第92話 恋愛話は盛り上がるよね

〈綾乃視点〉


 更紗の家でのお泊まり会は順調に、まぁ順調って言い方も変かもしれないけど。とにかく目立った問題もなく楽しく進んでいた。

 友達の家に泊まりに来るのなんてほんとに久しぶり過ぎて最初は緊張したけど、よくよく考えたら夜になったらともかく今の段階だとただ友達の家に遊びに来ただけだし。変に緊張する方がおかしいって話だ。


「あはははっ、そうなんだ。まぁでも綾乃ってモテるもんね。夏ってなったらみんな彼女欲しいだろうし余計かな」

「もう。笑い事じゃないよ。すごく大変だったんだから」

「でも白峰君のおかげで助かったんでしょ?」

「うん、それはそうなんだけどね」


 三人集まれば、というわけじゃないけど。最初は夏休みに入ってからどうしてたかって話をしてたのが気付けば恋愛の話へと移行していた。

 まぁ別にいいんだけど。こうして零斗とのことを話すのは嫌いじゃないし。オレもそのあたり女の子に染まってきてるってことなんだろうか。

 今話してるのは、この間零斗と一緒にデートに行った時のことだ。零斗と離れた一瞬の隙にオレがナンパ男に絡まれてしまった。

 最初は適当にあしらってたけど、今回のナンパ男はかなりしつこくて。半ば無理矢理連れて行かれそうになったところを零斗が助けてくれた。

 あの時の零斗、いつもとは違って……じゃないか。いつも以上に男らしくてカッコよかったなぁ。思い出しても顔が熱くなる。


「綾乃ちゃん顔が赤くなってる」

「そりゃ無理もないよね。自慢の彼氏にカッコよく助けられちゃったわけだし? 透はそういうとこ鈍いっていうか。助けてはくれるんだけどね」


 久瀬君かぁ。でも久瀬君なら隣に立たれるだけでもめちゃくちゃ威圧感ありそう。並大抵のナンパ男なら久瀬君が来ただけで逃げ出すかも。

 でもナンパなぁ。零斗と一緒に時ならいいんだけど一人の時にされると面倒で仕方無いというか。

 彼女が欲しいって気持ちはわからなくない。でもだからって強引なナンパは好き嫌い以前の問題だ。論外でしかない。


「そういえばいずみはナンパとか大丈夫なの?」

「わたし? わたしはそもそもナンパなんてされたことないから考えたこともない」

「「え?」」


 オレと更紗の声が重なる。だってあまりにも予想外だったから。

 更紗はまぁ当然のこととして。オレでも経験があるくらいだからいずみも絶対にナンパの経験あると思ってたのに。


「それマジで言ってる?」

「うん。わたし、二人みたいに綺麗なわけじゃないから」


 そう言って遠慮がちに笑ういずみだけど、オレとしてはあり得ないって感じだ。確かに更紗みたいな綺麗系ではないけど。アイドルにだって負けないくらいの可愛らしさはある。しかも誰よりも巨乳だし。ナンパされないわけがない。

 もしマジだったとしたら男共の目は節穴過ぎる。いや、でもナンパにされるなんて嫌な経験でしかないし、それでいいのか?


「まぁ実際はナンパされそうになったら一目散に逃げてるだけなんだけど……」

「え?」

「な、なんでもないよ。それよりさ! 綾乃ちゃんって白峰君が初恋なんだよね」

「え、それは……」


 オレが男だった頃、好きだった奴がいたかと問われれば答えはノーだ。でも可愛いな、とか気になる、とか思うのは女の子だけだったし。男に惹かれるようなことは一度も無かった。だから間違い無く初恋は零斗だ。


「あー、そういえばさ。綾乃って白峰君に会うまでちょっとだけ男嫌いなふしあったよね」

「え、そうだったかな?」

「そう言われたら確かに。なんていうか、男子生徒を避けてる、みたいなところはあったかも」

「だよね! 今だとそんな風に感じないけど。あの頃はなんていうか……ちょっと男子達とは壁みたいなのがあったかも」

「そんなことは……」


 無い、とは言い切れない。一年前のオレはまだ中学の時のトラウマを引きずってた状態だったから。どうしても男への苦手意識が拭えなくて。『桜小路綾乃』としての自分を意識してたから頑張って隠してたつもりだったけど、やっぱり最初の方はボロが出てたのかもしれない。


「変わったのはやっぱり白峰君と出会ってから?」

「……そう、なのかも」


 懐かしいな。零斗と初めて会ったのも去年の夏休みだった。最初の頃はかなり喧嘩したりもしたけど。あの頃の自分に今のオレは零斗と付き合ってるんだよ、なんて言ったら信じるだろうか。いや、絶対に信じないと思う。


「いいなぁ。綾乃ちゃんも更紗ちゃんも素敵な彼氏がいて」

「いずみだって作ろうと思えばすぐ作れるでしょ。そんなおっきな武器もあるんだし」

「ど、どこ見てるの!」


 ニヤニヤとした更紗が視線を向けるのはいずみの大きな胸。

 うん、確かに武器だ。しかもかなり危険な部類の。こんな武器を使用されたら世の大半の男は悩殺されるに違いない。オレだってたまにドキドキするくらいなんだから。

 

「でも実際のところ、彼氏は作らないの?」

「わたしはいいかな。なんていうか、好きになるっていうのがよくわからなくて。だからその感覚を擬似的にでも味わいたくて本をいっぱい読んでるのかも」

「そうなんだ。でも、私もちょっとだけわかるかな」


 なるほど。確かにその気持ちはわからなくもない。オレも漫画とかアニメは好きだから。ああいうのが好きなのは主人公とかも感情移入して楽しめるからだし。疑似恋愛とまでは言わないけど、そういう感覚は味わえる。


「ま、別に焦って作るものでもないしね。絶対に居なきゃいけないってわけでもないし。いずみはいずみのペースで頑張ればいいよ。きっとそのうち良い人が見つかるから。あ、でもだからって透とか白峰君は無しだからね。いずみと喧嘩したくないし」

「もちろんだよ。わたしだってそんなおバカじゃないし」

「…………」


 そう言うわりには最近零斗と仲が良いなんて話をさっきチラッと小耳に挟んだばっかりなんですけど。オレとしてはその話もっと詳しく聞きたいんですけど!


「なんて、言えないよね……」

「どうしたの綾乃ちゃん」

「な、なんでもないよ」


 オレの意気地無しー。

 はぁ、まぁでもいずみのことだからそんなに心配はしてないんだけど。この一年でいずみの性格はよくわかってるし。友達の彼氏を好きになるような子じゃない。

 というか、話ではよく聞くけどそんな奴ほんとにいるのかな。友達の彼氏を好きになるって。どう考えても不幸にしかならない気がするんだけど。

 いや、違うか。好きって気持ちはきっと理屈じゃないんだろう。頭ではわかってても、心では受け入れられない。そういうものだ。

 だからもし、もし万が一オレの知ってる誰かが零斗のことを好きになったりしたらその時は……。


「――ちゃん、綾乃ちゃんってば!」

「っ! ごめんなさい」

「どうしたの綾乃。さっきからよくボーッとしてるけど。あ、もしかしてお腹空いたとか?」

「そういえばもう良い時間だね」


 パッと時計を見れば時刻はすでに六時過ぎ。

 まさか話してるだけでそんなに時間が経ってたなんてびっくりだ。


「それじゃあそろそろ夜ご飯にしよっか。みんなで作ろ」

「うん、そうだね」


 今日の夜ご飯はみんなで手作りすることになってた。それぞれの得意料理を作ろうって。

 そしてオレ達は、夜ご飯を作るためにキッチンへと向かった。

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