第76話 悩むくらいなら動く方が良い

〈零斗視点〉


「ほんとよく降るなぁ、雨。今朝の天気予報大嘘だったな」


 放課後、俺は妹の菫と一緒にスーパーに買い物に来ていた。そろそろ家の米が無くなりそうだとかで買い物に付き合って欲しいってお願いされてたからな。

 優しい兄である俺としては可愛い妹の願いを無下にするわけにもいかない。綾乃にも今日は菫と一緒に行ってあげてって言われたしな。

 綾乃……けっこうな本降りだけど大丈夫か? 折りたたみの傘は持ってるようなこと言ってたけど。


「連絡でもしてみるか? いやでも何の用もないのに連絡するのもな。ちゃんと帰れたか? なんて聞くのもおかしな話だし……うーん」

「なにぶつぶつ言ってるの兄さん。怪しい人になってるけど」

「あ、悪い悪い。で、菫は探してたの見つかったのか?」

「場所がわからなかったから店員さんに聞いた。おかげで見つかったよ。兄さんの方は雨降ってる空見て黄昏れてたの?」

「いや、別にそういうわけじゃないんだけどな。ただよく降るなって思ってただけだ」

「そうだね。今朝の天気予報では降水確率は十パーセントだったけど。今頃天気予報士は言い訳を考えるのに必死だろうね」

「ははっ、だろうな。まぁそれはそれとして後は米くらいか?」

「……うん、そうだね。メモしてるのはそれくらい。兄さんは何か必要なものとかある? ついでに買ってもいいけど」

「俺は大丈夫だな。必要なもんは全部あったはずだし」

「なら後はお米を買って帰るだけだね。この雨の中を」

「それが一番大変そうなんだよなぁ。こんな日に父さんが居てくれたら車で楽ちんだったのにな」

「お父さんもお母さんも仕事で忙しいから仕方無い。今週はほとんど帰ってこれないって言ってたし」


 そうなんだよな。ま、あの二人に限っちゃいつものことだが。

 仕方無い。ここのスーパーから家まではそんなに遠いわけじゃないし頑張るか。

 そう思って米の売り場に向こうとしたその時だった。


「ん?」


 スマホが鳴る。着信を告げる音だ。でも俺が出るよりも早く切られてしまった。


「ワンギリって誰だ?」


 スマホの画面を確認すると、そこには綾乃の名前。


「綾乃?」


 綾乃から電話があること自体は珍しいことじゃない。最近は夜に電話してたりするし。

 でもこういう風にワンギリされたのはさすがに初めてだ。

 間違い電話の可能性もあるけど、まぁ一回かけ直しておくか。


「……出ない」


 通話中なわけでもないし、どういうことだ?


「兄さんどうしたの? 電話?」

「あぁいや、綾乃から電話がかかって来たんだが。出ないんだよな」

「? どういうこと?」

「あ、説明が足りなかったか。綾乃から電話がかかってきたんだけど、出る前に切れてな。だからかけ直したんだけど出ないんだよ」

「間違い電話とかじゃないの?」

「いや、違うと思う。そういう時は一応一言メッセージ入れてくるしな。それに今も通話中じゃないし」


 結局綾乃が電話に出ることはなく、返ってきたのは無機質な電子メッセージだけ。

 こっちからメッセージを送っても既読すら着かない。


「…………」


 心配のし過ぎだって言われたらそうなのかもしれない。でもあいつの場合は色々とあるからな。

 もしかして何かあったのか? だとしたらなんで電話に出ないんだ?


「行ってあげたら?」

「え?」

「気になるんでしょ。綾乃さんのこと」

「でも」

「わたしなら大丈夫だから。お米も今日明日の分くらいはあるし」


 本当に行ってしまっていいのか悩む。でも本当はわかってる。悩むってことはそういうことなんだ。行かなきゃ後悔するなら行くほうが良いに決まってる。


「悪い菫! この埋め合わせはちゃんとする!」

「うん。期待しないで待ってる。いってらっしゃい」


 俺はそのままカートの荷物を菫に任せて店を飛び出した。




「……兄さんのバカ」





■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


〈綾乃視点〉


 雨音が室内響く。

 まだ日の落ちる時間帯じゃないとはいえ、雨の日は電気をつけないと部屋が暗くなる。

 真っ暗ってほどじゃないけど。

 あーダメだなー。気分が暗いと暗いとこに居たくなるこの性格。

 どん底まで落ちた気分だ。まぁ全部自分のせいなんだけど。


「……一瞬零斗に電話かけちゃったけど、何言えばいいかわからないし」


 少し前、部屋に戻ってきたオレは半ば無意識に零斗に電話をかけてた。だけどすぐに切った。零斗から折り返しの電話があったけど出る気にはなれなかった。もし出たら、今零斗の声を聞いたら何言うかわからない。確実に泣き言は言うだろうけど。

 でも今回の一件は自分のせいだ。他の誰でもない。オレがオレ自身の中で折り合いをつけられなかったからこそ起きたこと。

 もちろん修兄だって悪くない。修兄はあの時のことを謝りに来てくれただけだ。それを受け入れられなかったのはオレが狭量だったから。

 

「修兄……か。姉さんの前ならそう呼べたのに、今はそう呼べなかったな。修治さんなんて……変な呼び方。でも今はこっちの方が正しいのかな」


 頭の中を色んな考えがグルグル巡る。

 わかってる。修兄が悪くないことは。修兄が正しいことは。

 でも正しいから受け入れられるわけじゃない。あの時修兄に向かって言った言葉だって……嘘じゃない。

 そう。嘘じゃない。あの時出てきた言葉は紛れもなくオレの本心だった。


「……ふぅ」


 修兄のこと、姉さんのこと。そしてハルのこと。

 わかってたことだけど……いつまでも逃げられるわけじゃない。

 だけどオレは……。


「私は……」


 いっそ眠って忘れてしまおうと目を閉じたけど、インターホンの音に阻まれる。


「……誰?」


 姉さんなら勝手に入ってくる……いや、そもそも今は修兄とデート中のはずだから帰ってこないか。だったら荷物かな?

 そういえば姉さんが何か頼んだって言ってた気がするし。


「受け取った方が良いよね」


 居留守を使いたくなる気持ちをグッと堪えてオレはインターホンを確認する。


「はい。」

『あ、良かった。こっちの方はちゃんと出てくれたんだな』

「えっ」


 思いがけない声に驚いてカメラを確認する。

 

「……零斗?」


 オレがその姿を見間違えるはずがない。

 そこには零斗が立っていた。


 

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