第66話 久瀬透の事情

〈零斗視点〉


 久瀬に連れられてやってきたのは人通りの少ない渡り廊下だった。

 なんでも人目のあるところでは話しづらい内容だとかで。まぁそんなこと言われる時点であんまり良い予感はしないんだが。


「えっと、それで藤原さんのことで相談があるんだったか? どういうことなんだ?」

「その……実はな、情けない話なんだが更紗と喧嘩してしまったんだ」

「藤原さんと?」


 それはなんていうか意外だな。綾乃の話を聞いてる限りは喧嘩したなんてことは聞いたこと無かったし。いや、そりゃ付き合ってたら喧嘩の一つや二つくらい、俺達が知らないだけでしてるのかもしれないけど。

 でもわざわざ俺なんかに相談するってことはよっぽどな内容の喧嘩だったのか?


「まぁ喧嘩と言っても実際には更紗に一方的に怒られただけなんだが。だがその怒る理由を俺が作ってしまったのもまた事実だ」

「その理由っていうのは?」

「……はぁ、十八禁本、端的に言うならエロ本だな」

「エ、エロ本!?」


 若干言い難そうにしてたから何かと思ったらエロ本?

 エロ本が原因で喧嘩するってどういうことだ?


「俺の買ったエロ本が更紗に見つかってしまったんだ。まぁ不用心に机の上に放置してた俺も悪かったんだが。普段本なんて読まない俺が本を買ったことを疑問に思ったらしくてな。机の上に置いてあった本屋の袋を見られて見つかったわけだ」

「えっと……それが原因で藤原さんが怒ってるのか?」

「あぁ。元から更紗にはそういう本もビデオも見ないようにと厳命されていたからな」

「へぇ、そうだったのか」


 これもまた意外な話だ。俺の勝手なイメージだけど、藤原さんはそういうのあんまり気にしないタイプだと思ってたんだが。でもまぁ確かに嫌な人はいるって聞くしな。藤原さんもそのタイプだったってことか。


「ともかく、それが見つかって更紗がえらく怒ってしまってな。俺の弁明を聞いてくれることもなく一方的にまくし立てて出て行ってしまったわけだ。その後何度かメッセージを送ったんだが、既読すらつかない始末でな。困り果てていたわけだ。昔からの経験上、あいつは一度怒ると長いからな。しかも今回は俺が約束を破ったことが原因だ。あいつは約束を破られるのを酷く嫌う。正直、このままだといつ口をきいてもらえるようになるかもわからない」

「なるほどな。でもそれって結局久瀬がエロ本を買ったのが原因なんだろ? 約束破られるのを嫌うってわかってたのになんで買ったんだ?」


 バレないと思ってたとかなら正直擁護するのもどうかって話だしな。男としてそういう本を読みたくなる気持ちはわからないではないけどな。俺も持ってないわけじゃないし。


「確かにそれはそうなんだが……誤解なんだ」

「誤解?」

「確かに俺はエロ本を買った。それは事実だ。だがそれは俺が読むために買ったんじゃない。更紗の弟に頼まれたんだ」

「藤原さんの弟って、藤原さん弟が居たのか」

「あぁ、二人いる上の方の弟が中学生でな。ちょうどそういうのに興味を持つ年頃なんだ。だが自分で買うのは恥ずかしい。それに見た目的にも買えないだろうしな。でも俺なら買えるだろうと思ったみたいだ」

「なるほど。確かに」


 久瀬は正直見た目だけ見たら高校生だとは思えないしな。雰囲気も落ち着いてるし、体格も良い。私服だったらまぁまず止められることはないだろうな。でもそうか、そういう事情があったわけか。確かにそれは事情を説明したいよな。

 それで許されるかどうか別の話だろうけど。話も聞いてもらえないのはさすがに可哀想だ。


「でも事情はわかったけど、それでなんで俺なんだ?」

「白峰は桜小路さんと付き合ってるんだろう? 桜小路さんは更紗の親友だからな。そこからなんとか話を繋いでもらえないかと思った次第だ」

「そういうことか。いや、理由はわかった。たしかにそれくらいなら俺にもなんとかできるかもしれない」

「悪い。頼む」

「まぁそれくらいならな。綾乃は話がわかる奴だし――っ!?」

「どうしたんだ?」

「……いや、なんか今背筋に悪寒が走ったというか。ものすごく嫌な予感がしたというか……ま、まぁたぶん気のせいだろ。とにかくなんとか綾乃に話してみる。とりあえず後で連絡したら良いか?」

「そうしてくれると助かる。そういえば連絡先を教えてなかったな。ついでに交換しておくか」


 これまで久瀬とは何度か会ったことはあったし、話すこともあったけど連絡先の交換とかはしてなかった。まぁお互い彼女同士が友達ってだけだったからな。そこまで関わり合いになることも無かったし。ちょうど良い機会だったのかもしれない。


「よし、これで大丈夫だな。というかアイコン、二人の写真なんだな。そういうアイコンにしてるのは意外というか」

「あぁ、それか。俺もどうかとは思うんだがな。更紗の奴がこれにしろってうるさくてな。他の奴が寄ってこないようにってな。よくわからないんだが」


 確かにこのアイコンを見たら久瀬に彼女がいることは一発でわかるだろうな。というか藤原さんって意外と束縛するタイプだったのか。そうは見えなかったけど。


「とりあえず一回綾乃に話してみる。その結果次第でまた連絡するよ」

「頼む」


 頭を上げる久瀬に見送られて俺は教室へと戻るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る