第57話 再びの対面

 放課後になり、菫は若干緊張しながら生徒会室へと向かっていた。

 頭の中は何を言えばいいのかということでいっぱいだった。まずは昨日のことを謝るべきなのか。それともあんなことを言ってしまった理由を言うべきなのか。

 そもそもの話、なぜ綾乃に呼び出されたのかも菫にはわかっていなかった。もちろん昨日のことが原因であるのはわかっている。だが、あんなことを言われた上でなぜ会おうと思えるのか。それがわからない。

 蘭は綾乃のことを聖人君子のように語っていたが、まだ綾乃という人間のことをほとんど知らない菫はそこまで能天気に考えることはできなかった。


「色々考えたってしょうがない。まずはちゃんと話さないと」


 今は一人だ。蘭も兄である零斗もいない。

 自分一人で綾乃と向き合うとそう決めたから。


「…………」


 うだうだと考えている間に生徒会室に着く。今の菫には何の変哲もない生徒会室の扉がまるで魔王城に入るための扉のように見えていた。

 完全に気後れしている。そんな自分に気づきながら心を落ち着けるために深呼吸をしてから生徒会室の扉をノックする。


『どうぞ』


 簡潔な言葉で入室の許可をもらった菫は意を決して扉に手をかけて中へと入る。

 生徒会室の中にいたのは綾乃ただ一人。昨日と同じ状況だった。

 生徒会長の椅子に座っている綾乃はただたおやかな微笑を浮かべているだけで、そこから感情を読み取ることはできなかった。


「どうしたの? そんなとこで立ってないで遠慮なく入ってきていいよ」

「あ……いえ、なんでもないです。失礼します」


 入り口に突っ立っていた菫を綾乃は部屋の中へと招く。扉を閉めてしまったことでそこはもう完全に綾乃と菫、二人だけの空間となった。

 菫の緊張を感じ取ったのか、それともいつも客人が来た時の対応をなぞっているだけなのか。綾乃は菫を応対用のソファへと座らせ紅茶と茶菓子を目の前に置く。


「ありがとうございます。でも、気を遣っていただかなくても」

「ううん、気にしなくていいよ。私が勝手にやってることだから。もちろんいらないなら飲まなくてもいいから」

「?」


 僅かな違和感。入ってきた時には気づかなかった。でもこうして少し言葉を交わしてその差異に気づいた。綾乃の雰囲気が昨日とはまるで違っているような、そんな気がしたのだ。

 一瞬怒っているからかとも思った。しかしすぐに思い直す。綾乃から感じるのは怒りの感情などではない。むしろ落ち着いているかのような、自然体の雰囲気。


「今日はごめんね、急に呼び出しちゃって」

「いえ、それは大丈夫……なんですけど。特に用事があったわけじゃないですし。それにわたしも……」

「私に言いたいことがあった?」

「……はい」

「あははっ、だよね。昨日は急にあんなこと言われてびっくりしちゃったけど。零斗から聞いてる感じと全然違っちゃってびっくりしたよ」


 昨日のことなどまるで気にしていないかのようなあっけらかんとした綾乃の態度に菫は肩透かしをくらったような感覚になる。だがそれ以上に戸惑ってもいた。

 目の前のこと人は誰なんだろうかと。菫が全校集会などで見てきた、そして昨日も生徒会室で見た生徒会長然とした姿。それとはあまりにも乖離していて、あまりにも普通の女の子に見えたから。


「あの……」

「あ、ちょっと待って。言いたいこと当ててあげようか。ズバリあれでしょ。あなた昨日と全然性格違わない? みたいな感じでしょ」

「そうです。だって、昨日とはあまりにも違い過ぎて」

「だよね。まぁそう思うのも仕方ないと思う。だって――」


 スッと綾乃が姿勢を正す。まるでスイッチを入れ替えるように。


「あなたの知ってる私はこういう私ですよね。少なくとも、あなたの知っている私はこうだと思います。多くの生徒達にとってもそうでしょう」


 まるで別人のように変容する雰囲気。同じ人だとは思えないほどに。あまりの変貌ぶりに頭が混乱しそうになる。

 

「もちろんこれも私です。別に騙しているとかそういうわけではないんですよ。ただ――こっちの方が楽っていうだけ」

「…………」

「びっくりしちゃった?」

「正直に言うなら」

「まぁそうだろうね。でもこれも私だから。どっちかっていうとこっちが素になるのかな?」

「どうして急に? 何か理由があるんですか?」

「理由……か。まぁそれはもちろん色々あるんだけど。その理由を話す前に、一つだけ言っておかないといけないことがあるの。ホントは一番最初に言うべきだったんだけど」


 言っておかないといけないこと、そう言われて菫は思わず身構える。

 だが続く綾乃の言葉は菫にとって予想外のものだった。


「ごめんなさい」


 綾乃が口にしたのは、菫に対する謝罪だった。

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