第68話 仲直りのきっかけ
ゴクリと喉が鳴る。
しっかりと空調の効いた生徒会室の中、暑さなど感じるはずもないのに零斗の背中は汗でじんわりと濡れていた。
「えっと、あー、それはだな……」
アダルト本所持の有無。その答えによっては大変なことになると、そう零斗の本能は訴えていた。
(くそ迂闊だった! なんて答えるべきだ? あんまり悩んでる時間もない。それに中途半端な嘘は無しだ。綾乃は確実に見抜いてくる。そういう鋭さは持ってる。仕方無い、ここは――)
「中学の頃にクラスメイトに押しつけられた奴とかいくつか持ってたこともあったけど、今はもう持ってないな。それに昔はともかく最近はそういう本自体読んでないし」
零斗の言葉は嘘では無い。中学生の頃、家には持って帰れないからとクラスメイトが拾ってきたエロ本を押しつけられたことがあったのだ。あくまで自分で買ったわけではなく押しつけられた。そして今は読んでいないと言う誤魔化しの答え。苦し紛れではあったが、零斗が思いついたのはそんな咄嗟の答えだけだった。
「や、やっぱり白峰君も読んだことはあるんだね」
「まぁそりゃそっかぁ。白峰君も男の子だもんね」
「…………」
「ま、まぁな。でもその、綾乃と付き合いだしてからは読んでないぞ」
「そうなの?」
「あ、当たり前だろ」
「やっぱりそうだよねぇ。彼女がいるのにエッチな本読むとかあり得ないよね!」
嘘と本当を混ぜた言葉。誤魔化せるかどうかヒヤヒヤしていた零斗だったが、更紗は零斗の言葉を信じたようであり得ないと息巻いていた。
綾乃からはまだ疑うような目を向けられていたが、それでも一応は納得してくれたのかそれ以上追求されるようなことは無かった。
(な、なんとか第一関門は突破できたか? 久瀬に言われて軽く受けた話だったけど、まさか俺まで冷や汗かくことになるなんてな。でもこっからも気をつけないとな。下手なこと言うと地雷を踏みかねない)
この場の会話の流れ次第では零斗自身にも矛先が向きかねない。そのことを悟った零斗は軽く考えていた自身の気持ちを引き締める。
「えっと、そういうことを聞くってことはつまり久瀬がそういう本を持ってたってことか?」
「そうなの! 酷いと思わない? あたしがいるのにエッチな本読むなんてそれもう浮気と同じでしょ!」
「浮気って……」
そこまで言うほどのことかと思った零斗だったが、否定するのは悪手だ。かと言って素直に頷くわけにもいかない。ここで零斗が話を認めてしまえばそれで話が終わってしまいかねないからだ。
大事なのは更紗と透が話し合うきっかけを作ることなのだ。
(綾乃は……いったん置いておくとして、藤原さんと秋本さんはまだ話を聞いてくれる余地がありそうだ。特に藤原さんのあの感じ、口では久瀬に対して怒ってる感じだが内心はもうそこまでって気がする。ただ単純に振り上げた手を下ろせないってとこか。だから俺がきっかけを与えることができればなんとかなりそうだ)
更紗が欲しがっているのは仲直りのきっかけなのだということを零斗は見抜いていた。
(ようは可能性を与えてやればいいわけだ。あの本が久瀬のものじゃないかもしれないって可能性を。というか俺は久瀬本人から話を聞いてそのことを知ってるわけだしな。でも直接聞いたって言っても庇ってる思われるだけだろうし、言葉選びには気をつけないと)
「まぁ浮気になるかどうかは置いといて――」
「浮気でしょ」
「あ、綾乃?」
「彼女がいるのにそんな本を持ってるとか、それもう完全に浮気じゃないですか。だって彼女がいるのに他の女性に目移りしてるってことなんですから」
だが、そう簡単に話が進みそうにないのは綾乃の存在だった。なぜか異様なまでに敵意を燃やしている綾乃。それが零斗にとって最大の障害となっていた。
(なるほど。綾乃が定期的に燃料を投下して藤原さんの怒りの炎を燃やし続けてるってわけか。でもなんでだ? むしろ綾乃は理解がある方なんじゃないかって思ったりもしてたんだが)
まさか綾乃がアダルト本に敵意を燃やす理由が自分にあるとは思いもしない零斗。だがこの場において綾乃が協力してくれないというのは非常に厄介だった。
静かに睨み合う二人。だがここで零斗に思いも寄らぬ助け船が入る。
「で、でも綾乃ちゃん。せっかく白峰君もいるんだし、ここはちゃんと白峰君の意見を聞かないと」
「いずみ……まぁ、それもそうですね。では男子代表としての言い分をどうぞ」
「男子代表って、そこまで背負うつもりは無いんだけどな」
向かいに座るいずみと目が合う。いずみは小さく頷いて零斗のことを鼓舞するようにグッと手を握った。この場においてのまさかの援軍だった。
(秋本さんも早く久瀬と仲直りして欲しいってことか。でも話をする機会をくれたのはかなり助かったな。綾乃も秋本さんに対しては強く言えないみたいだし。意外な力関係というか)
「ごほんっ、まぁ確かに高校生の男子なら読んだこと無いって奴は少ないだろうな。彼女持ちの奴も含めて、それとこれは別って奴も多いだろうし。久瀬がそうだっていうわけじゃないけどな。ちなみになんだけど、その本ってホントに久瀬の本なのか?」
「それは間違いないかな。透の部屋でこの本と一緒にレシートを見つけたし。ほらこれ」
「……なるほど。こんなの持ってるなら久瀬が買ったのは間違いないんだろうけど。でもそれと久瀬の本だってのはイコールにはならないだろ」
「? どういうこと? 透が買ったんだから透の本でしょ」
「いやいやそうとも限らないぞ。自分じゃ買えないから誰かに頼んで買うなんてよくあることだろうし。今回は物が物だからな。自分買うのが恥ずかしかった奴が久瀬に頼んだなんてこともあるんじゃないか?」
「それは……」
「まぁ俺はそこまで久瀬のことに詳しいわけじゃないからないからあくまで可能性ってだけなんだけどな」
「でもそれは希望的観測過ぎると思いますけど。状況証拠は揃ってるわけですし」
「状況証拠だけで黒だって決めつけられたらたまったもんじゃないだろ。ちゃんと久瀬から話は聞いたのか?」
「それは聞いてない……けど……」
「だったら一回話してみるのもありだと思うぞ。そしたらわかることもあるかもしれないしな」
「あたし……」
更紗は零斗の話を聞いてしばらく考え込むと突然立ち上がった。
「ごめんみんな、あたしちょっと用事思い出したかも!」
「あ、ちょっと更紗ちゃん荷物! あ、えっと、その、わたしも行くね。白峰君、ありがとう!」
そう言うと更紗は駆け足で生徒会室を出て行ってしまう。いずみは更紗が置いて行ってしまった荷物を纏めるとそのまま後を追いかけていってしまった。
そうして生徒会室に残されるのは零斗と綾乃の二人だけ。アダルト本も置かれたままだった。
「ふぅ、なんとか一段落か」
「私はまだ納得してないけど。でも、もしかしなくても零斗、久瀬君から話を聞いたでしょ」
「なんでわかったんだ?」
「なんとなくそんな気がしただけ。でもやっぱりそうなんだ」
「あぁ、今朝な。っていうかそれがわかってるなら邪魔しないでくれよ」
「だから言ったでしょ。私も納得してるわけじゃないって。まぁ更紗の問題だし私が口を突っ込むことでもないんだけど。更紗が納得できるならそれでいいし。とりあえずこの本はしっかり焼却炉の燃やすけど」
「なんでそんなに敵意マシマシなんだよ……」
「私もちょっと思う所があっただけ。ちなみにだけど、零斗はホントに持ってないんだよね?」
「……おう」
「菫さんに連絡して探してもらおうかな」
「それは止めろ! 持ってない、持ってないから!」
「ふぅん」
「まぁ持ってないんだが。もし持ってたとしたらどうなるんだ?」
「……ふふっ♪」
ニコッと見惚れるような笑みを浮かべる綾乃。しかし今の零斗にはその笑顔が恐ろしくて仕方無かった。
(とりあえず……家に帰ったら本は処分するしかねぇか……さらば俺の思い出達)
泣く泣くそう決断する零斗であった。
ちなみにその後、更紗と透は無事に仲直りを果たし、更紗の弟が地獄を見ることになったのだが……それはまた別の話である。
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