第70話 生徒会の活動録 ~Gの騒乱~

 その悪魔はどこにでもいる。そして、人間が油断したその瞬間を見計らってその姿を現し阿鼻叫喚の地獄絵図を生み出すのだ。

 そして今日、その悪魔は生徒会室の紅茶や食器などがしまってある棚に潜んでいた。

 最初に気づいたのは紅茶を淹れるために棚に近づいたかげりだった。棚を開き、紅茶を取り出したその瞬間目の端に何かが動いたのを捉える。

 その瞬間に背筋に走る悪寒。かげりは自身の表情が強張るのを感じながらもその何かへと顔を向けた。


「……ん? きゃぁああああああっっ!!」

「どうした!!」

「どうしたんですか月凍先輩!」


 かげりの悲鳴を聞いた二人が慌てて駆け寄る。しかしそこにいた悪魔――黒光りするGを見た二人はかげりと同じように表情を凍らせる。


「ゴ、ゴキ、ゴキ~~~っ」

「ダメです月凍先輩、その名前は禁句です!」


 耳を塞ぐ蘭。

 そこに居たのは多くの人間にとって嫌悪の対象であり、一度出現すればその場に阿鼻叫喚の地獄絵図を生む存在、ゴキブリだった。

 紅茶の置いてある棚からコンニチハしているゴキブリにその場にいた三人は縫い付けられたように動けなくなる。

 見ていたくない。しかし目を離してどこに行ったかわからなくなるのはもっと怖い。そんな心理だった。


「なんとかしてください上丈先輩!」

「なんとかして彰人ぉ!」

「お、おおおお、落ち着け二人とも。この生物は昆虫網ゴキブリ目の内シロアリ以外のものの総称のことで――」

「ダメです! 上丈先輩完全に意識が別の場所に飛んでます!」

「あぁもうそんなどっかで調べたような情報どうでもいいからなんとかしてよこの役立たず! ガリ勉! 意気地無し!」


 散々な言われようだが、幸か不幸か意識が飛んでいる彰人には届いてはいなかった。

 しかしそうしている間にもゴキブリは移動し、少しずつ二人に近づいてくる。


「ひぃっ!? せ、先輩! この部屋って殺虫剤とか置いてないんですかぁ!?」

「ど、どこかにはあるかもしれないけどどこかわからないよ! って飛んできたぁ!」


 彰人を置き去りにして逃げる二人。しかし、ゴキブリは部屋の中を縦横無尽に動き回り、時には滑空し、二人の逃げ場を奪っていく。


「な、なんであんなのがこの部屋にいるんですかぁ!」

「そんなの私に聞かれても知らないって! あぁもうどうしよ! 外に出たいけど荷物は向こうだし」


 天井に止まるゴキブリはじりじりと二人に寄ってくる。そして――。


「「飛んで来たぁ!?」」


 万事休す。全てを諦めてギュッと強く目を瞑る二人。その時だった。


「何騒いでるんだよお前ら」


 スパンッ! と小気味の良い音と共に振り降ろされた新聞紙が二人に迫っていたゴキブリを撃ち落とす。


「「白峰先輩(くん)!?」」


 零斗は床に落ちたゴキブリを手早く処理すると袋に包んでゴミ箱の中へ捨てる。


「これでだいじょ――ってうぉっ!?」

「うわぁああああん、怖かったよ白峰くん!」

「~~~~~~っっ!!」

「お、落ち着け二人とも!」


 ゴキブリの恐怖から解放された二人が零斗に抱きつく。がっしりしがみついて離れない二人を無理に引き離すわけにもいかずに戸惑う。

 どうしたものかと困っていると、その背後から近づく人影。


「何をしているんですか零斗」

「っ?!」


 穏やかな声音。しかしそこに含まれる氷のような感情に零斗は気づいていた。


「あ、綾乃……」

「二人に抱きつかれて……まぁ良いご身分ですね零斗。羨ましいことこの上ないですね零斗。嬉しいですか零斗? 嬉しいですよねれ・い・と」

「落ち着け綾乃。故意じゃない。二人も動揺してただけで」

「ふんっ、知りません」


 零斗が女子二人に抱きつかれている状況に思わず嫉妬してしまった綾乃はぷいっとそっぽを向く。

 

「あー……えーと、とりあえず二人とも離れてくれるか? このままだと動けないんだが」

「っ! ご、ごめんね白峰君! 私ったらつい勢い余っちゃって」

「はっ!? わ、私はいったい何を……ってなんで白峰先輩がこんなに近いんですか! 離れてください!」

「ごふっ! り、理不尽……」

「えっと、大丈夫白峰君。ごめんね?」

「だ、大丈夫だ」

「でもありがとね。おかげで助かっちゃった。カッコよかったよ♪」

「あぁ、ありがとう。まぁでも慣れてるからな。家に出た時は俺が処理することになってるし」


 昔から菫と二人でいることが多かった零斗は、家にゴキブリが出た時に処理するのが役割となっていた。もちろんだからといって嫌悪感が無いわけではないが、それでも普通に処理することくらいはできた。


「それに比べてあの男は……」

「上丈……どうしたんだあいつ、完全に固まってるぞ」

「Gにビビり倒してたの。ホント、男のくせに情けない」

「まぁ男でも苦手なもんは苦手だろ。俺だって最初から平気だったわけじゃないしな。おーい、上丈。大丈夫か?」

「……はっ!? し、白峰か。そ、そうだ! あいつは、あいつはどこへ言ったんだ! あの黒光りする生命体は!」

「ゴキブリな。もう大丈夫だぞ」

「そ、そうか……良かった。いや、オレも別に平気ではあったんだぞ。嘘じゃない」

「はいはい」

「流すな!」


 零斗と彰人がそんな会話を繰り広げている一方で、蘭はゴキブリの恐怖から解放され、ここぞとばかりに綾乃に甘えていた。


「あぁーん、お姉さま! 怖かったです!」

「そうですね。いきなり出てこられたらびっくりしますから。でもこれからの季節、どうしても出てきてしまいますし……何か対処法を考えておいた方が良いかもしれませんね。私もできれば会いたくはありませんし」

「もし今度出てきた時は私がお姉さまを守ります!」

「ふふ、それは頼もしいですね。さて、それじゃあ今日集まれる人はみんな揃いましたし、そろそろ始めましょうか」

「あれ、もう始めるんですか? 他の二人は?」

「今日は家の用事があったそうで。後で私の方から今日の内容については連絡しておきます」


 生徒会には今この場にいる五人に加えて後二名のメンバーがいる。その二人も綾乃達と同じ二年生だった。


「そうなんですね。あ、それじゃあ私今度こそ紅茶淹れてきます!」

「ありがとうございます月凍さん。えっと、高原さん? 怖かったのはわかりましたからそろそろ離れていただけると」

「はいお姉さま!!」


 しばらく抱きついたことで綾乃の匂いや体温を十二分に堪能した蘭は目を輝かせながら言う。

 

「今日は杏子さんのところでいただいてきたお茶菓子もありますから。早く終わらせてお茶会にしましょう」


 そんな綾乃の言葉に頷く四人。

 これが愛ヶ咲学園高等部生徒会の、ある日の一コマだった。

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