間章3 夏休み編

その1 それぞれの夏休み 更紗編

 夏、日差しの眩しい中更紗はランニングをしていた。

 理由はもちろん体型維持のためだ。ベストな体型を維持するための日頃から運動を欠かしていなかった更紗だが、近々綾乃達と海に行く約束をしているということもあっていつも以上に気合いをいれていた。

 なにせ一緒に行く綾乃は老若男女誰もが認める超完璧美少女。そこに水着という要素までプラスされるのだ。いったいどれほどの魅力になるのか予想すらつかなかった。

 そして綾乃だけではない。綾乃や更紗の影に隠れがちではあるが、いずみも脅威だった。あの他の追随を許さない圧倒的な胸囲。更紗も初めて見た時は目を疑ったほどだ。

 それに加えて、綾乃や更紗が持っていない庇護欲をそそられる可愛らしさまで備えているときた。

 更紗は知っている、実は綾乃がモテにモテている裏でいずみのことが好きな男子が大勢いることを。何度か相談されたこともあるほどだ。

 そんな二人も一緒に行く海。油断すれば恋人である透の目を奪われかねない。もちろん綾乃や更紗にそんな気がないのはわかっている。

 しかしこれは更紗の彼女としてのプライドなのだ。たとえ友達だとしても透の目が他の人に向くのは我慢ができなかった。


「……ふぅ。まだ朝だけど夏はやっぱりあっついなー」


 朝といえども日差しは強く、通気性の高いランニングウェアを着ていても汗だくになってた。


「本格的に気温が上がる前だからまだマシだけど、昼にランニングとかしたら死んじゃうんじゃない、これ」


 朝から元気に輝き続ける太陽を恨めしい目で睨み付けながら愚痴る更紗。せめて曇ってくれれば日差しもマシになるかもしれないが、今日はいっそ憎々しいほどの快晴だった。


「でも、もうちょっと走っとこうかな。最近ちょっと間食が多くて体重が増えてたし」

「体重がどうしたんだ?」

「うひゃぁっ!?」


 急に背後から声をかけられた更紗はびっくりして思わずその場で跳び上がってしまう。そこに立っていたのは更紗の幼なじみにして彼氏である透だった。

 透もランニングをしていたのか汗をかいていた。服で汗を拭う際にチラッと見えた腹筋に思わずドキッとしてしまったのは更紗だけの秘密だ。

 だがそこであることに気付いた更紗はスススッと透から距離を取る。


「と、透だったんだ。もうびっくりしたし。急に声かけないでよね」

「あぁそれは悪かった。でもなんで微妙に距離取ってるんだ?」

「いやその、臭いが……」


 それなりの距離を走っていることで更紗はかなり汗をかいていた。都合良く制汗シートなど持っているはずもなく。自分が汗臭いのではないかと心配した更紗は透から距離を取ったのだ。


「俺、そんなに臭かったか? けっこう汗かいてたからな」


 しかし透はその汗臭さを自分のせいなのではないかと軽くショックを受けていた。


「ち、違うから! 透の汗の臭いじゃなくて、あたしの方だから! 透の汗は臭くないし、むしろ好きな匂いっていうか」

「そうか。なら良かった。でもそれで言うなら更紗も良い匂いだと思うけどな」


 透は更紗に近づき、そのにおいを嗅ぐ。あまりにも自然で唐突な動きに更紗は反応することができなかった。


「~~~~~~~っ、急に嗅ぐなバカ!」


 透の横っ腹を思いっきり殴る更紗。鍛えているとはいえ無防備だった透は急に殴られた「ふぐっ!」と間の抜けた声を出して蹲った。


「お、お前なぁ」

「透が急に嗅いでくるのが悪いんでしょ。デリカシーが足りてない」

「別に臭いとは言ってないだろ。むしろ良い匂いだって」

「だからそういう問題じゃないんだってば! もういい! それじゃあたし帰るから!」

「待てって」


 走りだした更紗の横に並んで透も走る。


「なんでついてくるの」

「なんでも何も家の方向同じだろうが。だったら別に一緒に走ってもいいだろ」

「好きにすれば」

「そうか。じゃあ好きにさせてもらう。ちなみに明日も走るのか?」

「だったら何?」

「俺は明日も七時くらいから走るんだが良かったら一緒にどうだ?」

「……考えとく」

「そうか。じゃあ楽しみにしてる」

「まだ一緒に走るとは言ってないんだけど!」


 その後もあーだこーだと言い合いながら走る更紗と透。

 夏の暑さにも負けないようなイチャつきぶりを見せつけられた他のランナー達が胸焼けするような思いをしたことは言うまでもない。


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