第29話 想い通じ合う時

「私……零斗のことが好き」

「……え?」


 突然の言葉に零斗は頭が真っ白になる。


「好き? は、え? 好き? 今お前、好きって……」

「うん、言ったよ。私は零斗のことが好き。その、友達としてじゃなくね」

「…………」

「ふふっ、なにそのポカンとした顔。鳩が豆鉄砲を食ったみたいっていうか」

「いや、だってお前急にそんなこと言われても受け止めきれないだろ!」

「それ零斗が言う? この間零斗だって突然告白してきたくせに」

「いや、それは……そうなんだけど。その……本気なのか?」

「私が嘘でこんなこと言うと思ってるの?」

「いや……言わないな」

「私は本当に本気で零斗のことが好きだよ。零斗から告白されたからこんなことを言ってるんじゃない。もちろん、それがきっかけであることは否めないけどさ」


 綾乃は冷静に話すように努めながらも、その顔は耳の先まで真っ赤になっていた。


「えっと、じゃあ俺の告白を受け入れてくれるってことでいいのか?」


 零斗は期待と不安が入り交じった様子で問いかける。だが綾乃はその問いには答えずに、別の話をし始めた。


「ねぇ零斗、私ね、ずっと友達が欲しかったの」

「? あ、あぁ」

「この姿になる前は、『性転換病』に罹る前はそれなりに友達もいたし……親友って呼べるような人もいた。でも、だけど、『性転換病』に罹って私の生活は一変することになった」


 その言葉を聞いて零斗はついさっき朱音さんから聞いたことを思い出す。


『綾乃は中学生の時に本当に辛いことがあって。それから本心から笑うことがほとんど無くなった』

 

 今まさに綾乃が話そうとしているのはその時のこと。綾乃の根幹に関わるトラウマについてなのだということを察した零斗は、口を挟まずに話を聞き続ける。


「零斗は知らない……というか、『性転換病』について詳しい人以外はほとんど知らないと思うんだけどさ。罹ってからしばらくの間って死ぬかと思うくらいしんどいんだよね。なにせ体が変化するわけだから。成長痛なんて比にならないくらいの痛みがずっと全身を襲うの。自分の体を無理矢理書き換えられてる感じっていうかさ。そんな痛みに耐えた先にあるのが、今までとは全く違う自分の姿。しかも望んだわけでもないなんだよ。心が病む人がいるっていうのも納得するくらい」


 あの時の苦痛を綾乃は今でも覚えている。何度も死んだ方がマシだと思ったくらいだ。


「でも、それでも頑張れたのは、耐えきれたのは……友達がいたから。待ってるから戻ってこいって、そう言ってくれる人達がいたから。だから必死に耐えることができた。頑張って耐えて、退院すれば元の生活に戻れるって、馬鹿な私は本気でそう思ってた。だけど……現実はそんなに甘くなかった」


 その時のことを思い出し、思わずギュッと手を握りしめる綾乃。忘れようとしても忘れられないだけの傷が綾乃の心には刻まれていた。


「戻った私に向けられたのは『性転換病』に罹った人間に対する好奇の視線。女子生徒からは距離を取られて、男子生徒からは下卑た目を向けられた。クラスメイトから触らせてくれ、なんて言われもした。初めて人が怖いと思った瞬間だったかな。でもそれよりも辛かったのは……親友に言われた一言だった」


 誰からどんな目を向けられても耐えることができた綾乃が、唯一耐えきれなかったのはその親友からの言葉だった。


「『お前はもう俺の親友だったあいつとは違う。俺はお前のことを今まで通りの友達だとは思えない』」


 一言一句違わず覚えている。あの瞬間の絶望を。足下から崩れ去るような感覚を。あの日に綾乃は人を信じることができなくなってしまったのだ。


「酷いよね。まさかそんなこと言われるなんて思ってなかったからさ。あの時はかなりショックだったなぁ」

「そりゃそうだろ。親友にそんなこと言われてショック受けないわけがない」


 零斗は怒っていた。その見ず知らずの綾乃の同級生達に。何よりもその親友に対して。

 綾乃の受けた苦しみがどれほどのものであったか、零斗には想像もつかない。だが、だからこそ許せなかったのだ。綾乃を苦しめたその親友が。


「あの日から私は誰かを信じるのが怖くなった。ううん、正確に言うなら……誰かを信じてまた裏切られるのが怖くなった」

「俺はお前を裏切ったりしない!」

「零斗ならそう言うと思ってた。だけどね、そういうことじゃないの。これは零斗がどうこうって問題じゃない。私が零斗のことを信じられるかどうかの問題なの」

「それは……」


 零斗は綾乃のことを裏切るつもりなどない。だが、口ではなんとでも言える。真に大事なのは綾乃が零斗を信じることができるかどうかなのだ。


「今さらだけど……私、たぶん零斗には代わりを求めてたんだと思う」

「代わり?」

「うん、いなくなった友達の代わりを。自分勝手な話だよね。他人のことを信じられないって言っておきながら、それでも友達が欲しいなんて言うんだから。正直な話を言うなら、誰でも良かったんだと思う。零斗でも、零斗以外の人でも」

「っ……」

「たまたま零斗が私の真実を知ったから零斗だっただけ。私の孤独を埋めてもらう零斗に傍に居てもらおうと思ったの。最低でしょ?」


 たまたま『性転換病』のことを知ったのが零斗だったから零斗に傍にいてもらおうと思った。そんな自分のことを綾乃は最低だと自嘲する。


「でも……今はもう違う」

「え?」

「私は零斗のことが好き。友達としてだけじゃなく、それ以上の存在として。それはきっと零斗が零斗だったから。他の誰かじゃ友達にはなれても、こんな風に思うことは無かったと思う。零斗のことを好きになった理由なんてわからない。だってこの想いは気づいたら胸の中にあったから。でも好きになった理由なんてどうだっていいの。今私が零斗のことが好きだって気持ちだけが真実だから」


 綾乃は顔を真っ赤にしながら、それでもまっすぐに零斗のことを見つめた。

 その言葉にどんどん熱がこもっていく。


「零斗に傍に居て欲しいって気持ちは変わらない。だけどそれだけじゃない。零斗の傍に居たいの。他の誰かが零斗に隣にいるのなんて想像したくもない。ずっと私と一緒に居てほしい。今すぐ……は難しいけど、いつかきっと零斗のことを心から信じれられるようになってみせる。だから……だからどうか、私をあなたの彼女にしてください」


 緊張でどうにかなってしまいそうになりながら、それでも綾乃は言い切った。想いの全てを零斗にぶつけた。


「本当に……俺でいいのか?」

「零斗じゃなきゃ嫌だ。零斗こそ……無かったことにするなら今のうちだよ」

「そんなことするくらいなら最初から告白なんかしてないな」

「っ、それじゃあ……」

「綾乃、俺の彼女になってくれ」

「~~~~~~~~っっ、うんっ!!」


 これ以上ないほどに喜びを爆発させて、綾乃は全力で零斗に向かって飛びついた。


「うわっ! い、いきなり危ないだろうが」

「ごめん。でもでも、嬉しくて……ホントに、嘘じゃないよね」

「……あぁ」


 一瞬躊躇った零斗だったが、思い直して綾乃の体を強く抱きしめる。


「好きだ、綾乃」

「うん、私も……私も大好き」


 二人の想いが通じ合ったこの日。

 綾乃と零斗は恋人同士になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る