれた。

 オレから話すのをジッと待ってくれた。

 二人の優しさに導かれて、オレはゆっくりと口を開いた。


「『性転換病』って、知ってる?」

「『性転換病』? そりゃもちろん知ってるけど。性別が変わっちゃう病気のことだよね」

「すごく珍しい病気だってことは知ってるけど。もしかして……」

「うん。私、そうなの。『性転換病』の罹患者。中学三年生の時に……男から女になった……」


 言った。言ってしまった。これまでずっと黙ってたことを。二人の顔が見れない。どんな顔をしてるのかわからないから。

 これまで騙していた怒りや、忌避、もしそんな目で見られたら。色んなもしもが過る。だけど――。


「なぁんだ。そんなことだったんだ」

「良かった」

「……え?」


 二人の反応はオレが予想してたものとはまるで違った。

 それどころか安心したみたいに笑顔を浮かべていて。なんでそんな反応になるのかわからないオレはきっと間抜けな顔をしてただろう。


「二人とも、怒らないの? 私がずっと黙ってた……騙してたこと」

「騙してたって、ねぇいずみ」

「わたし達、そんな風に思ってないよ。ありがとう綾乃ちゃん、教えてくれて。それとごめんね、無理に聞き出すようなことしちゃって」

「ううん、こっちこそごめん。本当ならもっと早く二人には話さなきゃいけなかったのに。ずっと言えなくて」

「気にしないで。そういう事情なら言いにくいよね」

「二人は……気にならないの? 私が『性転換病』だってこと」

「うーん、そう言われても。あたしが会った時にはもう今の綾乃だったわけでしょ。だったらさ、何も変わんなくない?」

「うん。そうだね。『性転換病』だったとしても、綾乃ちゃんは綾乃ちゃんだよ」

「今まで一緒に遊んだ記憶がなくなるわけじゃないしね。ほら、透も言ってたでしょ。積み上げた思い出は無くならないって。あたしにとっては今の綾乃が綾乃だからさ。今までもこれからもなにも変わらないって。親友でしょ?」


 二人の言葉に目頭が熱くなる。心の奥底からあふれ出す感情が抑えきれない。


「ありがとう……ありがとう更紗、いずみ」

「あ、綾乃ちゃん!? ごめん、わたし達泣かせるつもりなんてなくて。えっと、えっと……」

「あはははっ! 綾乃が泣いてるのって初めて見た。とうっ!」

「わぷっ! さ、更紗!?」


 更紗がオレのことを抱きしめる。風呂上がりの良い匂いがしてこんな状況なのに思わずドギマギしてしまう。


「うへへ、良い匂いじゃのう綾乃~。これで元男なんて信じられないけど。ほら、いずみもこっちおいでよ」

「わたしも? わ、わかった。えいっ!」


 更紗に続いていずみにも抱きしめられる。二人の温かさが伝わってきて、恥ずかしいはずなのに不思議と心が落ち着いた。


「私……これからも二人の友達でいいんだよね?」

「なに当たり前のこと言ってんの」

「もちろん。これからもずっと友達だよ」


 オレが二人に『性転換病』のことをカミングアウトしたこの日、オレ達はこれまでよりももっと仲良くなることができた。

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