第79話 朱音の提案

〈綾乃視点〉


 零斗と二人で部屋にいるところを姉さんに見られてからしばらくして、オレ達はリビングへと移動していた。

 なんとか姉さんの誤解を解くことはできたけど……うん、まぁなんというか確かに誤解されても仕方無い状況と言えばそうだったんだけどさ。

 

「それじゃホントに綾乃と零斗君は致そうとしてたわけじゃないのね?」

「いたっ?! だ、だから違うって言ってるでしょ! なんで姉さんそうやってすぐに……あぁもう! 零斗も酷い思うでしょ?」

「え? お、俺か? 俺はまぁ……ノーコメントで」

「なんで!?」

「ふふ、零斗君も男のだもんねぇ。綾乃と二人っきりならそういう無理もないか」

「できれば理解しないでもらえると」

「なに? どういうこと?」


 なんか二人だけでわかりあってるのすごく嫌なんだけど。オレと零斗が二人っきりだと何かあるのか? 別に今回だって何も起きなかったし。姉さんが勝手に誤解しただけだ。

 零斗は他の男共とは違うんだからな。


「まぁ綾乃は気にしなくていいから。零斗君もありがとう。今回も迷惑かけちゃった。この雨のなかわざわざ来てくれたみたいだし」

「いえ。綾乃のことなら俺にも無関係じゃないですから。それに大したことはしてませんし。結局綾乃がちゃんと自分で解決しました」

「それも零斗君あってのことだと思うけど。全く、あたし達は零斗君に足向けて寝れなくなるわね」


 なんてことはない呑気な会話。だけどわかってた。姉さんが本題を切り出すタイミングを見計らってることは。

 

「えっと、それじゃあ俺はこの辺で――」

「待って。零斗も居て欲しい」


 零斗もそんな空気を察したのか、オレと姉さんを二人にしようとして帰ろうとする。だけどオレはそんな零斗の手を掴んで止めた。

 これはオレ達家族の問題。これ以上零斗を巻き込むべきじゃないってことはわかってた。だけどそれでもオレは零斗のことを止めた。オレの中にある決意をちゃんと姉さんにもそれから零斗にも聞いて欲しかったから。

 オレは何度か深呼吸してから話を切り出した。


「姉さん……修治さんから話は聞いてるんだよね」

「……うん。聞いてる。だからこそ急いで帰ってきたわけだし。シュウ、すごく後悔してたよ。綾乃に酷いこと言ったって」

「酷いこと言ったのはこっちの方だと思うけど。姉さんはその……怒って、ないの? 私が修治さんに酷いこと言ったことに」

「怒ってる」

「っ」

「なんて言うはずないでしょ」

「え?」

「そもそも今回の一件は元を辿ったらあたしのせいだし。綾乃の状況をちゃんと考えもしないで、勝手に大丈夫かもしれないなんて思って綾乃を苦しめた。だから本当に後悔しなきゃいけないのも、謝らなきゃいけないのも全部あたし。ごめんね綾乃。こんなんじゃお姉ちゃん失格だね」

「そんなことない! 姉さんは何も悪くないし。もちろん修治さんだって悪くない。ダメなのはいつまで経っても過去に縛られたままの私」


 オレがちゃんと自分の過去を向き合えていれば。そしたらこんなことは起きなかったはずだから。


「だから、今度こそちゃんと向き合うって決めたの。私自身の過去に。修治さんとのことも……ハルとのことも。もう逃げないから」

「綾乃……」

「私はもう一人じゃないから。ね、零斗」

「あぁ、そうだな。俺達がいる」

「ふぅ……まさかここまで変わるなんて。零斗君の影響もあるんだろうけど、今の学園に行かせたのは正解だったみたいね。ちょっと妬けちゃうけど」

「妬く必要はないと思いますけどね。だってこいつさっき――」

「わーっ! わーっ!! 零斗、余計なことは言わなくていいから!!」


 そういえばさっき零斗には勢いに任せて余計なことまで言った気がする。失敗した。あれは……嘘ってわけじゃないけど。嘘ってわけじゃないんだけど。でもそれを姉さんに知られたら恥ずか死ぬ。耐えられない。


「なになに? 気になるんだけど」

「姉さんは知らなくていいの! とにかく、そういうことだから。修治さんとはまた改めて話そうと思ってる。ハルの方は……いつになるか、わからないけど」


 修治さんの方はともかく、ハルとオレは今はもう住んでる場所も違うし。ハルがこっちに来ることは無いだろうし。じゃあどうするって言われるとオレが向こうに帰るしかないわけで。だけどオレはこっちに引っ越してきてから一度も実家には帰ってない。

 去年の年末も年始も、帰らずにこっちで過ごしたし。家族への新年の挨拶はリモートで済ませた。姉さんは一日だけ向こうに帰ったけど。

 それくらいオレは帰ることを避け続けてる。だってもし帰ってハルに会ってしまったら。どうすればいいかわからない。オレも、それからたぶんハルも。


「春輝とのことも……か。まさか綾乃からそんな言葉が出て来るなんてね。本当ならもう少し段階を踏んでからって思ってたんだけど」

「姉さん?」

「零斗君もいるならちょうどいいタイミングかもしれない。実はね、前から考えてたことがあるの。二人とももうすぐ夏休みでしょ」

「えっと……うん。まだテストは終わってないけど。期末テストが終わったらそのまま夏休みかな」

「夏休みの予定とか立ててたりする?」

「それはまだだけど」

「よしよし。それじゃあ零斗君に聞きたいんだけど、夏休みの間に帰省したりとかっていう予定はある?」

「いえ、今のところはなんの予定もないですよ。普通に家でだらけるか、後はまぁ……はい」


 姉さんが何を言おうとしてるのかがわからない。なんでオレだけじゃなくて零斗の予定まで確認する必要があるんだろ。


「オッケー。それじゃあ一つ提案があるんだけど。零斗君、夏休みの間にあたし達の実家に来ない?」

「「……え? えぇぇえええええええええっっ!!??」」


 オレと零斗の驚きの声が重なった。

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