第73話 雨の日の再会
ある日の放課後。
帰宅しようとしていた綾乃は下駄箱のところで雨模様の空を見上げて困った顔をしている女生徒を見つけた。
(確か彼女は一年生の……なるほど)
すぐに状況を察した綾乃はその女性徒に自分の持っていた傘を差しだした。
「どうぞ、この傘使ってください」
「遠距離? って、桜小路会長!? えっと、その、どうしてここに」
「どうしてと言われましても。私もちょうど帰ろうとしていたところだったので。それより傘が無くて困ってるんですよね。使ってください」
「そうなんですけど……どうしてわかったんですか?」
「今日の雨は急でしたから。天気予報では晴れでしたし。アルバイトに遅れそうなんですよね」
「っ! どうしてそんなことまで知ってるんですか?」
「生徒会長ですから。あなたのアルバイト申請に許可の判子を押したのは私ですし。仕事に遅れてしまうのはよくないですからね。遠慮せずに使ってください」
綾乃がそう言うと、女生徒は申し訳なさそうな顔をしながらおずおずと綾乃の傘を受け取った。
「あの、本当にありがとうございます! でも、本当にいいんですか?」
「はい、大丈夫ですよ。ちゃんと他にも傘を持っていますから」
綾乃は申し訳なさそうな顔をする女生徒を安心させるように笑顔を浮かべて言う。するとその女生徒はようやく安心したのか、もう一度深々と頭を下げて走り去って行く。その姿を見送った綾乃は小さく息を吐いた。
「さてと、どうしましょうか」
今度は綾乃が空を見上げて困る番だった。
女生徒に言った「傘を持っている」というのは安心させるための嘘だったのだ。
持っていたのが唯一の傘で、それ以外の傘など持ってはいなかった。
「しばらく雨止みそうにありませんし、とりあえず一度中に戻りましょうか。一応姉さんに連絡だけしておきましょうか」
朱音にメッセージを送った綾乃は校舎の中へと戻って生徒会室へと向かう。校舎の中にも人影は少ない。放課後だから当然と言えば当然なのだが、雨という天気も相まっていつも以上に静かさを感じさせた。
零斗も更紗もいずみもこの場にはいない。それぞれ用事があるからと今日はすでに帰ってしまっている。綾乃だけは先生から頼まれた用事のために少しだけ残っていたのだ。
「まぁ生徒会室に行っても誰もいないんですけどね」
だが綾乃にとって生徒会室はこの学園の中において一番落ち着ける場所でもあった。
生徒会室に着いた綾乃は紅茶を淹れてから自分の椅子に座る。
「んー……はぁ。零斗、今頃何してるのかな」
思いっきり背伸びしてリラックスする綾乃。窓の外を見上げても見えるのは雨空だけ。重苦しさすら感じさせる灰色の空は、しばらく雨が止まないことを綾乃に告げていた。
「このまま待っててもしょうがないんだけど。どうしよっかな。この雨の中走って帰るのはさすがに嫌だし。あ、そうだ購買に傘余ってないかな?」
こんな時のために購買ではコンビニと同じようにビニール傘が売っている。そのことを思い出した綾乃は杏子にメッセージを送ってビニール傘が残っているかどうかを聞いた。
その返信はすぐに来たのだが、しかし――。
『ごめん、ビニール傘はもう全部売り切れちゃった!』
謝罪のスタンプと一緒にそう送られてきた。
半ば予想していた答えではあったが落胆は隠せない。
「まぁでもそうだよね。もし残ってるならさっきの子だって買ってるだろうし。でもそうなると本格的に困ったな。うーん、いよいよとなったら走って帰るんだけど」
そんなことを考えていたら、綾乃のスマホがピコンと鳴る。それは先ほど送った朱音からのメッセージだった。
『ごめん、今日はまだ仕事中だから迎えに行けない。でも代わりを送ったから、後二十分くらいで着くと思う』
「……代わり? 代わりって誰のことだろ」
一切思い当たる節の無かった綾乃だったが、迎えが来ると言うならラッキーだと深く考えはしなかった。
朱音の告げた二十分という時間はテスト勉強をしているだけであっという間に過ぎ去った。そして二十分が過ぎた頃、再び朱音から連絡が入る。
『もう着いたって』
結局誰が迎えに来ているのかということは教えてくれなかったが、綾乃は鞄を持って生徒会室を出る。
そして下駄箱まで向かう途中で部活であろう女生徒達の会話が耳に入ってきた。
「ねぇねぇさっきの人見た? ちょーカッコよくない?」
「見た見た! マジやばかったよね。こっちの方見てニコって笑ってくれてさ。芸能人かと思っちゃった。誰かのお兄さんかな?」
「声かけてみればよかったー。今からでも行ってみようかな?」
「バカ。気持ちはわかるけどもう戻らないと先生に怒られるってば」
「えー、ちょっとくらいよくない?」
そんな会話をしながら去っていく女生徒達。
その会話を聞いた綾乃はなぜか嫌な予感がするのを抑えられなかった。
「まさか……ね」
気持ち早足になりながら、下駄箱に向かう綾乃。
下駄箱にたどり着いた綾乃は、外の柱にもたれかかる男性の姿を見つけた。
「っ!」
思わず心臓が跳ねる。
時計を確認しながら誰かのことを待つその男性に綾乃は見覚えがあったのだ。
そして綾乃がその人を見つけるとほぼ同時。男性の方も綾乃のことを見つけて笑顔を向けて来る。
「よ、久しぶり」
「……修に――修治さん」
その男性の名は黒井修治。姉である朱音の幼なじみにして恋人でもある人だった。
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