第36話 二人の放課後デート
愛ヶ咲スターシティは綾乃達が通う愛ヶ咲学園から二駅ほど離れた場所にある。
元々あったショッピングモールを数年掛けて改修したのだ。その際に周辺の土地も再開発し、以前よりもよりはるかに広大なショッピングモールへと生まれ変わったのだ。
「うわぁ、たった二駅離れただけなのに全く別世界って感じだね」
「だよな。俺も前に来たとき思ったよ。俺の家とは反対方向だったから、こっちの方に来る機会はなかなか無かったしな」
「私もだよ。このショッピングモールを作ってるのは知ってたけど、普段の買い物くらいならわざわざこっちの方に来る必要も無かったから。電車で学園に通ってたなら定期とかもあっただろうから話は別だっただろうけど」
「だな。俺は反対方向だから使えないが」
綾乃は普段の買い物は近くの商店街で済ませている。それで買えない物はネットショッピングだ。今まではそれで事足りていたため、わざわざ遠出する必要が無かったのだ。
「でも良かったかも。そのおかげでこうして完成した後に見ることができて、こんなに感動できたんだから」
「なるほど。そういう考え方もあるか。確かに普段から通ってたらここまで驚くようなことも無かっただろうしな」
「うーん、それにしても放課後とはいえ平日なのにすごい人だね。やっぱりみんな学校帰りに来てるのかな」
「制服姿の奴も多いしそうなんだろうな。できたばっかだからってのも大きいだろうが」
「愛ヶ咲学園の制服もちらほら見るし、やっぱり見に来て正解だったかもね」
「それでどうする? トラブルになりそうな場所に目星は付けてるけど。先にそっち行くか?」
「うん、そうだね。途中で気になるお店があったらちょっと覗いてみたいかも」
「じゃあその方針で行くか」
生徒会として確認する必要があると言ったのは放課後デートをするための建前だったが、その建前をキチンとこなそうとする程度には綾乃と零斗は真面目だった。
「それで、トラブルになりそうな場所ってどこなの?」
「そりゃお前、高校生とかが行きがちでよくトラブルが起きる場所で思いつく場所って言ったらゲームセンターに決まってるだろ」
「なるほど。ゲームセンター……私自身はあんまり行く機会ないけど。零斗はよく行くの?」
「よくってほどじゃないけどな。司に誘われて行くことがあるくらいだ」
「ふーん……零斗って、水沢君と仲良いよね」
「まぁ仲が良いというか、友達だからな」
「……いつもはどんなゲームするの?」
「格ゲーとかだな。たまにレースゲーとかもやったりするけど」
「私もやる」
「は?」
「せっかくの機会だし私もやってみたい。ほら、早くいこう」
「あ、あぁ」
なぜか司に対して対抗心を燃やす綾乃。それは零斗にとっての一番は自分でありたいという思いから来るものだ。
零斗と司はただの友達。それはもちろん綾乃は理解している。しかしまだ綾乃の中に残っている元男としての意識が、零斗の男友達である司に対抗心を芽生えさせているのだ。
案内板を見てゲームセンターの位置を把握した綾乃は歩き出そうとするが、不意に立ち止まり若干顔を赤らめながら振り返る。
「ね、ねぇ零斗」
「どうした?」
「その……ほら、私達ってつ、付き合いだしてから二週間くらいは経ったでしょ。だからその……そろそろ次の段階に進んでもいいと思うんだよね」
「つ、次の段階!?」
綾乃にそう言われた瞬間、零斗の頭の中にピンク色の妄想が駆け抜ける。零斗とて思春期真っ盛りの16歳だ。恋人である綾乃とあれやこれをと想像したこともある。だが、綾乃の事情も考えて普段は抑えているのだ。
しかし、綾乃の一言により抑えていた煩悩の蓋が開きかける。だが零斗はそれを鋼の如く強靱な理性で押さえ込む。
(いや違う。よく考えろ。あの綾乃だぞ。いくらなんでもいきなりそんなピンク色な展開になるはずがない。ちょっとした下ネタでも顔を赤らめるくらいにはそういう話が苦手なんだからな。だとしたら綾乃の言う次の段階っていうのは……)
普段からそれだけの理解力を発揮していれば授業も苦労しないであろうに、零斗はその理解力を綾乃のためだけに発揮した。
そして導き出した答えは――。
「手……繋ぐか」
「うんっ♪」
若干緊張しつつ零斗が差し出した手を綾乃は破顔し、ギュッと握る。
二人が手を繋ぐのはこれが初めてのことだった。手を繋ぐ、ただそれだけのことに心臓が爆発しそうなほどに早鐘を打っていた。
「えへへ」
「何笑ってるんだよ」
「だって零斗、すごく顔が赤いし」
「ぐっ、お前だって人のこと言えないだろうが」
「そうかも。でも私はいいの」
「だったら俺だって別にいいだろ。それより行くぞ。そろそろ人目がキツくなってきた」
「そうだね。じゃああらためて行こっか」
今綾乃と零斗がいるのは人が多く往来する場所。そんな場所でイチャイチャしていれば目立つのはある意味必然だった。
傍目からみて明らかに付き合いたてとわかる二人の様子に微笑ましい目を向ける人、嫉妬の目を向ける人。反応は様々だったが、これ以上この場にいても目立つだけなのはわかりきっていた。
人目を避けるようにして二人は歩き出す。その手はしっかりと繋いだまま。
二人の放課後デートはまだ始まったばかりだった。
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