第39話 天才型少女綾乃

〈零斗視点〉


 ホームファイターシリーズ。今現在5まで出てるこのシリーズはかなり人気の格闘ゲームだ。プロとか世界大会まであるらしい。

 さすがに俺はプロになりたいってほど入れ込んでるわけじゃないけど、ゲーム配信とかを見て興味を持った口だ。

 ただそれでも結構やりこんでる方だとは思う。実際、司とやって負けたことはほとんどないくらいだ。だから初めてやる綾乃に負けることはまぁないだろうと、やり始めたばかりの俺はそう思っていた。

 俺はすっかり忘れてたのだ。綾乃が天才なのだということを。

 その異変に気づいたのは綾乃に一通りの操作方法を教えて、試しに対戦をしている時だった。

 最初は綾乃の動きに合わせてガードしたりしたり、反撃してるだけだった。もちろんコンボなんかは使わない。まずは少しでも動かすことを楽しんで欲しいと思ったからだ。

 だが、その内に綾乃の動きに変化が訪れた。俺がガードしようとした動きに合わせて攻撃のタイミングを変えてきたのだ。最初は偶然だと思った。たまたま攻撃タイミングがずれただけだと。でもすぐにその考えは改めることになった。


「うん、大体掴めたかな。それじゃ行くよ零斗」

「え?」


 その瞬間だった。突然スイッチが入ったかのように綾乃の操るキャラの動きが変化する。

 綾乃の使うキャラは俺の使うキャラとは違って一撃が重いタイプのキャラだ。だが一つだけ十割コンボと言われる即死コンボがあった。もちろん生易しい入力じゃない。フレーム単位の入力が求められるかなり難易度の高い技。

 だが、綾乃の初動を見た瞬間に気づいた。当てられた技がそのコンボの初動だということに。


「下段の蹴りで浮かせてからのガード不可コンボ! マジか!?」

「どうしたの?」


 驚きのあまり思わず椅子から立ち上がる。だが、当の本人は自分がどれだけのことをしたのかわかってないみたいだった。


「綾乃……ホントにこのゲームやるの初めてなんだよな?」

「そうだよ? だから零斗にやり方教えてもらったんじゃない。でも初めてやったけど結構面白いね、このゲーム。零斗がハマるのもちょっとわかるかも。うーん、でもさっきのコンボもうちょっと綺麗に繋げれそうなんだよね。ちょっと入力が遅れちゃってたし。もうちょっと練習したら確実になるかも」

「とんでもないな……」

「そうかな? でも零斗だってこのくらいのコンボはできるでしょ?」

「そりゃもちろんできるけどな」


 でもあのレベルのコンボができるようになるまで何ヶ月もかかったんだぞ。それをまさか今日やり始めたばっかの綾乃にやられるなんて。規格外過ぎるだろ。

 いや、でもそうか。忘れてたな。こいつ天才型なんだ。『貝乱闘大戦』はやったことあるとか言ってたから、その時の技術の応用なんだろう。フレーム単位の入力とかは似たところがあるしな。それにしてもって感じだが。


「おい見たかよ今のコンボ。あの女の子が決めたんだろ? マジですごくねぇか?」

「美少女格ゲーマー、これはバズる予感」

「俺もあんな子と一緒に格ゲーしてぇ」

「わかる。でもあんな鬼コンボ決められたら泣くわ」


 綾乃の魅せたコンボに後ろで見物していた人達もざわつきはじめる。綾乃がこのゲームをやるのが今日が初めてだって言って、信じる奴がどれくらいいるだろうか。少なくとも俺なら信じられない。今だって綾乃だからなんとか納得できてるんだしな。


「零斗、やらないの? もう次のラウンド始まるけど」

「お、おう。そうだな。どうする? まだ練習するか?」


 正直なところ、もうその必要が無いくらいには動かせてるんだが。でも正直ちょっとわくわくしてる。綾乃がどこまでできるようになるのか。それが気になってしょうがない。

 ラウンドの開始が告げられる。それと同時に今度はこっちから攻めることにした。大人げないのは百も承知。だけど綾乃ならもしかしたらっていう期待があった。

 まずはコンボの始動技を当てる。俺の使うキャラは一撃の威力が低いけどコンボで火力を伸ばすキャラだ。始動技は多い。だけど――。


「うん、このアーケードコントローラーだっけ。最初はちょっと戸惑ったけど慣れてくると面白いね」

「慣れるの早すぎだろ。俺の技完全に防御してるじゃねぇか。というかお前もしかして、見てから防御してないか?」

「うん、さすがにまだ読みとかは使えないし」


 確かにそうなのかもしれない。でも見てから防御するとか、人間の反射速度じゃねぇぞ。

 でもいいな。まさかこんな所に逸材が居たとは思わなかった。

 綾乃の奴、ちゃんとやったら化けるぞ。

 わくわくする気持ちが抑えきれない。綾乃がどこまで対応できるか気になる。

 そう思って気づいたらいつも司とやってるときと同じテンションでやり始めてた。司なら確実に落ちてるであろう怒濤の攻め。もうここに来て手加減なんてほとんどしてなかった。それなのになかなか攻めきれない。それどころかこっちの後隙を見て的確に技を繰り出してくる。さっき即死コンボを喰らってる以上、こっちだってもう油断はできない。

 このヒリヒリ感がたまらなく楽しい。やるかやられるかだ。


「っ、入った!」


 綾乃の僅かな隙を突いてコンボを決める。さすがにまだコンボの抜けかたまではわからないのか、一気にキャラの体力を削りきる。


「よっしゃ! って、あ……」


 ヤバい。つい本気でやっちまった。

 おそるおそる綾乃の様子を見る。すると案の定と言うか、綾乃が若干むくれた顔でこっちのことを睨んでた。


「ねぇ零斗。今ちょっと本気でやらなかった?」

「わ、悪い。綾乃が普通に強いからちょっと本気になっちまった」

「いいけどさぁ。こっちはまだ初心者なんだからね」

「もう初心者の域は超えてると思うけどな」

「いいよいいよ。零斗がその気ならこっちだって本気でやってやるんだから。覚悟してよね」

「だから悪かったって。でも、綾乃がその気ならこっちも受けて立つ。かかってこい!」


 目つきの変わった綾乃に思わずゾクリとする。この緊張感がたまらなく楽しい。

 そして俺も一段ギアを上げて綾乃との勝負に挑むのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る