第84話 いざ水着を買いに

 海に行くならば水着が必要だと更紗が立案し、その勢いに押された綾乃といずみは週末に水着を買いに行く約束をさせられてしまった。

 それからあっという間に時は流れて週末。

 綾乃は更紗といずみと一緒にショッピングモールへとやって来ていた。

 夏休み前ということもあってか、綾乃達と同じように夏休みの準備をするために買い物に来ている人が多く見受けられた。

 そんなショッピングモールの中でも特に大きく売り場が作られていたのが水着売り場だ。多種多様な水着がこれでもかというほど並んでいた。


「こういうところ来るとマジテンション上がるよねー。今年はどんな水着にしよっかなー」

「水着……」

「なになにどうしたの、あんまり気乗りしない感じ?」

「そういうわけじゃない。とも言い切れないんだけど。やっぱり去年の水着じゃダメ?」


 去年綾乃が更紗達と海に行ったときの水着。その時の水着は姉である朱音が選んだ物だったのだが、綾乃としては新しい水着を買うよりもその水着のままで良いのではないかという思いの方が強かった。


「ダメダメ。ダメに決まってるでしょ。水着は毎年ちゃんと新しいの買わないとね。いずみもそう思うでしょ?」

「わたしはどっちかって言うと綾乃ちゃん派だけど。でもせっかく白峰君と行くんだから、新しい水着はあった方が良いと思うよ」

「うっ」


 零斗の名前を出されると綾乃の心も揺らぐ。しかし同時の他の男達から向けられる下卑た視線のことも思い出してどうにもふんぎりがつかずにいた。


「まぁ綾乃の考えてることはなんとなくわかるけどさ。でも考えて綾乃。せっかく海に行くなら一番可愛い自分を見て欲しいでしょ?」

「それはそうだけど」

「だったら他の人の目なんて気にしてる暇ないよ。綾乃は他の誰でもない白峰君のために一番良い自分を見せることを考えなきゃ。夏の海はライバルがいっぱいなんだから。目移りしないようにね♪」


 その一言に綾乃の意識がバチっと切り替わる。海に行って他の女の水着姿に見惚れる零斗。想像しただけで嫌な気持ちが胸に広がった。


「買おう、水着」


 キリッと歴戦の戦士のような顔つきで水着売り場に向かっていく綾乃。

 

「もう、ダメだよ更紗ちゃん。なんでもかんでも白峰君をダシにしていたら」

「あはは、ごめんごめん。でもこうでも言わないと綾乃ちゃんと水着選ばなさそうだからさ。ダシに使った白峰君には悪いけど、でもそのおかげで綾乃の可愛い水着姿見れるんだからいいでしょ」

「いい加減なんだから」

「二人とも何してるの? 早く行かないと。二人の意見も聞かせて欲しいし」

「はいはーい! すぐ行くー! ほらいずみも行こ。いずみの水着もばっちり選んであげるから」

「わたしの方はほどほどでいいんだけど……」


 そして更紗といずみは綾乃の後を追って水着売り場へと足を踏み入れた。




 水着売り場に意気揚々と足を踏み入れたはいいものの、種類が多すぎるというのもそれはそれで困るもので。

 ひとえにビキニといってもヴァンドゥビキニ、タンキニビキニ、ボーイレッグビキニなどある。そこに加えてワンピースタイプのビキニもあるのだから水着選びに慣れていない綾乃が戸惑うのも仕方無かった。


「今の水着ってこんなに種類があるのね」

「そーそー。だから見てるだけで一日終わっちゃったりしてさー。まぁでも基本は自分の好きな水着、似合う水着選んだらいいと思うけど」

「好きな水着に似合う水着……」


 更紗はなんでもないことのように言うが、そもそもファッションにあまり興味の無かった綾乃は似合う水着と言われてもパッと思いつかない。なのでとりあえずは気になる水着を探して見ることにした。


(水着、去年のは姉さんに選んでもらったワンピースタイプのやつだったけど。やっぱり王道なのはビキニ系なのかな。黒……とかはちょっと大人っぽ過ぎるかなぁ。紫? 緑とか白とかならどうだろ。この水着はフリルとか着いてるんだ)


 最初はただ適当に水着を眺めていただけの綾乃だったが、気づけばそれなりに熱中して水着を選び始めていた。


「どう綾乃。なんか良い水着見つかった?」

「色々と気にはなるんだけど。でもどういう水着が良いのかわからなくて」

「うーん。綾乃なら何着ても大丈夫だと思うけど。あ、でもどっちかって言うと可愛い系の水着よりは綺麗に見える水着の方が良いと思うけど。この黒ビキニとか? 綾乃白い肌には合うと思うんだけど」

「でも黒いビキニってハードルが高くて。更紗はこういうの似合いそうだね」

「あたしは黒いビキニいくつか持ってるし好きだけどね。だからこそ今年は全然違うタイプにしようと思ってるけどね。オフショルとかいいかもって」

「私は……とりあえず今回は冒険せずに無難な水着にしようかな」

「無難な水着もいいけど……あ、ねぇねぇこんなのあるよ」

「ん? って、それ紐じゃない!」

「あははっ! これもうなんも隠れてないよね。めっちゃエロい」

「エ、エッチだとかそういう問題じゃないでしょ。こんなの人様の前で着れるわけない」

「ま、さすがにね。貝殻とかもあるね」

「それもなし!」

「二人ともどうしたの? 騒がしいけど」

「いずみ。あのね、更紗がふざけた水着ばっかり持ってくるの。いずみは何か良い水着見つかった?」

「うーん、わたしの方はなかなか見つからなくて。可愛い水着が欲しいんだけど」

「なかなか……」

「見つからない……」


 綾乃と更紗の視線がいずみに、いずみの体の一部に集中する。


「ちょっと二人とも、どこ見てるの」

「あ、ごめんなさい」

「いやー、やっぱりそれだけ大きいと可愛いの見つけるのも大変だよねー」


 二人の視線から隠すように胸を覆ういずみ。しかしそんな仕草すらいずみの胸の大きさを強調するだけだった。


「あ、それじゃあさ。みんなでそれぞれに似合いそうな水着持ち合ってみようよ。その方が面白いじゃん」

「それぞれに似合う水着を。いいですね。面白そうです」

「いいけど。二人とも変な水着持ってこないでね?」

「「それは確約できない」」

「いじわるっ!」


 その後も、綾乃と更紗がいずみにふざけた水着を持ってきて怒られたり、更紗が大胆な水着を着て二人のことを驚かせたり、綾乃の水着姿に盛り上がったりなどしながらそれぞれ意見を出し合い、海に行くための水着を買ったのだった。


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