第94話 成長期の食欲は恐ろしい

〈綾乃視点〉


 更紗が呼びに言ってから少しして、オレといずみが皿を並べてる間に久瀬君と雄一君と一緒に更紗が戻って来た。

 その時にふと目があった雄一君に目を逸らされた気がしたんだけど……オレ何かしたか? 会うのは今日が初めてだし、嫌われるようなことはしてないと思うんだけど。

 いや、でもあれか。夏休みとはいえ休日にやってきて家を追い出されたらさすがに嫌か。これ以上悪い印象を持たれても嫌だし、ここは年上のおに、じゃなかったお姉さんらしい所を見せるとしよう。


「悪いな桜小路、秋本。俺達の分まで用意させて」

「ううん、気にしないで。雄一君には気を遣わせちゃったし、久瀬君にも迷惑かけちゃったしね。二人の口に合うといいんだけど」


 平静を装うものの、実は内心ドキドキだ。

 だって姉さんや修治さん、零斗には振る舞ったけどそれ以外の人に食べてもらうのは初めてだから。料理の基礎はちゃんと身につけてるし、今日だって失敗はしてないはずだ。


「綾乃が作ったチキン南蛮ね。あたしもちょっと味見させてもらったけどめちゃくちゃ美味しかったよ。タルタルソースも手作りだよね」

「そんなに大層なものじゃないけどね。たくさんあるから遠慮せずにいっぱい食べてね」


 ご飯をよそって料理と一緒に机の上に並べる。久瀬君と雄一君は山盛りだ。オレの三杯分くらいはあるんじゃないかってくらい。更紗曰くこれくらいは平気で食べるらしい。恐ろしき成長期。でも確かに零斗もこんなに多くはないけど、オレよりは食べてたしなぁ。

 いやでも待てよ。オレが中学生頃ってこんなに食べてたか? 食べてる量って今とそんなに変わらなかった気がする。


「「「「「いただきます」」」」」


 全員で挨拶してから食べ始める。オレといずみが隣同時で、その向かいに更紗と久瀬君と雄一君の三人だ。


「美味い! これマジで美味いッス! 姉ちゃんの料理なんか目じゃないッスよ!」

「ふふっ、ありがとう」

「ちょっと雄一それどういうこと? お姉ちゃんの料理だって美味しいでしょうが」


 オレの作ったチキン南蛮を食べ雄一君は目の色を変えてご飯をかきこむ。あの量のご飯がすごい勢いで減っていくのを見るのはある意味気持ちが良いな。ま、とりあえず口に合ったみたいで何よりだ。


「更紗の料理もすごく美味しいよ。やっぱり作り慣れてるね」

「このハンバーグは更紗が作ったのか。道理で食べ慣れた味なわけだ」

「なにそれ飽きたってこと?」

「そんなことは言ってない。お前の料理はいつだって美味いしな。少なくともオレはお前の料理が一番好きだよ」

「~~~~~っ、バッカじゃないの」


 うわ、すごいな久瀬君。この状況でそんなクソ恥ずかしいことをサラッと言えるなんて。聞いてるこっちが恥ずかしくなってきた。

 でも更紗も満更では無さそう。ま、ストレートに言われて嫌なことは無いか。恥ずかしいけどね。

 隣に座るいずみはそんな甘ったるい状況にキラキラと目を輝かせてるし。雄一君が気にしてないってことはこんなのはいつものことなのかもしれない。

 

「バカって言われてもな。オレはただ本当のことを言ってるだけだ」

「嬉しいけど。ホントあんたって昔から変わらないよね。こっちが恥ずかしいんだから」


 うーん、なんかもう完全に二人の世界だ。この割って入るのが無粋な感じは姉さんと修治さんが一緒にいる時のそれに似てるな。


「ねぇ雄一君」

「んぐっ! な、なんすか?」

「あ、ごめんね食べてる時に。ちょっと気になっただけなんだけど。この二人っていつもこうなの?」

「姉ちゃん達っすか? そうッスね。こんな感じッスよ。だからもう慣れたッスけど」


 若干呆れてるように聞こえたのはたぶん気のせいじゃないと思う。まぁオレも中学生の時は似たような感じだからわからなくもないけど。


「雄一君も大変だね。まぁ、幼なじみ同士が仲が悪いよりはずっと良いと思うけど」

「?」

「綾乃ちゃん、どうかしたの?」

「ううん。なんでもない。ただちょっといいなって思っただけ」

「……そう言えば今まで聞いたこと無かったけど、綾乃ちゃんはお姉さんみたいに幼なじみの人っていなかったの?」

「え?」

「ほら、今日話してたでしょ。お姉さんと恋人さんは幼なじみ同士だったから綾乃ちゃんも昔から知ってたって。だから綾乃ちゃんにはそういう幼なじみの人っていなかったのかなって思って」

「それは……」


 今までは昔のことを話したことはなかった。たぶんオレがあんまり話さなかったから聞いちゃいけないと思わせた部分もあったのかもしれない。それでもいずみがオレに聞いてきたのは、それだけ距離が縮まったってことなのかもしれない。だけど、どう答えるべきなんだろう。

 いないって言ってしまえばそれで話は終わりだ。でもなんでかわからないけどいないって言うのは嫌だった。たとえ嘘だとしてもハルのことを無かったことにするのは違う気がした。


「いるよ」

「え、そうだったの!?」

「なになに、綾乃って幼馴染みいたの? 」


 二人の世界に入ってた更紗まで話に入ってきた。しかも興味津々って感じだ。というかこの場にいる全員の目がオレに向いてる。どう言うべきだ? 変なこと言ったら大変なことになりそうだし。


「私にもいるよ。幼なじみはね。それこそたぶん二人と同じで幼稚園の頃から一緒だった幼馴染みが」

「へー、そうなんだ。じゃあその子は寂しがってるかもね」

「え?」

「いやだってそうでしょ。中学まで一緒だったのに急に綾乃だけ引っ越してこっちに来たんでしょ。そりゃ幼馴染みとしては寂しくない?」

「それは……どうかな」

「? どういうこと」

「こっちに引っ越して来る前に、その……喧嘩しちゃって。喧嘩別れみたいになって。そのままだから」


 前後関係はちょっと違うけど、喧嘩別れっていうのはあながち嘘じゃない。

 あの日、オレとハルは決定的に掛け違えてしまった。それはそう簡単に直るものじゃない。

 ってまずい! 何やってんだオレは!

 ハルのことを考えて思わず鬱々としちゃったけど、今は食事の時間! しかもこの場にいるのは家族じゃなくて友達だ。オレの個人的な話で場の空気を重くするわけにはいかない!

 

「えっと、ごめんね。大丈夫、今はもう気にしてないから」

「うーん、ダウト!」

「え?」

「だって気にしてないならそんな顔しないでしょ。何があったかなんてことは聞かないけどさ。でみお、もうちょっと自分に素直になっていいんじゃない?」

「俺は二人と違って桜小路のことをあまり知ってるわけじゃない。知ってるのはせいぜい生徒会長としての姿くらいだ。だから的外れなアドバイスかもしれないが……一度結ばれた縁というのはそう簡単に切れるものじゃないと思う。幼馴染みともなれば尚更な。もし今は仲を違えているのだとしても培った思い出が無くなるわけじゃないからな」

「あたしと透だってめちゃくちゃ喧嘩するしね。それこそ一ヶ月くらい口きかなかったこともあったし。でもやっぱり喧嘩したままって嫌だしさ」


 更紗と久瀬君の言葉は思った以上にオレの心にスッと入ってきた。

 そっか。思い出は無くならない。どうしてそんな当たり前のことをオレは忘れてたんだろう。


「綾乃ちゃんなら大丈夫だよ。だって、わたしの知ってる綾乃ちゃんはすっごく強い人だもん」

「……ありがとう。うん、私、頑張ってみるね」


 今のこの気持ちをどう表現したらいいんだろう。でも、更紗達の言葉に勇気をもらえたのは確かだ。今のこの気持ち、忘れないようにしよう。


「あー……えっと、みんな食わねぇの? 早く食べないと冷める。冷めるっスよ」

「ごめんね雄一君。そうだね早く食べちゃおっか。でもいずみの作ってくれたデザートもあるからお腹いっぱいにはしちゃダメだよ」

「マジっスか! 超楽しみッス!」

「あ、こら雄一! あんたチキン南蛮全部食べちゃダメだからね! あたしだってまだ食べるんだから!」

「姉ちゃんはもういいだろ。また太った~って泣くことになるぞ!」

「この、生意気言うなこのバカ!」

「ふふっ」


 仲の良い姉弟のやりとりに思わず笑みが零れる。二人のおかげで場の空気は完全に元に戻った。

 その後、大量に作ってあったご飯はほとんど久瀬君と雄一君の胃の中へと吸い込まれ、それからいずみの作ったデザートに舌鼓を打ったのだった。

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