第37話 手を繋ぐ、ただそれだけの幸せ

〈綾乃視点〉


 手を繋ぐ。

 きっと子供の頃なら誰もがしたことあると思う。親とか兄妹と。

 オレも子供の頃は母さんや父さん、姉さんや幸太と手を繋ぐことはあった。

 でも、成長していくにつれて手を繋ぐ機会っていうのはどんどん減っていった。最後に手を繋いで歩いたのなんて小学生の頃の記憶しかない。

 それ以降は姉さんに手を引っ張られることはあっても、手を繋いで歩くようなことはしなかった。思春期になって誰かと手を繋ぐのは気恥ずかしくなったのもある。

 でもそれと同じくらいに手を繋ぐって行為に特別さみたいなのを感じるようになっていたからだと思う。

 オレの場合は漫画とかアニメとかの影響だけど、他の人だって恋愛ドラマなんかの影響なんかで似たり寄ったりだと思う。中学生の頃なんて誰と誰が手を繋いで歩いてたなんて話だけでめちゃくちゃ弄られたくらいだ。

 まぁ結局の所何が言いたいのかっていうと、手を繋ぐっていうのは普通じゃ中々しないってことだ。

 そして今まさにオレの手は零斗と繋がれてる。昔みたいに迷子にならないためじゃない。ただ好きな人と手を繋ぎたいってただそれだけで。


「…………」

「…………」


 手を繋いでる。ただそれだけなのに、その相手が零斗だってだけですごく心臓がドキドキする。顔が熱くなる。

 うわ、どうしよ。せっかく放課後デートなんだからとか思って勢いで手を繋ぐ流れに持っていったけど、でもこんなに緊張するなんて思ってなかった。

 て、手汗とか大丈夫だったかな。というかこうしてる間にも手汗がすごいことになりそうなんだけど。

 繋いだ手から零斗の温かさを感じる。手を繋いでる分いつもより距離も近くなってる。

 うん、良い。すごく良い。

 というか零斗の手……こんなに大きかったんだ。いや、違うのかな。オレの手が小さいのか?

 今まで手の大きさなんて気にしたこと無かったけど、こうして手を繋ぐと改めてわかる。零斗もしっかり男の子なんだって。いや、そんなの言われるまでもなくわかってたことではあるんだけどさ。

 こう、実感するというか。知ってるのと実感するのでは全然違うというか。

 ダメだ。緊張しすぎて頭が上手く回ってない気がする。

 零斗の手を握ってると、ドキドキするけど安心もする。なんか矛盾してるけど自分の中では矛盾してないこの感覚。すごく不思議だ。

 前まではなんでカップル達は手を繋いでイチャイチャするのか、なんて思ってたけど自分でやってみたらわかる。

 手を繋ぐだけでこんなに幸せな気持ちになれるならそりゃ世間のカップル達は手を繋ぐわけだ。

 この時間が少しでも長く続くように。そんな気持ちを込めてオレは少しだけ強く零斗の手を握った。






■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


〈零斗視点〉


 俺は今、理性を働かせて冷静さを保つので必死だった。

 何をしたのかって言われたらただ綾乃と手を繋いだだけ。それだけなのに心臓の鼓動がめちゃくちゃ速くなってる。

 手汗は大丈夫だと思う。思いたい。まぁ綾乃が嫌がる素振りを見せてないってことは大丈夫なんだろう。

 ただ手を繋いでるだけなのにこの体たらく。男としてなんとも情けないというか。

 もっとこうスマートにやりたいと思うのにできない。こういうときばかりは司の口達者ぶりが羨ましくなる。

何を喋っていいかわからない。でも、何もしないでいると嫌でも綾乃の手の感触に意識が集中する。

 俺よりも小さくて柔らかい手。紛れもない女の子の手だ。

 いつもより距離が近いせいか綾乃の匂いがいつも以上に直接俺の鼻腔を刺激する。甘美な花の匂い。

 何かつけてるのか、それはわからない。でも綾乃の髪が揺れる度にふわりと匂ってくる。

 その匂いに俺の理性が揺さぶられる。思わずギュッと抱きしめたくなる衝動に駆られる。

 こんな人目のあるところじゃ絶対にしないけど。いや、人目がなかったらするのかって話なんだが……しないとは言い切れない。

 チラッと横目で綾乃のことを見る。綾乃はうつむき加減で少しだけ頬を赤くしながら、それでもどこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 可愛い。どうしよう。俺の彼女が可愛すぎてヤバい。

 そんなことを考えていた時だった。不意に綾乃の手に力がこもる。って言っても、別にそんなに強い力じゃ無かったけど。


「どうかしたのか?」

「え? えっと、別になんでもないんだけど……あ、そうだ。あそこのお店ちょっと見てみたいかも」

「あそこ?」


 綾乃が指差した先にあったのは様々な小物が売ってるお店だった。アクセサリーとか髪飾りとか他にも色々売ってる感じの店。

 ぱっと見の客層を見るに若い女性客中心って感じだ。綾乃もああいう店に興味あるのか。

 まぁまだ全然時間はあるし、もともと気になる店があったら寄ろうって話だったしな。少し寄ってもいいか。


「じゃあちょっと見てみるか」

「うん♪」


 店の中はそんなにめちゃくちゃ広いわけでもなく、複数の客と店主と思われる人がいるだけだった。

 小物か。アクセサリーとかってつけたことないんだよな。全く興味がないわけじゃないけど、わざわざ買うくらいなら漫画とかゲームを買いたいってだけだ。

 俺がそんなことを考えてる横で綾乃は並べられた小物を目を輝かせながら見ていた。少しだけ意外だった。綾乃もどっちかっていうと俺と同じタイプだと思ってたから。


「こういう髪飾りとか好きなのか?」

「好きというか……好き、なのかな? ただ女になってから姉さんとか、あとは更紗とかいずみかな。服とか一緒に買いに行く機会が増えて。気づいたら興味持つようになってたんだよね。意外だった?」

「正直言うとちょっとだけな」

「あははっ、まぁしょうがないよね。零斗と一緒に居るときはあんまりこういう場所来なかったし。どう? これとか似合ってる?」


 綾乃が髪飾りの一つを手にとって髪に当てる。桜の花の刺繍が施されたその髪飾りは綾乃にすごく似合っていた。まるで綾乃のためにあつらえられたかのようですらあった。

 だから俺はそれをそのまま伝える。


「似合ってるよ。すごく綺麗だ」

「っ!? あ、あぁ、うん。髪飾りすごく綺麗だよね。私も見惚れちゃった」

「いや髪飾りもそうだけど。それをつけたお前がすごく綺麗だった」

「~~~~~~っっ、恥ずかしいの禁止!」

「恥ずかしいって、思ったことをそのまま言っただけだぞ」

「だからそういうのが恥ずかしいの! でも……ありがと」


 少しだけ恥ずかしそうに言う綾乃。そんな姿もいじらしくてまた可愛い。って、これ言ったらまた怒りそうだから黙っとくか。

 綾乃はその髪飾りをジッと見つめた後、小さく息を吐いて元の場所に戻す。


「買わないのか?」

「うん、ちょっと高いから。今日は諦めようかなって」

「……そうか」

「ねぇ、次はあそこのお店に寄ってみようよ」

「あ、おい、引っ張るなって!」


 もう次に行きたい店を見つけたのか、綾乃にぐいぐいと手を引かれる。

 ゲームセンターに行くんじゃなかったのかよ、と思ったけど……。


「まぁいいか。で、次はどこに行きたいんだ」

「あそこのお店!」


 楽しそうな綾乃に釣られるように、気づけば俺も笑顔を浮かべていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る