第91話 更紗の家でお泊まり会をしよう

 八月の頭、綾乃はいずみと一緒に更紗の家へと向かっていた。


「えっと、更紗の家ってこっちで良かったんだよね」

「うん。そのはずだけど……そういえば更紗ちゃんの家に行くのって初めてだね」

「そうだね。いつもは学校に近い私の家に来ることが多かったから。ふふ、友達の家に行くのなんて久しぶりだから楽しみだな」

「しかも今日はお泊まりだもんね!」

「更紗から誘われた時はびっくりしたけど」


 お泊まり会。それが更紗からの提案だった。最初は行くか綾乃だったが、朱音に背を押されて行くことにしたのだ。


(なんていうか、女の子として生活には慣れたけど。だからと行って女の子の家に行くのはまた話が別というか。ただ遊びに行くだけならまだしもお泊まりってなるとまたハードルが高いんだよなー。どうしよ、なんとか平静を装ってるけど滅茶苦茶緊張してる。更紗の家に行くのって初めてだし)


 そもそも誰かの家に泊まりに行くという経験も幼馴染みであった春輝の家くらいなものだった。女子に家に泊まりに行くことになるなんて考えもしていなかった。


(でも考えたら今はオレも女なんだし、そういう機会があってもおかしくないんだよな。というか修学旅行なんかは女子部屋なわけだし。今のうちに慣れとくのは大事なことだよな。よし、理論武装完了!)


 自分の中で更紗の家に泊まりに行く理由付けをする綾乃。

 

(でも、いつまでも黙ってるわけにはいかないし。いつかは二人にも話さないと。オレが『性転換病』なんだってこと)


 綾乃にとって更紗といずみは女子になってから初めてできた友達だ。その付き合いは零斗よりもよりも長い。

 そんな二人にいつまでも黙っているのは綾乃の良心が痛んだ。だがしかし、時間が経てば経つほど。更紗やいずみと仲良くなればなるほど告白しづらくなってしまった。

 

(怖い。もしオレが『性転換病』だってことを伝えて二人に軽蔑されたら。今まで通りに接することができなくなったら。はぁ……元男のくせに度胸がないというか、自分が情けなくなる)


 何度か話そうとしたことはあった。しかしその度に春輝の顔が脳裏を過って何も言えなくなってしまった。


「綾乃ちゃん? どうしたの?」

「ごめんなさい。なんでもないよ」

「ならいいんだけど。ボーッとしてたみたいだから」

「ちょっと考え事をしてたからかな。そういえばいずみは夏休みに入ってからどうしてたの? って、まだ一週間くらいしか経ってないけど」

「わたしは本を読んでばっかりだよ。せっかく夏休みだからいっぱい本を読みたいなって。そうそう、この間本屋で白峰君と会った時にオススメの本とか教えてもらって。その本もすごく面白くて」

「え? その話もうちょっと詳しく――」

「あ、そこが更紗ちゃんの家みたいだよ」


 綾乃がいずみと零斗のことを聞く前に更紗の家に着いてしまう。

 本当は気になっていた綾乃だが、話の続きを聞ける雰囲気では無くなってしまったため諦めるしか無かった。

 

「って、すごく大きい家。ここが更紗の家なの?」

「うん、聞いてた住所はここなんだけど。表札も……うん、間違いないかな」


 綾乃が恐る恐るインターホンを押すとものの数秒で中から更紗が飛び出してきた。


「あー、来た来た! おはよ二人とも!」


 更紗の格好はホットパンツにオフショルダーのトップスといういかにも夏らしい格好をしていた。

 まだ肌出しに抵抗がある綾乃にはとても真似ができない格好だった。


「ごめんねー。この辺住宅街だから迷わなかった? 似たような家多かったでしょ」

「ううん。いずみがちゃんと案内してくれたから迷うことなく来れたし」

「すごくおっきな家だね。わたしびっくりしちゃった」

「そう? 普通だと思うけど。まぁいいや中入って。いつまでも外に居ちゃ暑いでしょ」

「「お邪魔しまーす」」


 更紗の家の中に入った綾乃はすぐに紙袋に入っていた手土産を取り出して渡す。


「これ、つまらないものだけどご家族と食べて。私といずみから」

「そんな気使わなくていいのに。でもありがと。雄一! ちょっと来て!」

「雄一?」


 聞き慣れない名前に綾乃が首を傾げているとリビングの方からひょっこり顔を出したのはどこか更紗に似た顔立ちの男の子だった。


「なんだよ姉ちゃ――っ!? と、友達呼んでんなら先言えよ姉ちゃん!」

「一昨日くらい言わなかった? 今日友達泊まりに来るからーって」

「はぁっ?! そんなん聞いてねぇよ!」

「言ったって。あんたが覚えてなかっただけでしょ。あ、ごめんね二人とも。こいつ雄一。あたしの弟なの。ほら、あんたも挨拶」

「……ども」

「ちゃんと挨拶しなさいっての。ごめんね二人とも。こいつ普段はくそ生意気なんだけど」

「ううん。気にしないで。初めまして雄一君。私は更紗の友達の桜小路綾乃。よろしくね」

「わたしは秋本いずみ。よろしくね」

「~~~~~っ!」

「あ、雄一君!?」


 綾乃といずみに微笑みを向けられた雄一は顔を真っ赤にしてリビングへと戻ってしまう。


「あははははっ、雄一ってば照れてるし。まぁ無理もないよね。綾乃もいずみも超がつくほどの美少女だし。思春期男子には刺激が強かったかー」

「更紗。あんまりからかうと可哀想でしょ」

「弟君、可愛い子だね。あの感じなら学校でもモテてるんじゃないかな?」

「えー、雄一はモテないって。っていうかこれ渡そうと思ってたのに。まぁいいやちょっと待ってて」


 更紗は走ってリビングへと向かうと綾乃達が渡した手土産を置いて戻ってくる。


「お待たせ。ついでに雄一に透の家に泊まりに行くように言っといた。その方が二人も気兼ねなく過ごせるでしょ」

「え、良かったの?」

「そうだよ。いくらなんでも弟君に悪いんじゃ。それに久瀬君にも」

「いーからいーから。あの二人しょっちゅう遊んでるし、泊まりに行くのだって珍しいことじゃないしね。というか透の家すぐそこだし。お父さんとお母さんも帰ってこないから心配しなくていーよ」

「雄一君はなんて?」

「ん? まぁちょっと文句言ってきたけど。あたしに逆らえるわけないしね」

「更紗の顔が怖い……」

「これがお姉ちゃん……弟が姉に逆らえないっていうのはフィクションの世界だけじゃ無かったんだね」


 姉のとしての強権を発動させた更紗に、綾乃といずみは恐怖を覚えたのだった。



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