第93話 思春期男子の難しさ

〈綾乃視点〉


 更紗の家のキッチンはすごく大きかった。いやまぁ、マンションに住んでるオレと比べるのも変なんだけど。でも実家と比べても大きい気がする。冷蔵庫も大きいし。


「それじゃあ作ろっか。って、あたしは何作るかも決めてないんだけどさ。二人は決めてるの? とりあえず必要そうな食材は買い込んであるから、よっぽどマニアックな料理じゃない限りは作れると思うけど」


 それぞれの得意料理を作る。そう決めたのはいいけど正直得意料理って言われてもなぁ。

 オレが作れるもの……唐揚げ、ハンバーグ、肉じゃが、カレーとかとか。基本的に零斗の好きなものばっかりだし。まぁその過程で普通に料理の仕方は学んだからレシピさえあればなんでも作れるんだけど。


「あ、そうだ。言い忘れてた。冷蔵庫の中にあるのなんでも作ってくれていいんだけどさ。透と雄一の分も作ってくれない?」


 久瀬君と雄一って……更紗の弟だったか。別に二人分増えるくらい大したことないから別にいいんだけど。


「でも、久瀬君は久瀬君の家で用意されるんじゃ」

「ううん。透の家のおばさん達も今日は仕事でいないらしんだよね。だからたぶんあの二人、適当に出前でも頼むと思うんだけど。まぁ雄一はともかく透には雄一の面倒見てもらってるお礼もあるし」

「あ、そっか。私達のせいで向こうに行ってるんだもんね。うん、大丈夫だよ。でもそうなると二人の好きな物作った方がいいかな。久瀬君と雄一君は何が好きなの?」

「別に気にしなくていいのに」

「実のところ私は何を作るかは決まって無かったし、参考までにって感じかな」

「それなら……あー、雄一はやっぱり肉かな。口を開けば肉肉言ってるし」

「あはは、中学生だもんね。その気持ちはわかるかも」

「「え?」」

「ん? あ……あぁ! ち、違うよ。違う。私にも中学生の弟がいるから同じようなことを言ってたなって」

「あー、そういうこと。そういえば綾乃にも弟いるんだっけ」


 あぶなー。ついオレが中学生の頃のこと思い出して。あの頃はオレも肉肉言ってた気がする。いくら筋トレしても全然筋肉つかなくて、お母さんに肉料理―ってねだってた記憶がある。まぁ結局無駄だったんだけど。

 雄一君もそういう年頃なんだろう。うん、気持ちはわかるぞ。それならお姉さんが食べ応えのあるものを作ってやろう。

 冷蔵庫の中を覗いたオレは一通りの材料があることを確認してから作る料理を決めた。


「私はチキン南蛮を作ろうかな。更紗といずみは?」

「わ、わたしは……食後のデザートにしようかな。あんまりメインばっかりでも食べきれないだろうし。ガトーショコラ、作ろうかな。一時間半もあればできるだろうから」

「あたしは……ハンバーグにしようかな」


 ハンバーグ。まぁ王道だけど更紗がそのチョイスをするのはちょっと意外というか。更紗って体に気を遣ってるイメージがあったから、オレがチキン南蛮を作るから肉料理で被せてくることはないと思ってたのに。ん? いやでも待てよ。ハンバーグ、ハンバーグってそう言えば……。

思い出した! 前に更紗が言ってた久瀬君の好物だ! あー、なるほど。彼氏の好物は自分が作るってことか。

更紗ってやっぱり独占欲強いよなぁ。


「何綾乃、なんか微笑ましい目をしてるけど」

「なんでもないよ。それじゃあ作り始めよっか」


 キッチンの広さから考えて、まぁ多少狭いかもしれないけど三人同時でも問題なく料理はできそうだし。

 さ、それじゃあ気合い入れて作りますか!





■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



 同じ頃、雄一は透の家で一緒にゲームをしていた。

 透は普段ゲームをしない。どちらかと言えば外で運動をする方が身に合っているからだ。しかしたまにこうして雄一と一緒にゲームをすることがある。

 雄一は年頃の中学生らしく、ゲームをするのが好きだった。何か新しいゲームを買っては透のことを誘うのだ。


「雄一、このゲーム上手くなったな」

「へへっ、そりゃ毎日練習してるからな! くらえ!」

「ん」


 今二人がしているのは格闘ゲーム。雄一はその言葉通り毎日練習しているのか、以前に透が戦った時よりも別人かと思うほどに強くなっていた。

 しかし透にも意地がある。持ち前の吸収の早さと鍛えた動体視力で的確に対処していく。

 二人の白熱した戦いはしばらくの間続いた。


「ふぅ、満足したー。やっぱ透兄ちゃんゲーム強いよな。ホントは隠れて練習してるのか?」

「してない。それよりも腹減ってないか?」


 透がそう言うと、雄一は返事をする代わりにぐーとお腹を鳴らした。

 この数時間、二人はずっとゲームをし続けていたせいでほとんど何も食べていない。

 雄一同様、透もかなりお腹を空かせていた。


「腹減ったかも」

「だと思った。もう晩飯の時間だからな。とはいえ俺は料理がそこまで得意じゃないし。二人だけだからな。何か出前でも頼むか」


 そう言って透がスマホを取り出すと同時に更紗からの着信。まるで狙ったかのようなタイミングに驚きながらも透は電話に出た。


「更紗か? どうしたんだ」

『あ、ちょっと聞きたいんだけど。透も雄一もまだ夜ご飯食べてないよね? 何か頼んだりした?』

「いや、まだ何も食べてない。今まさに何か頼もうとしようとしてたところだ」

『マジ? ならちょうど良かった。今さ、あたしら夜ご飯作ってたんだけど。二人の分も作ったんだよね。食べに来てよ』

「そうか。ありがとう。すぐ行く」

「姉ちゃんから? 何の電話だったの」

「更紗達が俺達の分夜ご飯も用意してくれたらしい。せっかくだから一緒に食べさせてもらおう」

「えぇっ!?」

「どうしたんだ?」

「どうしたって言うか、えっと、その……」


 雄一が躊躇うのは綾乃といずみが原因だ。思春期真っ盛りである雄一に二人はあまりに刺激が強かったのだ。同級生の女子には無い年上の余裕に加えて頭に超がつくほどの美少女。意識するなという方が無理だった。

 しかしその辺りに機微に鈍い透は雄一が躊躇う理由に気付かなかった。


「お腹空いてるんだろう。いくぞ」

「あーもうわかった! 行く! 行くよ!」


 結局雄一も空腹には勝てず、透と夜ご飯を食べに行くのだった。


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