第82話 夏休みの予定

「終わったーーーーーーっっっ!!!」


 期末テスト最終日。その最後のテストが終わった瞬間に更紗が叫ぶ。


「藤原さん。まだ答案用紙回収してないでしょ。もうちょっと静かにしててねー」

「アハハ、ごめんなさーい」


 そんな更紗と先生のやりとりにクラスメイト達もクスクスと笑う。そんなクラスメイト達の表情も更紗と同じでテストが終わったことへの開放感に満ちていた。しかしそんな生徒ばかりではなく、テストによっぽど自信がないのか今から夏休みの補習のことを考えて憂鬱そうな顔をしている生徒もいた。

 答案用紙を回収した後は、そのまま担任からいくつかの連絡事項を伝えられて解散の流れとなる。


「綾乃~、テスト終わったしファミレス行こ~」

「うん。いいよ」

「やった。それじゃいずみと白峰君も一緒に……ってあれ? 白峰君は?」

「今日は生徒会の上丈君に用があるからって。なんでもこのテスト期間中上丈君に勉強教えてもらってたみたいで。知ったのはつい昨日のことなんだけど」


 零斗が彰人から勉強を教えてもらっていると知った時、若干彰人に対して嫉妬してしまったのは綾乃だけの秘密だ。勉強なら自分が教えたかったのに、と。

 

「へぇ、そうだったんだ。意外、てっきり今回も綾乃が教えたのかと思ってたのに」

「……ホントはそうしたかったけど零斗にも零斗なりの考えがあったと思うから」

「そういう割には全然納得して無さそうだけどねぇ」

「っそんなことないから」

「二人ともどうしたの? なにかあった?」

「今ね~、綾乃が――」

「なんでもないから気にしないでいずみ。それよりも今から更紗と一緒にファミレスに行こうって話してたんだけど、どう?」

「そうなんだ。うん、わたしも行く」


 半ば無理矢理更紗の言葉を遮って綾乃はいずみのことをファミレスに誘う。特に予定の無かったいずみはもちろん了承し、そのまま三人揃ってファミレスへと向かった。

 三人が向かったのは駅前にある全国チェーン店のファミレス。何よりも値段が安いということで学生に人気の店だった。

 この日もテスト終わりということもあってか、綾乃達と同じようにファミレスにやって来ている生徒達の姿が散見できた。


「それじゃ、お疲れさまでしたー!!」

「「お疲れさまでした」」


 席に案内されてからすぐに注文を済ませ、更紗の音頭に会わせて乾杯をした。

 乾杯の音頭を取った更紗はそのままテーブルに突っ伏した。


「あーもー、今回のテスト難しすぎじゃなかった? なんか変な引っかけ問題多くてさ。しかも日本史とか教科書の内容じゃなくてほとんど先生の趣味の問題じゃん」

「確かに日本史はちょっとマイナーな問題が多かったけど、でもちゃんと授業を受けてたら解けるレベルだったとは思うよ」

「うん、そうだね。わたし、桜木先生の授業好きだし。確かにテストは難しかったけど。でもそれがわかったってことは解けたんでしょ?」

「まーねー。綾乃が事前に作ってくれた問題予想を丸暗記してたおかげだけど」

「あの先生は作る問題は難しいけど、出す問題はわかりやすいから。半分以上は授業中の雑談、教科書から脱線した部分から出題してるし」

「いやー、ホント綾乃様々だよー。綾乃がいなかったらテスト全滅だったかも」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど。でももうちょっと更紗も勉強しないと」

「あー、やだやだ。せっかくテスト終わった後にそんなお小言聞きたくなーい」

「はぁ、更紗ってば」

「まぁまぁ綾乃ちゃん、それはまた次の機会にね。更紗ちゃんの言うとおり今は終わったばかりなんだし」

「いずみがそう言うなら。でも次はないからね」


 この次はないからね、という言葉は綾乃がテストの度に更紗に言っていることなのでッ結局綾乃も肝心なところで更紗に甘いのだ。


「そうだよ! 今はもう終わったテストのことなんでどうでもいいし! それよりも夏休みの計画立てなきゃ! ねーみんなで海行こ、海!」

「海? 確かに夏と言えば海かもしれないけど」

「えっと、わたしはあんまり泳ぐの得意じゃないし……」


 基本的には仲良しな三人だが、アウトドア派な更紗とインドア派の綾乃、いずみではこうした場合に意見が食い違いやすい。


「えー、いいじゃん。みんなで水着買ってさ。絶対楽しいよ!」

「うーん……」


 更紗はそう言うが、そもそもあまり肌を露出することが好きじゃ無い綾乃はどうしても素直に頷けない。それに、夏の海という場所に綾乃はあまり良い思い出を持っていなかった。


「更紗、去年の夏のこと忘れたの?」

「去年? あー、あれね。ナンパされまくったもんねー。あれは確かにめんどかったけど」


 去年も更紗の誘いにのって海へと行った三人。しかしそこで待っていたのは夏の楽しい思い出などではなく男達からのナンパに次ぐナンパという最悪の思い出。結局ほとんど遊ぶこともできずに帰ったのだ。

 その思い出があるからこそ、綾乃もいずみも素直に海に行くとは言えなかった。

 だがそんな綾乃の指摘に対して更紗はどこか自信ありげな様子で言う。

 

「確かに二人の心配はわかるよ。でも大丈夫! ちゃんと対策考えたからさ!」

「対策?」

「透と白峰君をボディガードとして連れていくの!」

「えぇっ!?」

「そうそう。そしたら男よけにもなるでしょ。なんかあっても透と白峰君がいたらなんとかなるでしょ」

「そんな楽観的な……」


 とは言うものの、零斗と海という言葉に若干心が揺らいだことは否めなかった。そして更紗はそれを見逃さなかった。


「夏、海、恋人同士にはぴったりだよねー。ステップアップのチャンスじゃん!」

「ステップアップって、恋人同士のステップアップ……~~~~っっ!!」


 一瞬の間に色々なことを想像してしまった綾乃はボンッとリンゴのように顔を真っ赤にする。


「あ、そういえばさ。綾乃と白峰君ってどこまでしたの?」

「へ?」

「ぶっちゃけキスとかした? それとももっと先まで行っちゃってる?」

「キ……ッ?!」


 直球な更紗の言葉に絶句する綾乃。隣で聞いているいずみも興味があるのか黙ったままで口を挟んではこない。


「えっと、それはそのまだ……だけど」

「まだだったの!? えー、そうなんだ。あたしもうてっきりキスくらいはしたものかと。だってもう付き合って二ヶ月以上経つでしょ」

「そうだけど。でも、まだ二ヶ月だし」

「なるほどねー。でもそう思ってるのは綾乃だけかもよ」

「え?」

「零斗君だって男の子だからねー。綾乃レベルの美少女がいて手を出さないなんて相当我慢してると思うよ。あたしだったら付き合って一週間で押し倒してる」

「そ、そんなことない……と思うんだけど」

「甘い、甘いよ綾乃。思春期男子の欲求を舐めてるね。透だってあぁ見えて一度スイッチが入るとすごいんだから」

「…………」


 更紗の言葉に綾乃は考え込む。


(零斗は他の男とは違う。違うけど……もしかしてオレ、零斗に我慢させてるのかな)


「綾乃だってキスしたくないわけじゃないんでしょ?」

「それは……」


 更紗の言葉に綾乃は小さく頷く。


「だったら今年の夏がそのチャンスでしょ! この機会に白峰君とステップアップしちゃいなよ!」

「……えっと、いずみはいいの? 海に行くことになっても」

「うん。白峰君と久瀬君が一緒に来てくれるなら心強いし。なにより恋人同士の語らいを間近で見た――ゴホン、みんなで行くなら楽しそうだし」

「今ポロッと本音零れたよいずみ。まいいや。そんじゃ決まりね! 夏は海! 開放的な気分に身を任せてステップアップしちゃおう! えいえいおーっ!」

「おーっ!」

「お、おーっ?」

「そんじゃ次は海に行くための水着買いに行く日を決めよっか」


 こうして、綾乃は更紗達と一緒に夏休みに海へと行くことになったのだった。

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