第75話 朱音と修治
綾乃と家まで送った修治は、今度は姉である朱音を迎えに行くために車を走らせていた。
「……はぁ、失敗したな」
思い出すのはつい先ほどの綾乃との会話。
『何もわかってないのに、勝手なこと言わないで』
綾乃のその一言は修治にとってあまりにも強烈だった。
修治はわかったつもりでいたわけではなかった。しかし、過去の綾乃のことを知っていたがゆえに自分でも知らず知らずの内にわかったような言い方をしてしまったのだ。
「昔みたいに仲良く……か」
心のどこかでそれを望んでいる自分がいることを修治は否定できなかった。弟である春輝と本当の弟と同じように可愛がっていた綾乃。もし昔のように戻れたらどれだけいいだろうと思っていたからだ。そして綾乃もきっと同じことを考えていると勝手に思い込んでいた。しかしそれは修治の勝手な願望でしかなかった。
綾乃から示されたのは明確な拒絶の意思。修治の奥底にあった甘えを打ち砕く言葉だった。
「早まったのかもな……」
修治は自分の選択を悔いることしかできない。それと同時にバカなことをした自分を殴りたくてしょうがなかった。
「いや、後悔するだけなら後でいくらでもできる。それよりもなんとか謝る方法を考えないとな。結局また朱音に頼ることになりそうだけど」
今回綾乃と話す機会を設けることができたのも朱音の尽力があってこそだった。その結果は散々たるものだったが。
この後どんな顔で朱音に会いに行けばいいのかと、これもまた修治の頭を悩ませる要因になっていた。
そして、そうこうしている内に朱音との待ち合わせ場所である駅へと到着した。朱音は修治の車を見つけると小走りで駆け寄ってくる。
「ふぅ、すごい雨。ありがとねシュウ迎えに来てくれて」
「こんだけ急な雨だったからな。天気予報も当てにならないもんだ」
「そうね。まぁこの時期に折りたたみでも傘を持ってなかったあたしが悪いんだけど」
「ま、降りやすい時期だからな」
「それはそれとして……その様子だとやっぱりダメだった?」
「っ!」
「やっぱりそうだったんだ」
「わかるか?」
「そりゃだってあからさまに落ち込んでる雰囲気だし」
朱音は車に乗ってすぐに修治の様子に気がついた。そして何があったのかということについても。
「何もわかってないのに勝手なこと言うなって。そう言われた。でも一番キツかったのは、前みたいに『修兄』じゃなくて『修治さん』って呼ばれたことだな」
「……ごめんシュウ。あたしが今日なら会えるかもなんて言ったから」
「朱音のせいじゃないだろ。そもそも頼んでたのは俺の方だしな。それに不意打ちってのもやっぱりよく無かったのかもしれない」
「あの、誤解してないでね。綾乃も悪気があったわけじゃないと思うから」
「そんなのわかってる。悪いのはこっちだってこともな」
「シュウは悪くないでしょ。あの時のことは……」
「俺の弟がしでかしたことだ。だったらその責任は兄である俺にだって当然ある。あのバカが直接謝りに来れない、いや来る勇気がない以上は俺が先に謝っとくべきだと思ったんだが。もしかしたらその謝りたいって気持ちすら綾乃にとっては迷惑だったのかもしれないけどな」
「そんなこと……ない、と思う。思いたいけど。でもこのままじゃ良くないでしょ。先生にも最近は安定してるって言われたからもしかしたらって思ったんだけど」
「考えが甘かったな」
「どうするの?」
「もちろんこのままでいいとは思ってない。なんとかしたいとは思ってるけど」
「……綾乃もシュウのことを本気で嫌ってるわけじゃないと思う。ただ自分の気持ちにどう整理をつけていいかわからないだけで」
朱音は綾乃が家で修治のことを『修兄』と、以前の呼び方で呼んでいたことを知っている。だからこそ今日綾乃が『修治さん』と呼んだのには何か理由があるのだろうと思っていた。
「零斗君と会って、もう大丈夫かなって思ったんだけど」
「……その零斗君っていうのは例の?」
「うん。今の綾乃にとって一番大事な人かな。零斗君のおかげで綾乃は前に進めたと思う」
「そうか……そういう人ができたっていうのは少し安心だな」
「だね。ちょっとだけシュウに似てるところも……ないか。零斗君の方が良い男だね」
「おいおい」
「あははっ、冗談だって。シュウにはシュウの良いところがあるから」
「慰めどうも。でもちょっと会ってみたいな。綾乃を変えたっていうその零斗君とやらに」
「きっと気が合うと思うよ。シュウとも、春輝ともね」
「……だといいな」
「ねぇシュウ、綾乃は今家にいるの?」
「あぁ。ちょっと一人になりたいって言ってたな。どうする?」
「……ごめんシュウ、あたしやっぱり綾乃を一人にはしておけない」
「そう言うと思ったよ。わかったそれじゃあこのまま家まで送る」
もし綾乃と修治が上手くいったなら三人で夜ご飯を食べに行くことも考えていた朱音だったが、そうでないならば今の朱音が優先するのは綾乃の方だ。もちろんそれは修治も理解していた。逆の立場であったとしても修治は同じことをしただろう。
「そんな暗い顔するな朱音。きっとなんとかなる。いや、違うな。なんとかしてみせる。なんて言っても大事な恋人の家族とのことだからな」
「……シュウのそういう所、ずるくて嫌い」
そう言って朱音は少しだけ赤くなった頬を隠すようにそっぽを向いた。
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