第48話 悲痛な想い
〈綾乃視点〉
オレは動揺していた。
彼女の目に浮かぶ敵意の感情は間違い無くオレ自身に向けられたものだったから。
なんで、どうして。そんな疑問ばかりがオレの頭を埋め尽くす。
だってオレと菫さんは今日は初対面のはずだ。それは間違い無い。実はどこかで会ったことがありますなんてそんなことはあり得ない。オレの記憶力はそこまで馬鹿じゃ無い。
でもだからこそわからない。なんでオレは菫さんにこんなに敵意を向けられてるんだ?
「えっと、その……」
上手く言葉が出てこない。敵意を向けられる理由がわからない。
少しずつ仲良くなれれば良いなんてお花畑なことを考えてた少し前までの自分を殴りたい。こんな風に敵意を向けて来る子がオレと仲良くなりたいなんて思ってるわけがないんだから。
落ち着け、落ち着けオレ。まずは嫌われてる原因を見つけないことにはどうしようもない。
でもいきなり私のこと嫌いなんですか、なんて直球で聞けるわけもないし。
「どうしたんですか?」
「あ、いえ。なんでもありません。それでえっと何を聞きたいんでしたっけ?」
「ですから、綾乃さんのことを教えてください。そういえば、綾乃さんはご兄姉はいるんですか?」
「姉と弟がいますよ。今は色々あって姉と二人暮らしで弟は実家の方ですね」
「お姉さんがいるんですね。少し意外でした」
「意外?」
「いえその、なんとなくですけど長女なんじゃないかと思ってたので」
「そういうことですか。確かに姉がいると言うと驚かれますね」
「やっぱり綾乃さんのお姉さんならしっかりしてるんでしょうね」
「ふふっ、そうでもありませんよ。あまり大きな声では言えませんが、家ではだらしない格好をしていることも多いですし。注意してもなかなか直らなくて、苦労してます」
当たり障りの無いことを話しながらとっかかりを探す。
でも何をどう言えばいいんだ? 菫さんはオレのことを知りたいって言った。
でも、オレの何を?
もしかしてオレのことを知って弱点を握ろうとしてるとか!?
い、いやいやまさかそんな……。
紅茶で喉を潤しながらチラッと菫さんの方を見る。
見てる。こっちのことめっちゃ見てる。え、これもしかしてマジで弱点探ってる感じか?
弱みを握っていったいどうしようって言うんだ。まさか生徒会を掌握?!
なわけないか……現実逃避はこれくらいにするとして。こっちからも何か話しを振らないとな。やっぱり共通の話題と言えば零斗のことくらいか。まずはそこから次の話題を探していこう。
「零斗は家ではどんな風なんですか? 学校や生徒会にいる時の彼のことはわかるんですけど、家でどんな風に過ごしてるかはなかなか教えてくれなくて」
「兄さんは……兄さんも家ではだらしないですよ。脱いだ服は片付けてくれないですし、お弁当箱も言うまで出すの忘れたりしますし。ご飯の好き嫌いも多いです」
「へぇ、そうなんですね。少し意外というか……ふふ、そういう可愛らしいところもあるんですね」
「可愛らしい……ですか」
「あぁごめんなさい。私の知ってる零斗は少しかっこ付けなところがあるので。そういう零斗の姿はなかなか見たことがなくて。少しだけ羨ましいです」
「羨ましい。私はあなたの方が羨ましいですけど」
「え?」
「なんでもないです」
「…………」
「…………」
ヤバい。めちゃくちゃ気まずい。なんというかこう、直接わかりやすい敵意を向けて来るなら対応できそうなもんだけど、彼女はそういうわけじゃない。どっちかっていうと彼女自身も自分の感情に戸惑ってるような……そんな気がする。
でも菫さんはオレには必要以上に踏み込ませないように壁を作ってる。
このままじゃよくない。そんなのはわかってる。だって彼女は零斗の妹だ。これっきりの関係ってわけじゃない。できれば良い関係を築いていきたい。まぁ今の感じだと絶望的だけど。でも何かきっかけくらいは手に入れないと。
そんな沈黙がしばらく続いてから不意に菫さんの方から口を開いた。
「どうして兄さんだったんですか?」
「? なんのことですか?」
「どうして綾乃さんは兄さんと付き合うことになったんですか?」
「どうしてってそれは……」
オレと零斗が付き合うことになった理由。それはもちろんオレが零斗のことを好きで、零斗もオレのことを好きでいてくれたからだ。経緯こそ少し特殊だったかもしれないけど、そこは他のみんなと変わらない。
「それはもちろん、私が零斗のことを好きだからですよ」
「っ、そんなのはわかってます。どうして兄さんだったんですか。どうして兄さんのことを好きになったんですか……」
「菫さん……」
グッと手を握りしめながら、その瞳に様々な感情を滲ませながら彼女はオレのことを睨む。その剣幕にオレは何も言えなくなってしまった。
怒りだけじゃない。悲しみの感情すら滲ませながら彼女は続ける。
「綾乃さんのこと、色んな人に聞きました。兄さんからだけじゃありません。蘭からも、それ以外の人からも。完全無欠の生徒会長、あなたに憧れてる人はたくさん居たじゃないですか。兄さんよりもずっと格好良い人に告白されたのも知ってます。それなのに……どうして兄さんだったんですか。あなたには兄さんよりも相応しい人がいるじゃないですか。それなのにどうして……」
いっそ悲痛なまでに表情を歪ませながら。きっとずっと胸の内にため込んで居たであろう想いをオレにぶつけてくる。
「わたしには兄さんしかいないのに……」
その言葉を聞いてズキンと胸が痛くなる。
菫さんの抱える想いがわかったから。わかってしまったから。
だとしたらそれは……あまりにも残酷過ぎる現実だ。
零れかけた涙を拭った菫さんは、もはや敵意の目を隠そうともしないでオレのことを見た。
「わたしは、あなたのことを兄さんの彼女として認められません。今日はそれだけ言いにきました。それでは失礼します」
「あ……」
立ち上がった菫さんはそのまま生徒会室を出て行ってしまう。
オレは呼び止めることもできず、そのままただ見送ることしかできなかった。
「……はぁあああああああっ。まさかこんなことになるなんて……どうしたらいいんだろ」
生徒会室に残されたオレは、ソファに深くもたれかかって天を仰ぎながら呟いた。
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