第67話 昼休みの攻防
昼休み。零斗はまさに針のむしろに座る思いで生徒会室にいた。
理由は単純、同じ部屋にいる三人の少女。綾乃、更紗、いずみの存在だ。
そもそもなぜ零斗がこの三人と一緒に昼ご飯を食べることになったのか。それは昼休みの最初にまで遡る。
零斗はここ最近、昼食は綾乃と一緒に食べるようになっていた。と言っても毎日ではない。ペースとしてはだいたい二日に一度。綾乃が友人達とご飯食べない時に限ってだった。
それでも最近は二人が付き合っていることを知っている更紗やいずみが気を遣って二人を一緒にしていたため、ほとんど毎日一緒に昼ご飯を食べているのだが。
学校内で二人だけで落ち着いて話せる時間でもあるため、零斗はその時に透のことを綾乃に相談しようと思っていた。しかし今日に限っては事情が違った。
いつものように綾乃に声をかけたらなんとその場に一緒にいた更紗といずみが一緒についてくることになってしまったのだ。
これは零斗にとって予定外のことだった。透のことを相談したいのに、その悩みの張本人である更紗がいる前でそれを口にできるはずがない。
透のことを考えれば早期に解決した方が良いだろうと思っていた零斗にとってそこまで引き延ばすのは望ましいことでは無かった。
そもそも零斗の考えでは昼休みに相談して、その後の放課後で更紗と透の二人に話し合いの場を設けてもらうという計画だったのだから。
(こういう問題は時間を空ければ空けるほどこじれる。だから早くとっかかりだけでも作りたかったんだけどなぁ。この状況じゃ話せないだろさすがに)
零斗もさすがに更紗のいる状況で透の話題を出すことがタブーであることくらいはわかっている。それはまさしく自ら地雷原に足を踏み入れるようなもの。零斗はそこまで愚かでは無かった。
(でもここを逃したら次のチャンスは放課後しかない。でもそんな悠長なことしてたら二人を引き合わせるのも難しくなりそうだしな。仕方無い、それとなく、ほんとにそれとなく話題にしてみるか)
平静を装いながら綾乃達と談笑していた零斗は、更紗に声をかけるタイミングを計る。もしここで判断を誤ればこの場は一気に地獄の空気となる。それがわかっているからこそ零斗は慎重だった。
「そういえば――」
話題が一つ終わったタイミング。和やかな空気が流れるその時を狙って零斗はさもなにも知りませんという顔で口を開く。
「今日は久瀬と一緒に昼ご飯食べないんだな。いつも一緒に食べてなかったか?」
一か八かの賭け。透の名前を出す危険性は承知していたが、それでもこのままではいつまで経ってもその話題に持っていけないと思ったからこその判断。あくまで自分は何も知りませんという顔をすることでリスクを少しでも抑えようとしていた。
これでもし更紗が難色を示すようであればそこまでだった。だが、更紗の反応は零斗の思っていたものとは少し違っていた。
「あ、そうそう。ちょっと今朝喧嘩しちゃってさ。それで今日一緒にお昼ご飯ってのはちょっと気まずいなって思って」
「喧嘩。そうだったのか。ごめん、事情知らなくて」
思ったよりも軽い返しに肩透かしをくらう零斗。今朝の透の話を聞く限り怒り心頭の状態だと思っていたのだ。
(なんか思ったよりも怒ってない……のか? これだったら普通に原因とかまで踏み込んでも大丈夫かもな)
希望が見えてきたかもしれないと思った零斗はそのまま話を続けることにした。
「えっと、ちなみにどういう理由で喧嘩したんだ? あ、別に言いたくなかったら言わなくてもいいんだけど」
「んー、えっとそのことなんだけど」
「ちょうど私達も零斗に聞きたいことがあったんです」
「俺に聞きたいこと?」
まさかの言葉に零度は面食らう。そしてなぜだろうか、零斗はこの瞬間嫌な予感が全身を突き抜けるのを感じていた。
そしてすぐにその理由に気づく。
(綾乃が生徒会長モードで話してる? いや、藤原さん達がいる状況だと表の綾乃でいるけど、それでもいつもはもう少し砕けて話してると思ったんだが)
「……俺で答えられることならいいんだけどな。言っとくけど俺はそんなに相談事とか得意じゃないぞ?」
「それは大丈夫。ちょっと男子の一般意見っていうのを聞きたかっただけだからさ。ちなみになんだけど、白峰君ってエッチな本をとか読んだことある?」
「ぶっ!? ゲホッ、ゲホッ!! い、いきなり何言い出してるんだよ!」
「れ、零斗大丈夫!?」
まさか更紗からその話を振られると思わなかった零斗は思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになってむせる。
隣に座っていた綾乃が零斗の背中をさすり、なんとか落ち着いた零斗は頭の中で質問の意図を考える。
(この質問、久瀬のことが理由なのはまず間違いないんだけど。なんて答えるのが正解だ? 藤原さんだけじゃなく、綾乃も秋本さんもいるのに)
零斗が読んだことがあるか無いかで言えば、もちろんある。だがそれを素直に口にするのは憚られた。
「えっと……まぁその質問に関して言うなら、普通の健全な高校生男子なら読んだことくらいあるんじゃないのか?」
はっきり自分は読んだことがあるとは言わない玉虫色の答え。だがその返答はほとんど肯定しているも同じだった。
「ふーん、やっぱりそういうものなんだ。じゃあさ、白峰君はエッチな本持ってたりする?」
「それは――っ!」
「…………」
答えようとした零斗はその瞬間に気づく。隣に座る綾乃が真剣な表情で零斗のことを見ていることに。
(待て俺。普通に答えて大丈夫なのか?)
三人の視線が零斗に突き刺さる。零斗は自分の思い違いを理解した。
(あぁクソ。俺は馬鹿だった。この生徒会室に来た段階でもうすでに俺は地雷原に足を踏み入れてたってわけか!)
決して間違えることのできない戦いが始まっていた。
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