第4章 生徒会長は向き合いたい

第90話 とある少年の後悔

〈春輝視点〉


「好きです! 私と付き合ってください!」


 勢いよく頭を下げたのは後輩の少女。そのまっすぐな言葉には何の裏もない。

 本当に、真剣に俺のことを想っての言葉だってことが伝わってくる。

 この子のことは知ってる。前に不良に絡まれてたところを助けたら、なんか妙に懐かれてしまった。

 感謝してくれてるのは知ってたけど、まさか告白までされるとは思ってなかった。いや、違うか。こうやって直接告白されるまでこの子の好意から目を逸らし続けてただけだ。

 だって俺はこんな風に思われて良い奴じゃないから。だから俺の答えは決まっていた。


「……ごめん、君の気持ちには応えられない」

「え」


 ショックを受けた顔に心が痛む。全然違うはずなのに、あいつの顔が頭をチラつく。

 また俺は誰かにこんな顔をさせて……。

 慰めの言葉が漏れそうになる。でもそれじゃダメだ。ここで俺から突き放さないと、俺はまたきっと同じ間違いをする。その時傷つくのは俺じゃなくてこの子だ。


「ど、どうしてダメなんですか? もしかして他に誰か好きな人がいるんですか?」

「そういうわけじゃない。そういうわけじゃないんだ。ただ俺に誰かを好きになる資格なんてない。それだけだ」

「それってどういうことですか?」


 わけがわからないという顔をされる。でもそれもしょうがないだろう。俺は本当に誰かに想われていいような奴じゃないんだから。こんな良い子なら尚更だ。


「俺は君が思ってるよりもずっと最低で、自分勝手な人間だってことだ。きっと君なら俺なんかよりもずっと良い奴を見つけられる。だから――」

「諦めません!」

「っ!」


 涙で目を潤ませながらも、彼女の瞳はまっすぐ俺のことを見据えていた。


「だって、他に好きな人がいるわけでも、彼女がいるわけでもないんですよね。だったら諦めません! 私は確かにちょっと単純って友達に言われますけど。でも人を見る目だけは自信があるんです! 先輩がどうしてそんなこと言うのか私にはわからないですけど、でもだからこそ私が納得できる説明をしてくれるまでは絶対に諦めませんから!」

「あ、おい!」


 それだけ言って走り去ってしまった。 

 わからない。なんで、どうしてそこまで俺のことを……。


「いや、考えてもしょうがないか。諦めないって言ってたけど、俺の答えは変わらない」


 踵を返して彼女とは反対方向へ歩き出す。

 告白されたのは初めてじゃない。でも諦めないとまで言われたのはさすがに初めてだったな。


「……おい。そこで何してるんだ?」

「あ、バレたか」

 

 校舎の影から姿を見せたのはばつの悪そうな顔をした男子生徒。高校に入ってからできた友達だ。

 悪い奴じゃないし、お人好しな奴だけどたまにこうやって余計なことをする。たぶん今回も俺が呼び出されたことを知って見に来たんだろう。


「悪いって。別に盗み聞きしてたわけじゃないぞ。実際話は聞いてなかったしな。ただまぁ友達が告られるなんてことになったら気になるに決まってるだろ」

「そう言って毎回見に来てる気がするんだが。そういうことしてるからモテないんだぞ」

「モテないは余計だろうが! というかその感じだと、やっぱりまた断ったのか?」

「……いつも通りだ。俺は誰とも付き合わない」

「もったいねー。かなり可愛い子だったじゃん。確か最近お前によく懐いてた後輩の子だろ。俺だったら絶対オッケーしてるね」

「だったらお前が告白したらどうだ」

「は? お前それマジで言ってんのか?」

「……悪い。失言だった」


 久しぶりにあいつのこと思い出したせいで自棄になってたのかもしれない。いや、こんな言い方はあいつに悪いか。単純に俺が勝手に不機嫌になってただけだ。

 全く、つくづく自分が嫌になる。


「あー、まぁなんだ。昔に何かあったかってのはおれも詳しくは知らないけど、そろそろ前に進んでもいいんじゃないのか? いつまでも今のままってわけにもいかないだろ。昔のことにいつまでも囚われ続けるのは……」


 俺のことを気遣っての言葉だってのはわかってる。でも俺にとっては余計なお世話でしかない。


「囚われるとか囚われないとかそういう問題じゃないんだ。あの時のことを忘れちゃいけないんだよ俺は。この先もずっとな」


 今でもたまに夢に見る。あの瞬間のことを。俺が決定的に間違えてしまった日のことを。


「あー……えーと、そういや明日から夏休みだな! 春輝はどうするんだ?」

「どうもこうも、去年と一緒だ。課題やって、気が向いたらバイトして。それくらいだ」

「マジか。もったいねー。一生に一度しかない高校二年の夏だぞ! そんな無味乾燥な過ごし方残念過ぎるだろ!」

「俺の勝手だ」

「だったらあれだ。祭り行こうぜ祭り! 確か八月の後半にあったはずだろ。それくらいは行っとこうぜ」

「祭り……」



『ハル! 祭り行こう祭り! 今年は去年よりも花火の量多いらしいぞ。それに屋台の数も過去一だ! 今から何食べるか迷うな!』



 不意に過去の光景が脳裏を過る。ホントに今日はよくあいつのことを思い出す。

 どんなに思い出したって過去に戻れはしないのに。


「まぁ……そうだな。考えておく」

「よっしゃ決まりだな! ついでにそれ以外にもしたいことがあってよー」


 夏休みか。もしかしたらあいつがこっちの方に帰ってくるなんてことは……ありえないか。あいつも俺がいる地元に帰ってきたくないだろうしな。

 そんな風に考えていた俺だったが、そのありえないことが起きようとしているとはこの時はまだ知る由もなかった。

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