第55話 決意と成長の朝

 翌朝。目を覚ました綾乃はいつも以上に気合いを入れて身なりを整えた。

 今日は水曜日。金曜日から休みに入り、長期のゴールデンウィークが始まることを考えれば今日か明日には決着をつけなければいけないと綾乃は考えていた。


「……よしっ!」


 パンッと軽く頬を叩いて気合いを入れる綾乃。

 その胸中はやる気に満ちている。

 今日中に菫との問題に一区切りつける。ちゃんと菫と向き合ってみせる。そう決意した昨夜の想いはまだしっかりと綾乃の中に残っている。


「やるぞー! 私ならできる、できる、できるっ!」


 鏡の自分をまっすぐ見つめて言い聞かせるように言う綾乃。

 しかしそんなやる気に水を差す存在が背後に迫っていることに綾乃は気づいていなかった。


「おーおー、やる気に満ちてるねぇ」

「ひゃっ! ね、姉さん!? いつからそこに居たの!」

「いつからって、髪型に悩んでた時から?」

「それ結構前からじゃない!」


 髪型を纏めるのに必死だったせいで見られてたことに全然気づくことができなかったのだ。いつもの綾乃ならストレートに


「朝ご飯作ってる間なら大丈夫だと思ったのに」

「甘い甘い。というか綾乃が時間かけ過ぎなの。もうとっくに作り終わってるのに全然来ないから何してるのかと思ったら鏡と睨めっこしながら髪のセットに悪戦苦闘してるし。どうしたの? いつもならそのまま綺麗にストレートなのに、今日は弄るの?」

「うん、ちょっと。今日は気合い入れて行こうと思って。でも全然上手くいかなくて。やっとある程度はできたんだけど」

「うーん……」

「な、なに?」

「全然ダメ」

「えぇ!?」

「いつもやらないことやってるから。結び方雑だし。ほら、こっちおいで。やってあげるから」

「……うん」


 一瞬ムッとして拒否しようとした綾乃だったが、朱音の方が得意なのは事実だ。それがわかっている綾乃はしぶしぶ朱音に髪のセットをお願いすることにした。


「よろしい。で、ハーフアップでいいの? それとももっと別の髪型にしてみる? 思い切ってツインテールとか。意外と似合うと思うけど」

「それはさすがに……とりあえずハーフアップで」

「はいはい。お任せあれ」


 綾乃の拙い結び方とはまるで違い、朱音は手慣れた手つきで綾乃の髪を解きながらセットする。鏡越しのその手つきを見ながら綾乃は思わず感嘆する。結局あれよあれよと言う間に、ハーフアップが完成した。

 もちろん最後には着けるのは零斗からもらった髪飾りだ。


「悔しいけど、やっぱり姉さんは上手だね」

「そりゃ年季が違いますから? でもどうしたの? 髪のセットしたい時はいつもお姉ちゃーんって泣きついてきてたのに」

「そんなこと! ……なくはないかもしれないけど。でも今日は自分でやらないとって思ったの。今日は勝負の日だから。だからチャレンジしてみたんだけど。やっぱり上手くできなかった」

「ふーん……ならもっと練習しないとね」

「うん。頑張る」


 昨日、綾乃に何かあったのだということを朱音はわかっていた。わかっていた上で何も言わなかった。これは朱音が口を挟むことではなく、綾乃自身は乗り越えるべき問題だと思ったからだ。

 もちろんあまりにも困るようなのであれば助け船を出すつもりではいたのだが。

だが朱音のその心配は杞憂だった。綾乃は自分の抱える問題にしっかりと向き合い、乗り越えようとしている。朱音の知らない所で綾乃はどんどん成長しているのだ。そのことが朱音は嬉しくて、同時に少しだけ寂しかった。そしてその変化をもたらしたであろう一人の男の子の存在に些細な嫉妬の感情を抱いてしまった。



「大きくなったね、綾乃」

「? どうしたの急に」

「いやぁ、恋は人を変えるんだなって。そう思っただけ」

「こ、こここ恋!? なんで急にそんな話になるの!」

「だって綾乃がここまで頑張ろうとするのなんて零斗君絡みでしょ? あれ、違った?」

「ちが……わなくはないけど。そういう言い方されるとちょっと複雑というか」

「まぁまぁ。理由はなんでもいいと思うよ。ちゃんと頑張ろうと思ってる綾乃は可愛いくてカッコいいよ。お姉ちゃんは応援してる」

「……ありがと」

「ほら、朝ご飯食べよ。遅刻するよ。今日は綾乃の好きなフレンチトースト作ったから」

「ホント? やった♪」


 朝食がフレンチトーストだと聞いた綾乃は一気に上機嫌になり、食卓へと向かう。

 そんな綾乃のことを微笑ましいものを見る目で見送りながら、小さな声で頑張れと呟くのだった。

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