第40話 恋人同士の王道的行為
ゲームセンターでの白熱の勝負を終えた二人は、零斗が事前に調べておいた喫茶店でケーキを食べながら休憩していた。
「いやー、思った以上に熱中しちゃったね」
「そうだな。最後の方なんか結構なギャラリーに見られてたし」
「集中してて気づかなかったけどね。でも零斗、最後の方結構本気じゃなかった? 私は初心者なんだからもっと手加減して欲しかったんだけど」
「普通の初心者はあんな風に高難易度コンボをバンバン決めてこないんだよ」
「だってできたんだからしょうがないじゃん」
「そういうところマジですげぇと思うわ」
綾乃と零斗の勝負、結局最後は経験者である零斗が勝ったものの綾乃もかなり零斗の実力に肉薄していた。もし綾乃がもしこのまま練習を積めばかなりの実力者になれるだろう。プロになることすら夢ではないかもしれない。
そう思った零斗は冗談交じりに、若干本気を交えながらそう話すが綾乃は苦笑して否定した。
「私なんて全然だよ。ビギナーズラックみたいなもんだって。実際今日だって零斗には勝てなかったわけだし」
「そりゃだって俺は経験があるわけだからな」
「それに、確かに思った以上に面白かったけど私は零斗と一緒に遊ぶくらいがちょうどいいよ。プロとかには興味ないかな」
「そうか。ま、お前がそれで良いならいいんだけどな」
「それにしても、近くにこんな場所ができると学生は来ちゃうよね。色んなイベントもあるみたいだし、ちょっとしたテーマパーク……は、言い過ぎかな?」
「いや、でも実際のところあのゲームセンター以外にも遊べる場所も買い物できる場所もかなり多いからな。楽しい場所だってのは間違いないとしてトラブルとかも多そうだ」
「やっぱり注意喚起は必要かな。大きな問題が起きてからじゃ遅いし。あて、それじゃあ生徒会の話はこれくらいにして、ケーキ食べよ」
零斗が綾乃を連れてきたのは、静かな雰囲気の漂う。いわゆる良い雰囲気の喫茶店『夕暮れのとまり木』という店だった。
零斗が初めてこのショッピングモールに来た時に菫と立ち寄った店だ。その時に食べたケーキの味が美味しかったので覚えていたのだ。
零斗が頼んだのはチーズケーキ。綾乃が頼んだのは苺のショートケーキだった。
「うーん、このケーキすごく美味しいね♪ 零斗のオススメだって言うからちょっと不安だったんだけど、大当たりだよ。ケーキだけじゃなくてコーヒーも美味しいし」
「俺が言うから不安ってどういうことだよ」
「だって……ねぇ?」
「そこで俺に同意を求めるな! 別にそこまでセンスが壊滅的ってわけじゃ……ないだろ」
「そこで尻すぼみにならないでよ。でも意外だったのはホントだよ。零斗がこういう喫茶店知ってるとは思わなかったから」
「まぁ確かに俺は知らなかったけどな」
「? じゃあなんでこの喫茶店のこと知ってたの? 誰かから聞いたとか?」
「いや単純に前に来たときに菫と一緒に来たんだよ。その時にここのケーキがめちゃくちゃ美味しかったからなぁ。だから覚えてたんだよ」
菫、零斗の妹。零斗の出したその名前にそれまで笑顔でケーキを食べていた綾乃がピクリと反応する。
だが零斗は綾乃のその反応に気づかない。
「菫も前に来たときはそのショートケーキ食べてたな。俺もちょっと貰ったけど、そっちも美味しかったよな」
「ふーん……」
「えっと……どうかしたのか?」
「別に。なんでもないけど」
「いや、なんでもないってことはないだろ。なんか急に不機嫌になってないか?」
まさか自分の発言が原因だと気づいていない零斗は急に機嫌が悪くなった綾乃に戸惑う。
だが、当の綾乃もまさか零斗から妹と一緒に来たという話を聞いただけで自分が不機嫌になるとは思っていなかった。そんな自分の狭量さが嫌になりつつも、湧き上がる感情は抑えられなかった。
(妹と一緒に来たってだけなのに。なんでこんなに嫌だって思うんだろ。妹にまで嫉妬してたらキリがないのに。はぁ、なんでオレってこう……あぁもう、それもこれも零斗が悪い!)
内心でとんでもない責任転嫁をしながら綾乃は零斗のことをジト目で睨む。
もちろん綾乃だって本気で零斗が悪いと思っているわけではない。ただ今の綾乃はまだ自分が抱く嫉妬という感情を上手く処理できなかったのだ。
もちろん零斗に菫に嫉妬しましたなど言えるわけもなく。
だが綾乃はそこで零斗のチーズケーキを見てふと一つの案を思いついた。
(恋人同士の王道的行為。ちょっと、いやだいぶ恥ずかしいけど……でも、やってみる価値はあるかも。上手くいけば零斗の思い出を上書きできるかもしれないし。よし決めた)
覚悟を決めた綾乃は湧き上がる恥ずかしさを押し殺しながら零斗のチーズケーキを指差しならが言う。
「零斗のチーズケーキも美味しそうだよね」
「ん、あぁ。良かったら食べてみるか?」
「いいの? じゃあもらおうかな」
だが、零斗が皿を差し出しても綾乃はその皿からチーズケーキを取ろうとはせず、口を開くだけだった。その様はまるで食べさせろと言っているかのようで。
「……え?」
「早く。ずっと口開けてるのも疲れるんだからね」
「いや、だってお前、それは……」
「はーやーくー」
思わず周囲を見回す零斗。幸いというべきか、他の客達も自分の会話に集中していて零斗達の方に意識を向けているようなことは無かったが、それで恥ずかしさが無くなるわけでもない。
だが、綾乃はそんな零斗の葛藤に気づいて居るのかそれとも気づいていながら無視しているのか。口を開けたまま動こうとはしない。
「えぇいままよ!」
腹を括った零斗はチーズケーキを切り分けると、フォークで刺して綾乃の口の中に入れた。
「ん~♪ ホントだ、チーズケーキも美味しいね」
「あぁ、そりゃ良かったよ……なんかドッと疲れたんだが」
今まで漫画やアニメでさんざん見てきた食べさせるという行為。それがこんなに緊張するのだということを零斗は知った。
だが、綾乃に食べさせて終わりでは無かった。
「じゃあはい、お返し。あーん♪」
「はぁ!? いや、俺は別にいいって!」
「遠慮しなくていいから。ほらほら、私が食べさせてあげるから。はい、あーん♪」
何かを期待するようにキラキラと輝く綾乃の瞳。
何が正解なのかということはもちろん零斗にもわかっている。
必要なのは勇気だけだった。
「どう、美味しい?」
勇気出してみた。
「美味い……と、思う。なんかもう味わかんねぇ」
「なんか零斗のチーズケーキ、もう一口欲しくなってきたなぁ」
「え?」
「もしくれるなら私もちゃーんとお返ししてあげるから♪」
そう言って小悪魔的な笑みを浮かべる綾乃。
どうやらまだまだ勇気は必要になりそうだった。
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