第72話 始まる前に終わる恋もある

〈モブ少年A視点〉


「はぁ、今日も疲れたー。ねぇ綾乃ー、頭撫でてー」

「はいはい、お疲れ様」

「ふふ、今日は更紗ちゃんたくさん当てられてたもんね」


 授業が全部終わった放課後、残った日直の仕事を片付けてるとそんな会話が聞こえて来た。そこに居たのは桜小路さんと、藤原さんと、秋本さんの三人。

 綺麗な人や可愛い人が多いって言われてるうちのクラスの中で抜きん出て容姿の目立ってる三人だ。

 ギャルっぽい藤原さんに、おっとりしてる秋本さん。桜小路さんとすごく仲が良いみたいだ。いつも一緒にいるし。

 うーん、でも美少女が絡んでるのは絵になるなぁ。三次元には興味無いと思ってたんだけど。

 今は授業も終わって放課後だ。教室内僕は日直の仕事が残ってるから教室に居たんだけど。あの三人が残ってるの珍しいな。

 桜小路さんなんかは生徒会の仕事があるから早くに教室を出て行くことが多いんだけど。今日は休みなのかもしれない。

 話してるだけで絵になる三人だ。さすが学年美少女ランキングに名を連ねてるだけはある。まぁあれは新聞部の人が勝手に作ってるだけなんだけどさ。

 明るくて快活な藤原さんはまさに陽キャって感じだし、秋本さんはおっとりした文学少女って感じなんだけど……何より目を引くのはあの胸だ。もうびっくりするくらいの巨乳。ジロジロ見るのは失礼だってわかってるけど思わず見てしまうくらいには。

 だけど僕は他の二人よりも、桜小路さんの方に目を奪われていた。

 藤原さんの頭を優しく撫でるその姿はまさしく聖女。後光が差してるような気すらする。

 ……突然だけど僕には好きな人がいる。

 それは誰かと言えば、たぶんもうお察しの通りだ。この学園なら誰もが知ってる有名人こと桜小路綾乃さんだ。

 まぁこの学園で彼女のことを好きな人なんて僕以外にもいるから珍しくもないだろうけど。

 長く伸びた黒髪はとても艶やかだし、スラッとした肢体はその指の先まで綺麗だ。そして何よりめちゃくちゃ美人だ。初めて見たときは思わず二度見、いや三度見、四度見くらいしちゃったし。個人的にはモデルや女優なんて目じゃないと思ってしまうくらい。

 まさに神様に選ばれた造形……なんて言い方すると僕は何目線なんだって感じだけど。でもそれくらい衝撃的だった。

 もしかしたら初めて会った時には一目惚れしてたかもしれない。でも決定的に彼女のことを好きだって自覚したのは声をかけられた時だ。


『この本、有明君の本ですよね?』


 一年生の時、僕の桜小路さんは同じクラスだった。

 ある日の移動教室の時、授業が退屈だった僕は真面目に授業を受けるフリをして持ち込んだ漫画を読んでいた。だけど先生に見つかりそうになって、思わず机の中に隠したのを忘れてたのだ。だけど桜小路さんはその本を見つけて僕に届けてくれた。


『いくら授業が面白くないからって、こういうのはよくありませんよ』

『ご、ごめんなさい! えっと……』

『見つかったら大変なことになりますからね。気をつけてください。まぁ私もこの作品は好きですけど』

『え、知ってるの?!』

『はい。今度アニメ化もする作品ですよね。私、この作者さんの前作の頃からずっと好きなんです。だから今回のアニメ化もすごく嬉しくて……あ、ごめんなさい。私ったらつい』


 正直意外だった。だって桜小路さんはそういうのに興味がない人だと思ってたから。だけど僕の目の前で恥ずかしそうに赤面してる彼女は紛れもなく僕と同じなんだってことを感じた。その時に僕は心臓が高鳴るのを感じた。好きだって気持ちを自覚した。

 安易かもしれないけど、でも僕の気持ちは本物だった。


「まぁだからって付き合えるとか思ってるわけじゃないけど」


 桜小路さんのことが好きな気持ちは本物だ。だけどだからって告白しようとか思ってるわけじゃない。サッカー部のエースの人に告白されても断ったって話だしね。

 そもそも彼女が誰かと付き合ってる姿が想像できない。でも、好きな人とかいたりするのかな?

 二年生になっても僕は奇跡的に桜小路さんと同じクラスだった。もうそれだけで今年の運を全部使ったんじゃないかって思ったくらいだ。

 今年こそは頑張って話しかけて、あのアニメの話なんかをして。桜小路さんが好きだって言ってたあの作品、今ちょうど映画やってたりするし。誘ったらワンチャン行けたりしないかな? そうやって少しずつ仲を深めていったらゆくゆくは……なんて。ちょっと都合が良すぎるか。

 

「マジ癒やされるー。綾乃って撫でるの超上手いよね」

「褒めてくれてありがとう。ところで更紗、ちゃんと勉強してるの? もうそろそろ期末試験が始まるけど」

「うっ……」

「もう、やっぱり勉強してないの?」

「いやぁ、そんなことはぁ、ないです……ヨ?」

「声が上擦ってる。目を逸らしてる」

「ごめんなさいしてないですぅ」

「だと思った。ある程度は教えてあげるけど。今回は範囲も広いからある程度は自分でしないとダメだよ」

「ありがと綾乃ぉ。マジ助かる。ちな勉強はちゃんとするつもりだからさ。夏休み補習で潰したくないし」

「ふふ、久瀬君とデートしなきゃだもんね」

「ちゃんと仲直りできて良かったね、更紗ちゃん」


 聞いちゃいけないと思いつつもつい聞き耳を立ててしまう。クラスに残ってる人が少ないから嫌でも聞こえるっていうのもあるんだけど。

 話を聞く限り、藤原さんが彼氏と喧嘩してたらしい。というか藤原さん彼氏いたのか……ちょっとショックだ。まぁそりゃいるか。あれだけ美人なんだし。って僕は桜小路さん一筋だから!


「ってかさ、今日は生徒会休みなの? いつもならもう行ってんじゃん」

「今日はお休みだよ。ちょっと早めだけど、テスト期間も近いからしばらくはお休みにしたの。今の所急ぎのお仕事もないし」

「そっかそっか。それで? 今日は白峰君とおでかけ?」


 ニヤニヤとからかうような顔で言う藤原さん。

 僕は思わず日誌を書く手を止めて三人の会話に耳を傾けてしまう。

 白峰君って、同じ生徒会の……。

 白峰零斗。僕と同じクラスで生徒会副会長だ。僕なんかにも挨拶してくれるような良い人なのは知ってる。だけどあんまり話したことは無い。陽キャの水沢君と仲が良いっていうのは知ってるんだけど。

 え? 桜小路さんと白峰君って……え?


「うん。零斗が映画のチケット取ってくれてね。私が見たいって言ってたあの映画」

「あー、なんだっけ。『不倒の拳』とか言うバトル漫画の奴だよね。弟が読んでた気がする」

「今すごく人気だもんね。わたしは読んだことないけど。綾乃ちゃんがオススメだって言うなら今度読んでみようかな」

「それなら貸してあげる。今度いずみの家に持っていくね」


 『不倒の拳』。まさに僕が桜小路さんを誘いたいと思ってた……。

 僕の頭が真っ白になりかけたその時だった。教室の扉が開いて白峰君が戻ってくる。


「悪い綾乃待たせた。職員室に行ったら先生に色々頼まれてな」

「ううん、大丈夫。それじゃあ二人ともまた明日ね」

「うん、じゃあねー」

「また明日」


 桜小路さんは鞄を持って教室を出て行く。白峰君と一緒に。その横顔がとても嬉しそうで、楽しそうで……僕は一瞬で理解してしまった。


「それじゃあいずみ、あたし達もカフェに寄って……って、あー……」

「どうしたの?」

「うーん、ごめんいずみちょっと先に行ってて。すぐ行くからさ」

「? うん、わかった」


 呆然としている僕の元に藤原さんが近づいてくる。


「えっと、有明君だったよね。もしかしてさっきの話聞いてた感じ?」

「あ、その……ごめん」

「いや別にいいんだけどさ。こっちも気にして話してたわけじゃないし。ってことはたぶんわかっちゃった感じだよね。まぁ綾乃達も別に隠してるわけじゃないみたいだけど」

「ってことはあの二人ってやっぱり……」

「うん、付き合ってるよ。ちょっと前からだけど。ま、あたしから言えるのはあんまり引きずらないようにね。こういうのってしょうがないことだし。ドンマイ!」


 そんな励ましの言葉を残して藤原さんは教室を出て行く。

 まともに話したのは初めてだったけど、優しいんだな藤原さんって。

 でも、ショックはショックだけど心のどこかでは納得している自分もいた。だって僕は何もしなかったから。桜小路さんに告白したわけじゃなければ、自分から話しかけにいくようなことだってしてない。そんな僕が二人が付き合ってることにとやかく言えるはずがない。


「情けないなぁ、僕」


 こうして僕の恋は始まる前に終わりを告げたのだった。

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