その2 不意な惚気は聞いてる方が恥ずかしくなる

 思わず出会った零斗と更紗達は、近くにあった喫茶店へと入ることにした。


「飲み物はみんなコーヒーでいいよね。他になんか頼む?」

「ううん、わたしは大丈夫かな」

「俺もコーヒーだけで十分だ」

「オッケー。すみませーん!」


 更紗が手早く店員を呼び、全員分の注文を済ませる。この辺りの手際の良さはさすがといったところだろう。


「砂糖とミルクはどうなさいますか?」

「いずみはいるよね。白峰君はミルクと砂糖はいるタイプ?」

「いや。俺はそのままで大丈夫だ」

「じゃあ砂糖とミルク一つだけお願いします」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


 一礼して店員が去って行った後、更紗が喋り出す。


「白峰君ってブラックいけるタイプなんだ。珍しいね」

「そうか? けっこう多いと思うけどな」

「そうかなぁ。わたしは甘くないと飲めないかな。コーヒー自体は好きなんだけどね」

「ちなみにあたしもブラック派なんだけど。コーヒーはやっぱりブラックに限るよねぇ」

「別にそこまでのこだわりがあるわけじゃないけどな。別にどっちも飲めるし。逆に俺からしたら藤原さんがブラック飲めるのはちょっと驚きだったけどな」

「む、なにそれ。あたしはブラック飲めちゃいけないの?」

「い、いや別にそこまで言ってるわけじゃないって」

「ふふっ、でも綾乃ちゃんも最初の頃に同じようなこと言ってたよね」

「あー、言ってた言ってた。失礼しちゃうよねほんと」

「綾乃がそんなこと言ってたのか。なんか悪いな」

「あははっ♪ なんで白峰君が謝るの? 別に白峰君とが謝ることじゃないでしょ」


 そんな話をしている間に店員がコーヒーを持って来る。

 そしてそれぞれコーヒーで喉を潤した後、いよいよ本題へと入った。


「それでそれで、白峰君は何をそんなに落ち込んでたわけ? ほらほら、おねーさん達に話してみな」

「お姉さんって、普通に同い年だろ」

「そこはそれ気分の問題ってね。ね、いずみ」

「えぇっ!? えと、その……お、お姉ちゃんに話して欲しぃ……な……ぁぅ」


 言ってる途中に恥ずかしくなったのかいずみは顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「秋本さん、別に藤原さんの悪ノリに無理に乗ることないからな」

「ご、ごめん。でも、相談に乗りたいっていうのは本当だから」

「それはわかってるって。二人が俺を気遣ってくれてることもな」

「まぁまぁ綾乃に関係することならあたし達も無関係ってわけじゃないしね。それでまだ付き合って一ヶ月くらいしか経ってないのにどんな問題があったわけ?」

「一応勘違いが無いように言っとくけど、綾乃と喧嘩したとかそういうわけじゃないからな。綾乃に何か言われたとかでもない。これは完全に俺の問題なんだ」


 念入りに前置きしてから零斗は自分が抱えている問題について、いや、その後悔について話し出す。


「金が……無いんだよ」

「お金が……」

「ない?」


 どんなことを言われるのかと身構えていた二人はまさかの言葉に肩透かしを喰らったかのように目を丸くする。しかし零斗にとってお金が無いというのは切実な問題だった。


「これは俺にとっては大問題なんだよ。というか大問題だってことに気づいた」

「えっと、どういうこと? なんでお金が無いっていうのが綾乃に関係あるの? ま、まさか貢がされてるとか!?」

「いやそれこそまさかだろ。あいつがそんなことする奴じゃないのはわかってるだろ」

「うん。綾乃ちゃんだしね。でもだったらお金が無いって言うのはどういうことなの?」

「つい昨日の話だ。藤原さん達も教室に居たからわかってると思うけど、クラスのみんなゴールデンウィークってことで浮き足立ってただろ?」

「あー、すごかったね。今年は特に休みが長いし」

「そこでみんな話してただろ。ゴールデンウィークにどんな予定があるかって。そこでふとある会話が聞こえて来たんだ。俺は彼女と旅行にでも行こうかな、なんて話が」

「あたしも聞いたかも。えっと確か松本君だよね。最近別クラスの子と付き合い始めたんだったっけ。でもそれがどうしたわけ?」

「そこで俺は気づいたわけだ。ゴールデンウィークの予定、なんも考えて無かったってことに」

「それって綾乃ちゃんとのってことだよね。もしかしてデートの予定とかしてなかったってこと?」

「端的に言うならな。というか考えもして無かった。いや、でも普通に考えたらそうなんだ。ゴールデンウィークなんて長期休暇、何か予定してしかるべきだったんだ。でもどこか行こうにも俺はバイトとかしてないからな。金も無いし、どこにもいけないなって思ったんだよ。せめてもう少しこの事実に早く気づいてたら短期バイトでもしてたんだけどな」


 このゴールデンウィーク、零斗はただ漠然と綾乃とデートできればいいな程度にしか考えていなかった。他のみんなのように、そのためにバイトをしてお金を貯めたりすることも無かったのだ。


「こんなこと言うと言い訳臭いけど、誰かと付き合うのとか初めてだからな。こういう長期休暇にどうするとか考えたこと無かったんだよ」


 それが零斗の後悔。もっとちゃんと計画を立てていればと今更ながらに後悔していたのだ。ひとしきり話し終えた零斗が二人の方を見ると、更紗もいずみも必死に笑いを堪えていた。


「ぷっ、あはははははっ! ダメだ、もう堪えきれない! あははははははっ!」

「ちょ、ちょっと更紗ちゃん。笑っちゃ失礼だよ」

「わかってるけど。そういういずみだって必死に堪えてない?」

「それはその……」

「えっと、これでも俺真面目に話したつもりなんだが。笑われるのはさすがに心外だぞ」

「ごめんごめん。あー、笑った笑った。でもあたし達別に馬鹿にして笑ったわけじゃないからね。ただ初々しいなーって思っただけ」

「初々しい?」

「まぁとりあえず白峰君の悩みに真面目に答えるとするなら、考えすぎかな」

「うん、別に綾乃ちゃんはそんなこと気にしないと思うよ。どこかに行きたいって言われたわけじゃないんでしょ」

「それはそうだけど」

「初彼女にカッコいい所を見せたいってのはわかるけど。そんなに背伸びしなくてもいいんじゃないかな? そういう無茶ってなんとなくわかるもんだし。あたしはそれよりも一緒に居てくれる方が嬉しいかな」

「そういうもん……なのか?」

「少なくともあたしはね。自分のために頑張ってくれるのは嬉しいけど、でもそれで無茶されるのも嫌だし。それなら一緒に公園にデートとか行くほうが嬉しい」

「綾乃ちゃんもそうだと思うよ。それは白峰君もほんとはわかってるでしょ?」

「……そう、だな」


 綾乃の友人である二人の言葉だからこそ思った以上に素直にその言葉を受け入れることができた。綾乃に対して背伸びしようとしていた自分が居たことも。


「なんか一気に恥ずかしくなってきた」

「いいじゃんいいじゃん! 青春だよねぇ、うんうん♪」

「わたしもそういう話はすごく好き。もっと聞かせて欲しいなぁ。えへ、えへへ」

「でも意外だったなー。白峰君ってそういうこと考えるんだ。あたしてっきり綾乃がベタ惚れって感じだと思ってたんだけど。これはどっちもどっちなのかな?」

「どっちもどっちって。そもそも好きじゃなきゃ付き合わないだろ」

「言うねぇ。まぁでも確かに告白したのも白峰君からだもんね。綾乃のこと誰かに取られたくなかったんだよね」

「取られたくないとかそういう話じゃなくて。ただ単純にあいつが誰かの隣で笑うなら、その誰かが俺だったらいいなって思っただけだ――って、なんで二人とも顔赤くしてるんだよ」

「いや、なんか思った以上のカウンターが来たなって」

「~~~~~っっ!!」


 更紗は恥ずかしそうに頬を掻き、いずみは顔を真っ赤にしながら足をバタバタとさせていた。


「そんな恥ずかしいこと言ったか俺」

「ううん! そんなことないよ! むしろもっと聞かせて欲しい!」

「あーあ、いずみスイッチ入っちゃった。でもあたしも興味あるし、あたし達から見るのとは違う聞かせてもらおっかな」

「えっと……ほどほどで頼む」


 大変なことになったと思いつつ、零斗はそれからしばらくの間更紗といずみの話に付き合うことになるのだった。


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