第56話 突然の呼び出し

 その呼び出しは本当に突然のことだった。

 昼休み、菫が蘭と一緒にお昼ご飯を食べているといつもの校内放送に変化があった。

 通常昼休みの間は放送委員がリクエストのあった楽曲などを流したり、ラジオ番組まがいのことをしているのだが、今日は少し様子が違った。

 最初はいつものように放送委員に寄せられたお便りを元にラジオをしていたのだが――。


『はい、というわけでペンネーム“歌姫大好き”さんからでしたー。うーん、歌恋さんへの愛が溢れるメッセージでしたね。それでは次は――って、え? えぇ!? せ、生徒会長!? どうしてここに?!』

『突然ごめんなさい。少し用事があって。すぐに終わるのでマイク借りていいですか』

『えぇもちろん! どうぞどうぞ』


 あまりにも突然な生徒会長の放送室への乱入に教室内がざわつく。

 いったい何の放送なのかと生徒達が話し合うなかで、菫は不思議と予感めいたものを感じていた。


『生徒会長の桜小路綾乃です。生徒の呼び出しをします。一年三組白峰菫さん、一年三組白峰菫さん。放課後生徒会室まで。あぁ、悪い要件ではないので安心してくださいね。以上です』

『えっと、それだけですか?』

『はい。すみません。放送の邪魔をしてしまって』

『いえ。えっと……思わぬゲストがありましたが、気を取り直して次のお便りを――』


 ラジオを続ける放送委員の言葉は菫の耳には入って無かった。頭の中ではずっと綾乃の言葉が反芻され続けていた。


「放課後……」


 脳裏を過るのは昨日の記憶。自分の感情をそのままぶつけてしまった苦い記憶。


「菫……どうするの?」

「大丈夫。ちゃんと覚悟はして来たから」


 綾乃が菫と向き合うことを決めたのと同様、菫もまた綾乃と向き合う覚悟を決めていた。ただ先手を打ってきたのが綾乃だったというだけだ。


「まさかお姉さまが直々に呼び出しをされるなんて。ちょっとだけ羨ましい……」

「ふふ、変な所で素直だね蘭は」

「あ、ごめん。別に含むところがあるわけじゃないから。いやまぁ羨ましいのは本当なんだけど。だってだってお姉さま直々の呼び出しなんて滅多にあることじゃないし! 私だってほとんど呼びされたことなんてないのに!」

「ほとんどってことは、何回かはあるの?」

「うん。まぁちょっと怒られる時だけなんだけど……」

「あの生徒会長に怒られるって、どんなことしたの」

「それはまぁ、色々と? でも怒ってるお姉さまも素敵で」

「それちゃんと反省してないんじゃ……」

「そんなことないよ! お姉さまに言われたことは一言一句違わず覚えてるから!」

「そこまでいくともう怖いよ蘭……」


 蘭の綾乃への異常なまでの愛に若干引きながらも菫は弁当を食べる箸を進める。

 放課後、また彼女と会う。胸の内を占めるのはそのことばかりだ。


「まさか向こうから声をかけてくるとは思わなかったけど。でもこれはわたしにとってもチャンスだから」

「……頑張ってね菫。私、応援してるから」

「うん、ありがとう」

「で、ついでにどんな話をしたのか後で教えてくれると嬉しいな」

「蘭……」

「だってだって! 親友とお姉さまがどんな話をするのか気にならない方がおかしいでしょ! コソコソするのも違うし、それだったらちゃんと正面から私は聞く!」

「めちゃくちゃ素直だね。まぁいいけど。全部話せるかどうかはわからないけど」

「うん、それでもいいよ」


 これが蘭なりの激励であることは菫にもわかっていた。あくまでいつも通りの姿。気負うことは無いのだと蘭は教えてくれているのだ。


「わたしも今度こそちゃんと」


 そんな友人の優しさにわかりづらいながらも小さく笑みを浮かべながら、菫は決意を新たにするのだった。


 

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