第95話 いざ裸のお付き合い

〈綾乃視点〉


 夕食後、家に戻っていく久瀬君と雄一君を見送ってからオレ達は夕食の片付けを始めた。


「すごいね。結構な量作ったのに全部食べちゃうなんて」

「まぁ透はいつも通りだけど。雄一はいつも以上に張り切って食べてたんじゃない?」

「どうして?」

「さぁ、どうしてかな。あ、そだ。皿洗いはあたしがやっとくから二人はお風呂入ってきていいよ。もう用意はしてあるから。シャンプーとかはあたしの奴使ってくれて大丈夫だけど。大丈夫?」

「あ、えっと……わたしは一応自分の持ってきた。自分に合うのじゃないダメだから」

「綾乃は?」

「えっと、私も持ってきてるから大丈夫」


 オレも一応自前のシャンプーを持ってきてたりする。今使ってるシャンプーがオレに合ってるからってのもあるけど、女子のシャンプーってバカ高いしな。姉さんに自分に合うの探しなさいって言われたから探して見つけた結果今のシャンプーにたどり着いた。

 たぶん更紗が使ってるのでも大丈夫なんだろうけど。更紗も良いシャンプー使ってそうだし、そんなの使わせてもらうのはさすがに気が引けるし。

 男だった頃はシャンプーとか全然気にしてなかったけど。シャンプーでけっこう髪質変わるしな。


「でもいいの? さすがに更紗に皿洗いさせてお風呂に入るのは気が引けるっていうか」

「いいっていいって。二人はお客さんだしさ。先に入っちゃってよ。あ、なんなら二人一緒に入ったら? うちのお風呂かなり広いし」

「二人一緒!? そ、それはさすがに……」

「え? わたしは綾乃ちゃんと一緒でもいいよ」

「えぇ!?」


 いずみはもっと常識的な子だと思ってたのに! まさかここでいずみに裏切られるとは!


「だってほら、二人で一緒にお風呂に入った方が節約になるし」

「それは……い、いずみは嫌じゃないの?」

「わたしは大丈夫だけど。全然嫌じゃないよ」


 うっ、いずみの笑顔が眩しい……。なにこの流れ。もしかして一緒に入らなきゃいけない感じか? でもここまで言われて頑なに断るのも変な感じだし。

 というかこういうのって女子同士なら普通なのか? 恐ろしいぞ女子!

 まだ女子歴が一年ちょっとしかないオレには荷が重いぞ!

 どうする。どうするべきだオレ!

 悩みに悩んだ末にオレが出した答えは――。


「わかった。それじゃあ一緒に入ろっか」

「ヒュー♪ いいなぁ。あたしも一緒に入りたい。綾乃の裸見てみたいし」

「更紗、目がやらしいんだけど」

「あははっ、冗談だって。お風呂の場所はわかるよね」

「大丈夫。それじゃあ先にお風呂入らせてもらうね」


 若干の気負いを感じながらオレは着替えを持っていずみと一緒に脱衣所へと向かった。




「ふんふんふ~ん♪」

「…………」


 服を脱ぐ手が重い……こんなに気が重いお風呂は初めてかもしれない。

 見ないようにしてるけど、衣擦れの音はどうしても意識してしまう。いや、わかってるんだよ。女同士だってことは。

 今はオレも立派に女ですよ。生物学的にはって話だけどね!

 精神的には……どうなんだろ。好きなのは零斗。それは間違いない。でもじゃあ恋愛対象が男になったのかって言われたらそういうわけでもない。男だった時と同じで女の子が好きなのかって問われるとそういうわけでもない。なんていうかまだ宙ぶらりんなんだ、その変の感覚は。

 男にも女にも寄れないこの感じをなんて言えばいいんだろう。

 

「うん、まぁ色々ごちゃごちゃ考えたところで今の私がドキドキしてる事実は変わらないんですけどねー」

「どうしたの綾乃ちゃん」

「っ! な、なに?」

「……やっぱり嫌だった? 一緒にお風呂。だったら無理にとは言わないけど」


 嫌……嫌なんじゃない。ただドキドキしてるだけで。まだ女体は見慣れてないもんで。へへっ。

 なんて言えるわけないし。えぇいままよ!

 オレは意を決して振り返る。


「だ、大丈夫――ってうぉうっ!?」

「うぉうっ!? なに今の声!」


 振り返った瞬間に目に入ったのはとんでもない爆弾だった。いや、まぁ爆弾というか胸なんだけど。いや知ってた。知ってたよ。いずみの胸の大きさがとんでもないってことはさ。でも生で見ると迫力が違う。これはもう兵器だ。

 着替えの時とか極力見ないようにしてるんだけど、お風呂じゃそうもいかない。

 でもなんだろうなこの感覚。ドキドキするのと同じくらいショックを受けてるというか。いや別にオレは貧乳じゃない。というかどっちかと言えば大きい方だ。ただただいずみが規格外なだけ。

 そのせいで思わず素が出かけた。オレもまだまだだな。


「ごめんなさい。ちょっと驚いただけだから。今のは恥ずかしいから忘れてくれると嬉しいな」

「う、うん。それはいいけど。いつまでも裸でここにいると風邪引いちゃいそうだし中入ろっか」

「えぇ、そうね」


 平常心。平常心。大丈夫。今のオレは女の子。いずみの裸を見たくらいで動揺したりしないんだ。

 そんな風に自分に言い聞かせながら浴室に入る。脱衣所に居た時からわかってたし、更紗も言ってたけどホントに大きいなこのお風呂。二人どころか三人で入っても大丈夫なんじゃないかってくらいの大きさだ。


「すごいね、このお風呂」

「更紗もお風呂好きだって話だし。ご家族もそうなのかも。でもちょっと羨ましいな。私の家はマンションだからどうしてもここまでの広さはなくて」

「普通はないよ。わたしの家もそんなに広くはないし。あ、そうだ。綾乃ちゃんにシャワー浴びてもいいよ」

「そう? じゃあ遠慮なく」


 いずみの言葉に甘えてシャワーを浴びる。シャワーヘッドも良いやつを使ってるのかシャワーを浴びてるだけでもすごく気持ちいい。気持ちいいんだけど……。


「えっと、いずみ? どうかした? ずっと私のこと見てるけど」


 いくら広いとはいえ、さすがにシャワーは一つしかない。だからこうしてオレが浴びてる間いずみが手持ち無沙汰になるのはわかるんだけど。なんかジッと視線を感じるというか。


「あ、ごめんね。ただすごく綺麗だなぁって」

「え?」

「こうして綾乃ちゃんの体を見てると肌も真っ白でシミ一つなくて。陶磁器みたいな肌っていうのかな。あはは、なんだかわたし変態みたいだね」

「別に見られても減るものじゃないからいいんだけど。でも綺麗っていうならいずみだってそうでしょ」


 褒められて悪い気はしない。まぁオレだってこの体になってから肌とか髪のケアには気を使ってるからな。まぁやり方なんて知らなかったから全部姉さんに教えてもらったんだけど。


「……えいっ!」

「きゃっ!? い、いずみ? 何してるの!」

「綾乃ちゃんは背中が弱いと。ふふん、いいこと知っちゃったなー」


 いずみがニヤニヤといたずらっぽい笑みを浮かべてる。

 こいつ、裸になっていつもよりも気が大きくなってやがる!

 普段のいずみなら絶対にこんなことしないし!


「い~ず~み~……」


 だけどオレだってやられっぱなしじゃない。

 やられたらやり返す。倍返しだ!

 今にして思えば、この時のオレはいずみと一緒でちょっと気が大きくなってたのかもしれない。いつもと違う環境。しかもお互い裸であるというこの状況がオレを狂わせた。


「あ、綾乃ちゃん? 目が怖いよ?」

「知ってるいずみ。やっていいのは、やられる覚悟があるやつだけなんだよ。えいっ!」

「ひゃんっ、ぁぅっ、んぅ……っ! ダ、ダメ綾乃ちゃん! わたしそこ弱いの」

「ふーん。そう。じゃあここはどう?」

「あんぅっ!」


 ビクンッといずみの体が跳ねる。なんだろうこのすごくいけないことをしてる感。

 やめなきゃいけない。頭ではわかってる。でも手が止まらない!


「ゆ、許して綾乃ちゃん。謝るからぁっ、んっ! これ以上はダメ~~~~っっ!!」


 それからしばらくの間、この若干危険な遊びは続いた。

 冷静さと取り戻したオレといずみが気まずくなったのは言うまでもなく……。

 しかもこの後、夕食の片付けを終えた更紗まで乱入してきてさらに大変なことになったのだが、それはまた別のお話である。

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