第49話 妹の心兄知らず

〈零斗視点〉


 二人で話しがしたい。

 そう言われて生徒会室を出たはいいものの、どうにもこうにも落ち着かない。

 さすがに会話を聞くのはまずいかと思って聞こえない位置にはいるけど、離れるのもなんかなぁって感じだ。

 というか単純に綾乃と菫が何話すんだ?

 菫はあんまり饒舌に話すような奴じゃないし。というか俺のいない場所で二人が何か話してると思うとそれだけで緊張するんだが。

 

「はぁ、落ち着かねぇ……」

「あれぇ? 零斗先輩じゃないですかぁ」

「ん?」


 聞こえて来たのは聞き覚えのあるどこか間延びしたような声。


「って、なんだ。夢子ちゃんか」

「なんだってなんですかぁ。零斗先輩の可愛い後輩ですよぉ?」

「自分で言うか普通」

「事実だからいいじゃないですかぁ。それより零斗先輩はこんなところで何してるんですかぁ?」

「俺か? いや実はな――」


 俺は夢子ちゃんに今、生徒会室で綾乃と妹の菫が一緒にいることを話した。

 その話をすると、夢子ちゃんは少しだけ驚いたような顔をしていた。


「菫ちゃんと綾乃さんが一緒にいるんですかぁ?」

「あぁそうだけど。って菫のこと知ってるのか?」

「もちろん知ってますよぉ。だって菫ちゃん、たまに購買に来てくれますからぁ。すごく可愛い子だなぁって思って声をかけたんです。それからは購買に来てくれる度にお話してますよぉ。先輩の妹さんだって聞いた時は驚きましたけど。全然似てないですもんねぇ」

「似てなくて悪かったな……」

「あ、別に悪い意味で言ったわけじゃないですよぉ。菫ちゃんは可愛くて、零斗先輩はカッコいい。そういう意味で似てないって言ったんですよぉ」

「はいはい、お世辞でも嬉しいよ。ありがとな」

「むぅ。お世辞じゃないんですけどぉ。菫ちゃんだって自慢のお兄さんだっていつも話してますよ?」

「あいつが?」


 菫が俺のことを自慢の兄だって?

 いやいやあり得ないだろ。だってあいつはいつも俺に小言ばっかり言うし。

 やれだらしないだのなんだの、とてもじゃないけど俺のことを自慢だなんて言ってる想像ができない。どっちかっていうとダメ兄だとかなんとか吹聴してそうだけどな。


「……なるほど。これは菫ちゃんも苦労するわけですねぇ」

「? どういうことだ」

「こっちの話です。それにしてもぉ、それでよく綾乃さんと付き合えましたねぇ」

「っ!? な、なんでそのことを!」

「そんな意外そうな顔されましてもぉ。私はお姉ちゃんから聞いたんですけど。あ、遅れましたけどおめでとうございますぅ」

「ありがとう。って、なんか変な感じするな」

「でもすごいじゃないですかぁ。あの難攻不落と言われた綾乃さんの心を射止めるなんて、一体どうやったんですかぁ?」

「どうやったも何も、普通に……ってなんでそんな話しなきゃいけないんだよ。それよりわざわざここに来たってことは何か用事があったんじゃないのか?」

「零斗先輩と綾乃さんのお話聞かせて欲しかったんですけどぉ。まぁそれはまた今度にしますぅ。綾乃さんに購買のことで用事があったんですけどぉ、二人が話してるならまた今度にした方が良いですかねぇ?」

「あー、そうだな。俺でも良ければここで話を聞いても構わないぞ」

「いいんですかぁ? 助かりますぅ。二度手間になるのは嫌だったので。あのぉ、購買の新商品についてなんですけどぉ」


 夢子ちゃんが話し始めたその時だった。

 生徒会室の扉が開いたかと思ったら、菫が俺がいる方とは反対方向へと走り去って行く姿が見えた。


「菫?」

「? どうしたんでしょうねぇ。なんだかただならぬ様子でしたけどぉ」

「…………」


 綾乃が出てきてないってことは、綾乃はまだ生徒会室の中にいるんだろう。先に綾乃に話を聞くべきか? いやでも、さっきの菫の様子明らかに普通じゃ無かったしな。


「菫ちゃんのこと、追いかけた方が良いと思いますよぉ」

「え?」

「綾乃さんには私からお話しておきますからぁ。早く追いかけてあげてください」

「……悪い。頼んだ」


 一瞬悩んだけど、さすがに菫のことを放ってはおけない。そう思った俺は走っていった菫のことを追いかけることにした。




 菫の走っていった方へと向かった俺だったが、なかなか菫の姿を見つけることができずにいた。生徒会室から下駄箱まではそれなりに距離がある。今ならまだなんとか追いつけるはずだ。

 別に今必死に追いかける必要はないのかもしれない。だって俺と菫は同じ家に住んでるんだから。家で待ってればそのうち帰ってくるだろう。

 でもそれじゃダメだと思った。今、菫と話す必要があると思った。

 そうして必死に走っていたせいだろうか。俺は角を曲がってくる生徒に気づくのが遅れた。


「っ!」

「きゃっ」

「悪い。大丈夫か? って、高原?」

「いたたた……白峰先輩? 生徒会副会長ともあろう人が廊下を走るなんて一体なにして――」

「悪い、小言ならまた今度聞く。今は急いでるんだ」

「急いでるって……あ、もしかして菫のことですか? さっきあの子も走っていっちゃって。声をかけたんですけど気づかなかったみたいで」

「っ! それどこだ!」

「あっちの旧校舎の方ですけど。あの、何かあったんですか? 今日は菫がお姉さまと話す予定だって聞いてたんですけど」

「下駄箱の方じゃ無かったのか。悪い、何があったのかは俺もこれから聞くところなんだ。じゃあまたな」

「あ、ちょっと白峰先輩! あぁもう、なんなんですか一体!」


 憤る高原の声を聞き流しながら、俺は旧校舎の方へ向かって走った。

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