その2 それぞれの夏休み いずみ編
「あー、この時間が何よりも幸せだよぉ」
夏の暑さが本格化する午後。いずみは自分の部屋でクーラーを効かせてダラダラとしていた。
ベッドに寝転びながら思う存分本を読む。それがいずみにとってなによりも至福の時間だった。
いずみの部屋は更紗や綾乃の部屋とは違い、本で溢れかえっていた。大量の本が本棚にこれでもかと押し込まれ、それはまるで小さな図書館のようですらあった。
綾乃達の前では見せたこともないようなだらけっぷりだが、これがいずみの裏の顔だった。休みの日は着替えるのが面倒なので着替えずに一日過ごすことすらあるほどだ。
夏休みということもあって、そのだらけっぷりに拍車がかかっていた。
ベッドの横の机にはこれでもかと積まれた本。ジャンルは様々だ。定番の少年漫画に少女漫画、純文学にライトノベルまで。いずみの本のストライクゾーンはかなり広かった。
「ふぅ、面白かった。えーと、続き続き……あれ? この本確かに続きが出てたはずなんだけど」
むくりと体を起き上がらせたいずみは読んでいた本の続きを探す。いずみの記憶が正しければ確かに続刊が出ていたはずで、そしていずみは続刊が出たらすぐに買うタイプだった。しかし探していた本は本棚のどこを探しても見つからない。
「確かに発売されてる。このシリーズは好きだからすぐに買ってたはずなんだけど。あれ?」
記憶の海を探るいずみ。そしてその答えはすぐに見つかった。
「あぁっ、思い出した! あの日はどうしてもお金が足りなくて泣く泣く諦めたんだっけ。どうしよ。でも続き気になるしなぁ」
チラッと窓の外を見るいずみ。そこにあるのは殺人的な輝きを放つ太陽。それはいずみの本屋へ行く気持ちを萎えさせるには十分だった。
「絶対暑いよぉ。こんな中でかけたら死んじゃうよぉ」
外に出たくない気持ちと本の続きが読みたい気持ち。その二つを天秤にかけた結果、勝利したのは――。
「よし決めた! 行こう! どうせ買わなきゃ気になって他の本にも集中できないし!」
そうと決まればと、心が揺らがない内に着替えて、その勢いのまま家を出るいずみ。しかしそんないずみのことを出迎えたのは驚異的な暑さと太陽だった。
「うっ、やっぱりやめ……ってダメダメ! ここまで来たんだからいかないと。ここからいつも行ってる本屋までは歩いて十分くらいだし」
日傘を手に炎天下の中を歩きだすいずみ。日傘をしていても地面のアスファルトから伝わる熱がじりじりといずみの体力を削っていく。
体が溶けるのではないかと思うほどの暑さ。しかしいずみは本のために頑張った。絶対に手に入れるのだと、それだけを胸に炎天下の中を本屋へ向かって歩く。
そして予定通り十分ほど歩いていずみは本屋へとたどり着いた。その時の気持ちはまさしく砂漠の中でオアシスを見つけたに等しかっただろう。
「あー、着いたー。涼しいー」
エアコンという文明の利器に感謝の念を抱きながら、その涼しさを享受する。
軽く汗を拭い、涼しさを堪能したいずみは気を取り直してそのまま目的のコーナーへと向かう。
「えっと。新刊はこっちの方に……って、あれ?」
新刊が置いてあるはずの場所に目当ての本が見つからず、いずみは周囲をくまなく探す。既刊が置いてある場所まで探し、それでも見つからずに店員に聞いた結果判明したのは在庫無しという無慈悲な現実だった。
「そんな……ここまで来たのに」
手に取った果実が蜃気楼のように消えていく。そんな錯覚に襲われたいずみはその場にへたり込みそうになる。
「取り寄せ? ううんダメ。私は今日読みたいの」
手に入ると思っていたものが手に入らない。それはいずみの欲求にさらに火をつけてしまった。いつものいずみであれば仕方無いで済ませていたかもしれない。しかし、今日のいずみは違った。
「今私が居るのは駅前。定期もスマホに入ってる。よし、行こう!」
いずみが向かうは次なる本屋。そのままの勢いで電車に乗り込んだいずみは学園方面へと向かう。ショッピングモールへ行くことも考えたが、夏休みで大勢人が来ているであろうショッピングモールへ行くのはさすがに気が引けた。
人混みがあまり好きじゃ無いいずみにとって、人の多いショッピングモールは敬遠しがちな場所だった。
「駅前の本屋なら品揃えも豊富だったし、きっとあるはず」
そうは言いながらも逸る気持ちは抑えきれない。たった数駅だというのに、その数駅が遠かった。駅に着くなりいずみはそのままの最短ルートで本屋へと向かう。
本屋に着いたいずみは慣れた足取りで新刊コーナーへと向かい、目的の本を探す。
そして――。
「っ! あった!」
意気揚々と本を手に取ったいずみはホッと息を吐く。目的の物を手に入れた安堵がいずみの心を満たす。そうして心に余裕が生まれたいずみはついでにと他にめぼしい本がないかを探す。
「あ、この本続き出てたんだ。あの作者さんの新作もある。最近テスト勉強で新刊のこと調べてなかったからなぁ。財布の中身とも相談しないと」
「あれ、秋本さん?」
「ひゃっ!」
急に声をかけられたことに驚いたいずみはその場で小さく跳び上がる。だがその声は聞き覚えのある声だった。
「白峰君?」
「あ、やっぱり秋本さんか。ごめん、びっくりさせたか」
「ううん。大丈夫。って白峰君どうして制服なの?」
「今日は生徒会の用事があったんだ。それも午前中で終わったから、帰る前に漫画でも買って帰ろうかと思って」
「そうだったんだ。でもこの時間ってことは……もしかしてお昼って綾乃ちゃんの家で食べたの?」
「えっと、まぁそうだけど。なんでそんなに目を輝かせてるんだ?」
「そのご飯ってもしかして綾乃ちゃんの手作りだった?」
「あぁ、そうだったと思うけど」
いずみは知っていた。最近綾乃が料理の勉強をしていることを。そしてそれが誰のためであるのかを。その成果を披露できたことを知っていずみは自分のことのように喜んだ。
「良かったね白峰君!」
「なんで秋本さんがそんなに喜んでるんだ? で、秋本さんはわざわざ本を買いにここまできたのか?」
「うん。地元の本屋に欲しい本が無くて。でもどうしても今日読みたかったから」
「あー、わかるその気持ち。俺もたまにそれでいくつか本屋はしごしたりするんだよな」
「そう! そうなの! それで目当ての本を見つけれた時はすごく嬉しくて! あ、ごめん。距離近かったよね」
「い、いや。大丈夫だ」
いずみの体の一部から必死に目を逸らしつつ、零斗はなんとか平静を保つ。
「でもわかってくれる人がいて嬉しいなぁ。綾乃ちゃんも更紗ちゃんもなかなかわかってくれなくて。えっと、もしかしてだけどこの本のこと知ってたりする?」
「知ってる知ってる。今度アニメ化もするやつだろ。でもまだ読んだことないんだよな。面白いのか?」
「もうすっごく! オススメだよ。バトル物が好きだったら是非読んで欲しい!」
自分の身近で読んでいる人がいなかったいずみはここが同士を増やすチャンスだと零斗にここぞとばかりに布教する。
そんないずみの勢いに押されながらも、その熱意を感じ取った零斗は既刊を手に取る。
「わかった、それじゃあとりあえず一巻から読んでみる。せっかく秋本さんがオススメしてくれたわけだしな」
「ホント!? ありがとう! 読んだら感想聞かせて欲しいなって」
「わかった。あ、本選びの邪魔してごめんな」
「ううん。わたしも本のオススメできたし。あ、そうだ。じゃあ逆に白峰君のオススメの本も教えて欲しいかな。せっかくだし」
「俺のオススメ? うーん、俺は別に秋本さんほど本好きってわけでもないしな。もしかしたら知ってるかもしれないけど、それでも良かったら」
「うん、それでも全然大丈夫。それじゃあ行こう。ふふ、白峰君がどんな本読んでるか教えてもらうの楽しみだな」
その後、本屋の中を巡りながら互いにオススメの本を教え合ったいずみと零斗。
綾乃の友達と、綾乃の恋人という綾乃を介しての繋がりしかなかった二人だったが、この日共通の趣味を見つけたことで本当の意味で友人同士になったのだった。
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