第30話 二人で進む時

〈零斗視点〉


 俺と綾乃の関係が進展した日から土日を挟んで三日後の月曜日。俺はいつもと同じように学園へと向かっていた。だがいつもと違うことがある。それは俺のテンションだ。

 今朝、菫にテンションが高すぎて気持ちが悪いと言われたほどだ。普通なら傷つく言葉だが、今はそれすらも気にならない。憂鬱でしかなかった月曜日がこんなに待ち遠しかったのは生まれて初めてかもしれない。

 鼻歌を歌いそうになってしまいそうな気持ちをグッと堪えて、努めて冷静な風を装いながら俺は改札を出る。

 いや、ホントに我ながらテンション高すぎて気持ち悪いな。でもしばらくはこのテンションでいるのを許して欲しい。

 そのまま駅構内を出た俺は、すぐさまの姿を探した。

 

「あ、いた」


 その姿はすぐに見つかった。朝という人の出入りが激しい時間帯。多くの人が行き交う中でもその姿は一際目立っていた。

 ずっとそわそわとした様子で、髪を弄ったり自分の服装を確認したりしてる。

 何を隠そう俺の彼女、俺の彼女である桜小路綾乃だ。大事なことなので二回言った。

 彼女……なんて素晴らしい響き。っと、さすがにこれ以上は自制しとくか。

 俺を待ってくれている綾乃に声を掛けようと近づいたその時だった。俺の姿を見つけたらしい綾乃がパッと表情を明るくして駆け寄ってくる。


「おはようございます! 時間通りですね、電車の遅延が無くて良かったです」


 喜色満面の笑み。なんていうかこう、犬っぽい。いや、もちろん悪い意味じゃない。普通にめちゃくちゃ可愛いんだけどな。って、ヤバいな。なんかめちゃくちゃにやけそうだ。


「どうしたんですか?」

「……いや、なんでもない。おはよう綾乃。もう生徒会長モードなんだな」

「はい。前回一緒に登校した日と一緒です。ここはもう生徒の目がありますから……嫌ですか?」

「嫌ってわけじゃないぞ。それもお前にとって大事なことだってのはわかるからな。あ、だったらいっそ俺も副会長モードになってみるか?」

「零斗にはそんなのないじゃないですか。それに、私はいつも通りの方がいいです」

「そりゃ言う通りだ。って、零斗?」

「? それがどうしたんですか?」

「いやだってお前、生徒会長モードの時はいつも白峰君呼びだっただろ」

「あー、そのことですか。確かに今まではずっと白峰君と呼んできました。それは、ですけどその……零斗は特別ですので。それくらいは許されるんじゃないかと」

「それはそうなんだけどな。でも他の奴に聞かれたらびっくりされそうだ」

「ダメ……ですか? 零斗が嫌ならやめますけど」

「っ!?」


 上目遣いで聞いてくる綾乃。そのあまり破壊力に思わずクラッとしそうになる。こいつ、もしかしてわかっててやってんじゃないだろうな。


「ダメなわけないだろ。むしろ俺としては嬉しいくらいだ」

「なら決まりですね。では行きましょうか」


 上機嫌に歩き出した綾乃の後を追って俺も歩き出す。俺が横に並ぶと綾乃は少しだけ距離を詰めてきた。そんな他愛のない仕草ですら愛おしい。

 って、ヤバいな俺。俺、どんだけテンション上がってんだ。あぁでも、こんな状態ですら悪くないと思ってる自分がいる。

 俺と綾乃は学園に向かいながら他愛の無い話を続けた。別に話す内容なんてなんでも良かったんだ。ただ綾乃と話していたい、それだけだったから。


「それで姉さんったら、私の服を勝手に持っていってしまったんですよ。酷いと思いませんか?」

「はは、確かに酷いな。俺には妹しかいないからそういう問題は起きたりしないけど」

「あ、零斗の妹さんと言えば……前に会う約束をしてましたね。私が体調を崩してしまったので流れていましたけど。どこかで時間を取った方がいいですか?」

「そういえばそうだったな。でも今週は部活連の会議があるんだろ? 別に無理にとは言わないぞ。あいつも時間が取れればって話だったし」

「ですけど、挨拶くらいはしておくべきなんじゃないかと。その……こ、こい……特別な関係になったわけですし」

「だからって別に無理に挨拶する必要ないだろ」

「……嫌なんですか? 私に挨拶はさせたくないと。私には家族に合わせるほどの価値がないと」

「そこまで言ってないだろうが!」

「ふふっ、冗談です。ですけど、こ、こいび……なわけですし。ご家族に挨拶くらいはしておきたいっていうのは本当です」

「…………」

「ど、どうしたんですか?」


 こいつ、さっきから薄々思ってたけどもしかして恋人って言うの恥ずかしがってないか? なんか微妙に誤魔化して言ってる気がするぞ。


「なぁ綾乃」

「なんですか?」

「恋人って言ってみてくれるか?」

「鯉人」

「おい、今発音変だったぞ。そうじゃなくて、ちゃんと相思相愛の関係にある人のことを指す言葉としての恋人って言ってくれ。ちゃんと俺の目を見てな」

「こ、こい、ここここ、こいび、こここここ」

「綾乃が壊れた?!」

「あぁもう無理です! 言えません! 零斗は私を辱めて何をしたいんですかっ!」

「お前デカい声で何叫んでんだ!」


 慌てて周囲を確認する。でも幸い近くにいた人は音楽聴いてたり、友達と話してたりでこっちの方に注目はしてなかった。

 助かったな……でも、やっぱり思った通りだったか。


「おい綾乃。お前、恋人って言うの恥ずかしがってるだろ」

「う……」

「なんでそんなに恥ずかしがってるんだよ」

「だ、だって……零斗とこ、こいび……になったんだって思うと、ドキドキして恥ずかしくてどうにかなっちゃいそうになるから……」


 顔を真っ赤にして指をツンツンしながらそう言う綾乃。素が出てるのにも気づいてない。

 なんだこいつ可愛い過ぎかよ。

 でも、今のうちからそれで恥ずかしがってて大丈夫なのかこいつ。


「じゃあ、代わりに好きって言ってみてくれ」

「スズキ?」

「それは魚だ」

「ススキ」

「それはイネ科の植物」

「杉」

「それはヒノキ科の植物ってもうお前わざとやってるだろ!」

「じゃ、じゃあ零斗は言えるの?」

「言っていいならいくらでも言ってやるぞ。俺は綾乃のことが好きだ。ぞっこんだ。もう綾乃以外見えない」

「~~~~~~っっ!! ばかっ! そんな軽々しく言うなっ!」

「別に軽く言ってるつもりはないんだけどな。全部本心だし」

「うぅ、零斗がいじめる……」

「そうは言うけど、あの日はお前だって言ってくれたじゃないか」

「そうだけど。そうなんだけどぉ。改めて思い出すと恥ずかしくなるというか。あの時は場の空気とか勢いとかあったから言えたけど……思い出すと悶死しそうになるくらいには恥ずかしいよ。で、でもだからってあの時言った言葉が嘘ってわけじゃないから。それだけは勘違いしないでほしい……」


 不安そうな目で見てくる綾乃の頭に軽く手を置く。


「そんなこと疑うわけないだろ。気にするな。ゆっくり慣れていけばいいさ」

「うん……ありがと、零斗」


 学園では完全無欠の生徒会長。だけど素の綾乃は全然違う。

 素直に気持ちすら伝えてくれない。でも今はそれでいいんだと思う。

 俺達には俺達のペースがある。ゆっくりでいい。少しずつでいい。綾乃と一緒に前に進んでいけばいいんだ。

 それがきっと俺達にとってかけがえのない時間になっていくと思うから。



~~第一章 完~~


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