第63話 朝から怒ってる人がいると教室の空気が重い

〈綾乃視点〉


 雨の中を零斗と並んで歩く。普段は憂鬱な雨だって零斗と一緒なら自然の奏でるBGMみたいなものだ。傘が雨を弾く音、水たまりを踏む足音。その全てを楽しめる気がする。

 まぁそんな自然のBGMも零斗と話してると聞こえなくなるんだけど。駅から学園へと向かう道。駅から学校までは十数分程度。二人きりで落ち着いて話せる時間としては短すぎる気がする。でもだからこそオレにとってかけがえのない時間でもあるんだけどさ。

 更紗達とのこと、それからまだもうちょっと先のことだけど夏休みの話なんかをしてる間にオレ達は学園へと着いた。

 今日は生徒会の用事もないからそのまま教室へ直行だ。


「それじゃあまた後でね」

「あぁ、後でな」


 教室の前で分かれたオレ達はそのままそれぞれの席へと向かう。

 雨は嫌だけど、零斗と一緒ならそれも気にならない。まぁ本音を言うならもうちょっとくっついて歩きたいんだけど。

 腕組み……はさすがに大胆過ぎるか。まだちょっとそこまでの度胸は無い。でも、他のカップルとかがしてるのを見ると羨ましいと思ったり思わなかったり。零斗はどうなんだろ。オレはできるだけ近くに居たいけど、零斗がそれを嫌がるなら無理強いはしたくないし。

 でもこっちから聞くのもなんか恥ずかしいしなぁ。いや待てよ。そもそもこれから気温が上がって暑くなるのにくっつくのはどうなのか。

 世のカップルがその辺りどうしてるのかすごい気になる。

 更紗辺りに先輩カップルとして一度話を聞くのもありかもしれない。というかそうするべきかな。何事も先達の言葉を聞くのは大事だし。

 よしそうと決まればさっそく聞いてみよう。即断即決。行動大事。

 

「おはよう二人とも」

「あ、おはよう綾乃ちゃん」

「……おはよ」


 ん? なんか更紗の様子がおかしいような……。

 というかそうだ。なんで更紗がもういるんだろ。オレ達が来るの遅れたって言っても、電車一本分くらいだし。いつもより十分くらい遅くなっただけなんだけど。この時間、いつもなら更紗は久瀬君の朝練の手伝いをしてるはずなんだけど。


「更紗、今日は久瀬君の手伝いはしてないの?」

「あっ」


 まずい、という顔をするのは更紗の隣にいたいずみだ。でも全ては後の祭り。言ってしまったことをなかったことにはできない。

 いつもなら気づけたかもしれない。だけど、この時のオレは零斗とのことばっかり考えたせいで不用意に踏み込んでしまったのだ。

 ピキピキと更紗の額に青筋が走る。

 あ、これまずいやつだ。地雷踏んじゃったやつだ。


「あんな馬鹿のこと知らない!!」

「ひぅっ!」


 ぷいっとそっぽを向いてしまった更紗は明らかにご立腹な様子で。まぁこの感じだと理由は十中八九久瀬君なんだろうけど。

 いかんせん怒ってる理由がわからない。今まで多少の喧嘩とかはあったけど、ここまで怒ってるのはかなり珍しい気がする。

 

「えっと、何があったの?」

「それがわたしもわからなくて。わたしもさっき同じこと聞いて怒られちゃった……」

「そっか」


 明らかに怒ってますな雰囲気の更紗。美人が怒ると怖いって言うけど……うん、間違いない。事実だ。普段楽しそうに笑ってることが多い更紗だからこそめちゃくちゃ怖い。

 正直表綾乃モードだから平静を保ててるけど、逃げ出したいくらいだ。

 まぁでも友達のことだし、放っておくわけにもいかないか。何よりこんな雰囲気のまま一日居られたらクラスの雰囲気が終わる。

 触らぬ神にたたり無しって感じなのか、他のクラスメイトは近づこうとしないし。

 仕方無い。虎穴いらずんば虎児を得ず。怖いけど思い切って飛び込むしかない。


「ねぇ更紗。何があったの? もしかして久瀬君と喧嘩したとか?」

「だったら何? 聞いてどうするっての?」


 取り付く島もないとはこのことか。いや、ここで諦めるなオレ。


「どうするもこうするも。仲直りできるならその手伝いをしたい。だけど理由を知らないと私達何もできないでしょ?」

「別に仲直りしたいなんて思ってない」

「本当に?」


 更紗のこの感じ。なんとなくわかる。この状態はまさにあれだ。怒りすぎて矛を収められなくなってる状態だ。心底怒るようなことがあって、だけど振り上げた手を降ろすタイミングを見失っちゃったみたいな。

 だからこっちがきっかけを与えさえすればなんとかなるはずだ。


「…………」

「怒るのはその人のことを本気で想ってるから。どうでもいい人のことならそんなに怒らないでしょ。だから……ね?」

「む……」


 更紗の表情がピクリと動いたのをオレは見逃さなかった。これなら後一押しでいけるか?

 チラッといずみの方に視線を送る。いずみと目が合い、いずみは小さく頷いてくれた。まさに以心伝心。言わなくてもわかってくれたみたいだ。


「ねぇ更紗ちゃん。わたし達きっといずみちゃんの力になるから。わたし達のこと信じて欲しいな」

「二人とも……」


 いずみの言葉が最後の一押しになってくれたのか、ずっとむくれてた更紗がようやくオレ達の方を見てくれた。

 まず第一関門突破だ。でもここからが問題だ。さて、一体何があったのか。

 正直あの久瀬君が更紗のことを怒らせるようなことをするっていうのが信じられないんだけど。

 オレの知ってる久瀬君は寡黙で男らしい人だ。だけど無神経とかではなくてちゃんと気遣いはできるし。ちゃんと周りを見てる。そんな人が何をして更紗のことを怒らせたのか。普通に気になる。


「わかった。それじゃあ話すね」

 

 そして更紗は、喧嘩の理由を話してくれた。

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