第80話 期末テストという壁

〈零斗視点〉


 気づけば雨もあがり、綾乃が乾かしてくれていた俺の服も無事に乾いていた。

 朱音さんからは夜ご飯も一緒にどうかって誘われたけど、さすがにそこまでしてもらうのは気が引けるしな。なにより綾乃と朱音さん、二人で話す必要もあるだろうしな。


「今日は色々と……ホントに色々とありがとね零斗」

「あーもう礼は何度も言われたからいいって。俺はほとんど話を聞いてただけだしな」

「その聞いてくれたっていうのが大事なんだけど」

「まぁこんなことでいいならいつでも力になるけどな」

「うん。ありが……じゃなかった。頼りにしてるね」

「おう」

「それよりもさ。さっきのだけど……ホントにいいの?」

「あぁ、あの話か……むしろこっちはいいのかって聞きたいんだが。俺がそっちの実家に行くのは問題ないのか?」

「問題……私的には大有りなんだけど、なんかお母さんもお父さんも乗り気らしいし。一度零斗に会ってみたいって。たぶん姉さんが話したんだと思うけど」

「どうな風に伝えられてるのか心配でたまらないんだが」

「だ、大丈夫! 大丈夫……だと思う。きっと大丈夫なんじゃ……ないかな?」

「自信無くすなよ。まぁ綾乃が嫌だって俺も無理にとは」

「それは大丈夫! というか……零斗いないと実家に帰れそうにないし」

「そこは普通に帰ってやれよと思うが。とにかく一回親父達に話してみる。それで問題無かったらまた連絡する。細かいことはそれから決めたらいいだろ」


 まぁあの親父達のことだから特に問題はないだろうけどな。むしろあの二人が調子に乗るのが目に見えてるというか。

 まぁでもそろそろ話しておくべきか。いつまでも黙ったままじゃバレた時に面倒だし。


「零斗?」

「悪い。ちょっと考え込んでた。それじゃあまた明日な」

「うん。また明日。風邪引かないように気をつけてね」


 綾乃に見送られながら俺は駅へと向かう。途中でチラッと振り返ると綾乃はまだそこに立ってて、小さく手を振ってた。

 あぁいうの意識せずにやってるんだろうけど、なんかいいなーって感じだ。

 綾乃はそのまま俺の姿が見えなくなるまでそこに居た。

 それから電車に乗って俺はすぐにスケジュールを確認した。まぁ俺なんて別に大した予定があるわけじゃないんだけど。でも最近はバイトとかもしてたからな。

 でもそろそろバイトも切り上げて大丈夫かもな。目標金額もそろそろ貯まるし。

 今年はじいちゃん達の家にに帰るとかの話も聞いてないから大丈夫そうだな。というかスケジュール確認したけど見事なまでに真っ白だ。これじゃ確認するまでもなかったな。


「まぁ別に友達がそんなに多いわけじゃないし当たり前か」


 って、なんか自分で言ってて悲しくなってきた。いや俺は広く浅くじゃなく、狭く深い交友関係を……なんか惨めになるなこの言い訳。

 でもまぁ、今日からしばらくはバイトもないしな。


「おかげでなんの憂いもなく……憂いもなく? なんで俺バイト入れてないんだ? 夏休みまでは特に予定がなかったらバイト入れてたはずなんだけど」


 自分で言った言葉に、不意にチラッと何かが脳裏を過る。

 あれでもないこれでもないとその違和感の正体を探る内に、俺はその答えを見つけてしまった。


「あぁっ!?」


 電車の中だってことも忘れて思わず声が出る。当然何事かって目で他の人には見られたけど、俺としてはそれどころじゃなかった。

 テスト……そう、期末テストだ。最近バイトばっかですっかり記憶から抜け落ちてた。

 綾乃にも度々テスト勉強は大丈夫かって聞かれてたけど、その度にちゃんとやってるから大丈夫だとか適当なこと言ってたんだよな。やばいすっかり忘れてた。

 あとちょっとしたら始めようとか思ってたんだが、気づいたらもうすぐテストになってるし。時間が経つのがあまりにも早すぎる……いや、事前にやってない俺が悪いんだけどな。

 どうする……どうする俺。テストまではあと一週間とちょっと。全教科の勉強を今からするのはさすがに無理だ。やっぱ前に考えた通り一夜漬けしかないか? でも中間テストならともかく期末テストの一夜漬けってかなりキツいんだよなぁ。だからこそやっぱちゃんと勉強するべきかって考え直したわけだし。


「今さらまた綾乃に頼るのもなぁ。断られはしないだろうけど、さすがに怒られそうだ」


 綾乃は何度も確認してきてたわけだしな。今から勉強教えてくれなんて言ったら「だから言ったのに」的なことは確実に言われるだろう。

 というか単純に今の綾乃に俺のことで負担かけるの嫌なんだよな。せっかく良い感じだったのにこんなことで心証を下げたくはない。せめて今日くらいはカッコいいままのイメージでいたい!

 それくらいの見栄は張ってもいいだろ。もしそれで補習なんてことになったら笑い話にもならないが。まぁそこまで酷くはない……と思う。たぶん。


「頑張るしかないか」


 こうして俺は、夏休み前に期末テストという最大の壁にぶち当たることになるのだった。






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〈綾乃視点〉


「…………」


 零斗の姿が見えなくなるまで見送る。ホントはもうちょっと一緒に居て欲しかったし、夜ご飯も食べていって欲しかったけど。

 これ以上はさすがに菫さんにも悪いし仕方無いか。


「それにしても姉さんってば急にあんなこと言うなんて」


 零斗を実家に招く。まさかそんなこと言い出すなんて思ってもなかった。だけど零斗が嫌な顔しなかったのは……うん、嬉しかったな。

 実際夏休みどうするかは零斗次第なわけだけど。でもいきなり実家に招待するのってなんか色々とすっ飛ばしてる気がしなくもない……。


「ま、いっか。とりあえず夏休みに向けてまずは期末テスト頑張ろうかな」


 色々と考えなきゃいけないことは多いけど、とりあえず目の前のことから一つずつ。そしたらきっと。いつかきっと。


「ハルとの関係もいつか……なんて」


 そんなあり得ないいつかを夢見たって……いいよね。

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