第85話 なんだかんだ夏休みに入る瞬間が一番楽しい
期末テストが終わればその後はもう惰性のように時が過ぎていき、気づけばあっという間に終業式の日を迎えていた。
生徒会長である綾乃は登壇し、その場にいた生徒達に向けて最後の挨拶をしていた。
「みなさん、今学期もお疲れ様でした。今学期はみなさんにとってどのような学期だったでしょうか? 勉学に励む、趣味に耽る、友達と遊ぶ、部活を頑張る、アルバイトに精を出す、きっとそれぞれの過ごし方があったことでしょう。ただ一つみなさんに共通して言えるのは四月の学期始めよりも確実に成長しているということです」
全校生徒の視線を一身に浴びながらも、生徒会長モードである綾乃は臆した様子もなく威風堂々としていた。普通であれば終業式の挨拶など退屈なだけの時間だろうが、綾乃の放つ存在感が生徒の、そして教師までの目を引きつける。
(あんだけ注目されても堂々としてられるってのはある意味才能だよな。俺なら絶対に無理だ。やっぱすごいよ綾乃は)
素の綾乃を知っているからこそ、こうして生徒会長としての綾乃の姿を見てこみ上げてくるものがある。
綾乃の後に話すことになっている校長はかなりのプレッシャーだろうと零斗は思った。今この場において綾乃は誰よりも上に立っているのだから。
そして気づけば綾乃の話は終盤へと差し掛かっていた。
「――この夏休みという期間をどう活かすか。それは自由です。私からこうするべきだ、こうした方が良いと言うつもりもありません。ただしいて言うならば後悔のないように日々を過ごしてください。そうすればきっとあなたにとって有意義な夏休みとなるはずですから。それでは夏休み明けにみなさんとまた会えることを楽しみにしていますね」
その言葉を最後に挨拶を締めくくる綾乃。
壇上から降りて生徒会役員達と共に舞台裏へと下がった綾乃は小さく息を吐く。
「お疲れ様でしたお姉さま! もうわたし聞き惚れちゃって! 録音して何度も聞き返したいくらいに感動しました!」
「ろ、録音? そこまでするほどのものでは無かったと思うのですが」
「いえ、見事な挨拶でした綾乃さん。生徒会長としてあれ以上の挨拶は無かったかと」
「えーと、ありがとうございます。上丈君も風紀についての伝達事項、わかりやすく纏めていただいでありがとうございました」
「いえ、これもオレの仕事ですから。っておい地味に蹴るな高原、月凍! 制服が汚れるだろうが!」
綾乃に褒められて嬉しそうな彰人に嫉妬したかげりと蘭が彰人のことを蹴る。そんな仲の良い? 光景を見て綾乃は思わず笑みを浮かべる。
「お疲れさん綾乃」
「白峰君もお疲れ様でした。どうでしたか、私の挨拶は」
「あー、まぁ良かったんじゃないか」
「それだけですか?」
「それだけですかってなんだよ」
「いえ、別になんでもありません」
「その態度見てなんでもないってことは――」
「あ、またかいちょーと零斗がいちゃいちゃしてるー」
「「っ!?」」
「ちょ、ちょっと愛乃ちゃん」
茶化すように声をかけてきたのは風宮愛乃と風宮真乃。彼女達もまた生徒会役員だった。
双子の姉妹で、姉である愛乃は更紗と同じようにギャルのような格好をしていたが妹である真乃は長い前髪で目を隠していた。正反対の雰囲気を持つ二人だった。
「別にいちゃいちゃしていたわけではないのですけど。愛乃さんと真乃さんもお疲れ様でした。広報活動、やはりあなた達に任せて正解でしたね」
「とーぜんっしょ。愛乃ってばめっちゃゆうしゅーだし」
「ま、真乃は愛乃ちゃんをお手伝いしただけだから……」
愛乃と真乃が生徒会で担当しているのは広報。主に生徒会の活動やイベント事について外部に発信する役割を担っていた。SNSが得意な愛乃と文章を書くのが得意な真乃。二人のおかげで生徒会のSNSはそれなりの人気があった。
「ふふ、二学期もお願いしますね。頼りにしています」
綾乃、零斗、彰人、かげり、愛乃、真乃、そして蘭。これが現愛ヶ咲学園高等部の生徒会メンバーだった。
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その後。無事に終業式を終えた綾乃は放課後になって生徒会室へとやってきていた。その隣にはもちろん零斗が居た。
生徒会室に入った綾乃は棚から茶葉と茶菓子を出す。
「零斗も紅茶でいい?」
「あぁ、それでいい」
「ふんふふーん♪」
ご機嫌に鼻歌なんかを歌いながらお茶をの用意をする綾乃。そんな綾乃のことを零斗はソファに座って見ていた。
「? なに笑ってるの零斗」
「え、俺笑ってたか?」
「うん、笑ってた。なんか知らないけど嫌らしい笑みだった」
「嫌らしいってなんだよ! そんなわけないだろ」
「あははっ、まぁいいんだけど。はい零斗」
「ありがとう」
綾乃が座る位置は零斗の隣。それはこの四月から大きく変わった所だろう。
綾乃は恥ずかしがりながらも少しずつ距離を詰め、零斗の肩にもたれかかる。今までそんなことをされたことがなかった零斗は思わずびっくりしてしまった。
「どうしたんだよ急に」
「ちょっとだけ疲れたから。ダメ?」
「そんな言い方されてダメって言えるほど俺は鬼畜じゃないな」
「えへへ、やった♪ それじゃ遠慮なく」
零斗の肩にもたれかかりながら、何を話すでもなくただ黙ったまま時間が過ぎていく。聞こえてくるのは部活をしている生徒達の声や、蝉の声だけ。しかし決して気まずい沈黙ではなく、穏やかな空気だけが二人の間に流れていた。
「……あっという間に夏休みだね」
「そうだな。もう七月も後半だもんなぁ。ほんと最近は時間が過ぎるのが早い」
「その言い方なんかおじさんみたい。気持ちはわかるけどね。この一学期の間、本当に色々なことがあったから」
「だな。少なくとも、四月になったばっかの頃はこんな風になるなんて思ってもなかった」
「私も。楽しみだね、夏休み……ふぁ……」
「綾乃?」
「……すぅすぅ……」
「寝てやがる。まぁ今日は色々忙しかったから仕方無いか。疲れてるだろうし、しばらく寝かせてやるか」
こうして肩を預けたまま眠るということは、それだけ零斗のことを信頼してリラックスしてくれているということでもある。それがわかるからこそ零斗は湧き上がる情動をグッと堪えた。
(心を落ち着けろ俺。そうだ、こういう時こそ素数を数えればいいって誰かが言ってた気がする。とにかく今は少しでも気持ちを落ち着けるんだ)
「んぅ……」
「っ!」
「零斗……夏休み、一緒に……すぅ……」
「……そうだな。夏休み、思い出いっぱい作ろうな」
激動だった一学期を終えて、綾乃と零斗の夏休みが始まろうとしていた。
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