第3章 生徒会長は楽しみたい
第62話 雨の日も近づきたい綾乃さん
六月上旬。愛ヶ咲学園も制服も冬服から夏服へと衣替えが行われ本格的に梅雨季節が近づいて来ていた。
「うーん、今日も雨か。そろそろ本格的に梅雨入りかなぁ。置き傘とか生徒会である程度用意した方がいいかな?」
サーサーと降り注ぐ雨を見ながら綾乃は頭を悩ませる。最近になって生徒会にもいくつかそうした要望が届いているのだ。
「でも貸したら返さないみたいな人がいても困るし。うーん、とりあえず案の一つくらいで考えておいた方がいいかも」
綾乃はそんなことを考えながら駅で零斗のことを待つ。
こうして駅で零斗のことを待つのが最近の綾乃のお気に入りの時間だ。
朝の待ち合わせという、いかにも恋人らしい行動が好きなのだ。だがそんな朝の時間も雨の中では多少の憂鬱感は拭えない。
「髪はちゃんとセットしてきたから大丈夫だと思うけど。もし跳ねてたりしたら恥ずかしいし」
「悪い綾乃、待たせた!」
「っ!」
後ろから聞こえた声にピンと背筋を伸ばす。
顔を見なくてもわかる。その声が誰の声かということは。
「おはよう零斗」
「おはよう。雨なのに待たせて悪かったな」
「ううん、気にしないで。ちゃんと屋根のあるところに居たし。さっき来たばっかりだし。でもいつもよりちょっと遅かったみたいだけど何かあったの?」
「まぁ大したことじゃないんだけどな。雨のせいかいつもより電車使う奴らが多くて。混雑に巻き込まれてる間に一本乗り逃したんだ。でも一本遅れるってのは伝えたはずだぞ。メッセージ送ったしな」
「え、うそっ」
慌てて自分のスマホを確認する綾乃。そこには確かに零斗から電車に乗り遅れたから少し遅くなるという胸のメッセージがあった。
「ご、ごめん零斗。私通知切ってたせいで気づかなくて」
「いや別に責めてるわけじゃないぞ。それより行くか。ちょっと遅れてるしな」
「いつも早いからそんなに焦らなくても大丈夫だけどね」
二人は並んで雨の中を学園に向かって歩き出す。
余談ではあるが、綾乃は雨があまり好きでは無い。というよりも最近好きでは無くなった。
(この距離感……雨じゃなかったらもう少し距離を詰めれるのに)
思わず恨みがましい目で傘を睨む綾乃。
そう。傘を持ってしまっている以上、並んで歩くと傘の分距離がいつも以上に開くのだ。
すぐ傍に零斗がいるのに距離が開いているというのが耐えがたく辛いのだ。
もちろん零斗にそんなこと言えるはずもないのだが。
(雨が止んでくれたら零斗のすぐ隣を歩けるのに。まぁさすがに天気はどうしようもないか。早く梅雨明けないかなぁ)
ここですぐに相合い傘という選択肢が浮かばないのが綾乃である。もし思いついたとしても実行には移せなかっただろうが。その辺りはまだまだ恋愛経験値が足りていないのである。
「それにしても最近雨が多いな。今日もずいぶん降ってるし」
「っ、そ、そうだね。えっと確か今日も一日雨の予報だったっけ。そろそろ本格的に梅雨入りかもね」
「梅雨入りか。菫がぼやくわけだな」
「菫さんが?」
「毎朝髪のセットで苦労してるみたいだぞ。よくわからんが湿気が多いと大変なんだと」
「へぇ」
「綾乃はそういう苦労はないのか?」
「私は別に……うーん、セットで苦労とかしたことはないかも」
「……確かに綾乃の髪っていつ見てもサラサラだもんな」
「あ、あんまり見られると恥ずかしいんだけど……そ、それよりも! もう六月だし、今月末にはテスト始まるけどちゃんと勉強はしてるの? 中間テストは科目数も少なかったあ勉強しやすかったけど、期末テストは科目数も増えるし。それに何より一学期の範囲全部がテスト範囲になるわけだから中途半端な勉強だと点数落ちるよ?」
「うっ……」
「先生方も今年は勉強に力を入れたいらしくて、赤点取った生徒は夏休みの間長期の補習なんだって。まぁ零斗に限ってまさか赤点取るなんてことはないと思うけどね」
「あ、あぁ。そうだな」
「? どうしたの? なんか顔色が良くない気がするけど」
「いや、大丈夫だ。テスト……テストか……けっこうギリギリまでバイト入れてるんだよなぁ。テスト期間に一夜漬けでなんとかできるか?」
ぶつぶつと呟きながらテストとバイトのバランスを考える。
そう。零斗は今バイトをしていたのだ。ゴールデンウィークの二の舞にならないために。更紗達からの言葉もあって、お金があるということが全てではないというのはわかっている。だがしかし、その言葉に甘えて何もしないのは違うと思った零斗は今度の夏休みの軍資金とするためにバイトを始めたのだ。全ては綾乃との夏休みのために。
だがしかしバイトに必死だったからこそ、テストの存在を零斗は失念してしまっていた。もし赤点など取ってしまったらせっかく貯めた軍資金も無駄になってしまう。
「あ、そうだ聞いて零斗。昨日更紗がね――」
(綾乃との夏休みのためだ。泣き言言ってないで頑張らないとな)
隣で楽しそうに話している綾乃の笑顔を見て零斗は決意するのだった。。
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